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新連載、はじめました。魔石オタクの変わり者令嬢のほのぼの恋愛奮闘ものです。
「あんまり奥まで行かないでくださいよ。フィンお嬢様。いつも夢中になって奥の方まで行っちゃうんですから」
探す方の身にもなってみろとでも言いたげな、メイドとしてはいささかぶしつけな物言いに、フィンは口を尖らせた。
「そんなに心配しなくて大丈夫よ。もう子どもじゃないんだから。それよりリリーこそ、間違えて毒キノコなんて採ってこないでよ」
リリーは、うっかり者だ。毒キノコで屋敷中が中毒を起こすなんて事態が起こらないと限らない。心外だとばかりに肩をすくめるリリーに、のんびりしてはいられないとフィンはひらひらと手を振った。
「じゃ、またあとでね。リリー」
「はいはい。お気をつけていってらっしゃいまし。お嬢様」
静けさに包まれた鬱蒼と生い茂った森の中を、楽しげに鼻歌を歌いながら歩いていく。開けた場所に出た瞬間、声が聞こえた。
昨夜森の方角から感じた、魔石たちの声だ。間違いない、きっとここにいるはず。そう確信しながら、フィンははやる気持ちを抑え、さっそく地面にスコップを突き立てた。無心に掘り返していくと、中からきらりと光るものが現れた。
「見つけた! 私を呼んでたのはあなたね」
表面を覆っていた土をさっと払い、日に透かしてみる。
「ふふっ。なんてきれいな青色」
魔石と呼ばれる、わずかに魔力を帯びた石ころだ。含まれる魔力があまりに微量なため何の役にも立たないけれど、フィンにとってはこれ以上ないくらい心を弾ませる大好きなもの。
この世界には、魔力が存在する。けれどほんのちょっぴり。大昔にはもっと力が強かったらしいけれど、今となっては誰も魔力を特別な力だなんて思っていない。地中から掘り出される魔石だって、ガラスに似ていると言えなくもないちょっときれいなだけの代物だ。よって皆は魔石に何の興味も持たず、ただの屑石だと思っている。
でもフィンにとっては違っていた。
フィンが魔石の存在を知ったのは、まだ四つの頃。家族で湖に遊びに出かけた折に、魔石の声を聞いたのが最初だった。まるで自分を呼んでいるかのような小さなささやき。歌うようなかわいらしい声に誘われるように、地面に転がっていた魔石に手を伸ばした。
リンッ、と魔石が答えた。
その時からフィンは魔石に夢中になった。フィンにとって魔石は、情熱をかき立てる唯一無二の宝物であり、友人でもある。魔石オタクと言ってもいい。
魔石の声が耳に届くたびに出かけてはあちらこちらで魔石を採集し、今ではコレクションも相当なものだ。はじめて出会った魔石は、今もフィンの胸元にペンダントトップとして美しく輝いている。
「ふふっ。あなたも嬉しいのね。お友だちに会えてよかったね」
拾った魔石に呼応するように、胸の魔石が楽しげに笑った。
そしてはっと体を見下ろし、随分とひどい恰好をしていることにようやく気が付いた。
「あ……」
夢中で掘っていたせいで、体中土だらけだ。
貴族令嬢の着るものとはとても思えない、クタクタに着古された生地で作ったズボン。農夫が着るような、見た目度外視の丈夫だけさが売りのシャツ。いくら汚れてもかまわない服とは言え、あまりにひどい。
立ち上がり、全身の土を払い落していると。
「……聖堂……で……」
「誰も……死ぬ……」
突然に耳に飛び込んできた物騒な言葉に、フィンの眉根が寄った。
こんな人気のない山菜やらキノコやらもそう豊富に生えているわけではない森の中で、一体誰が何を話しているのだろう。魔石掘りにいそしむ自分のことなどすっかり忘れ、フィンは首を傾げながらそっと足音を忍ばせた。
「馬車……一気に崖に……」
「まったく……憐れ……花嫁……」
聖堂と言えば婚礼、婚礼と言えば花嫁。それはいい。だが死ぬだの崖だのといった言葉とそれらがまったくもって繋がらない。
もっとよく聞こうと身を乗り出したその瞬間、足元で小枝がパキリと乾いた音を立てた。
「誰だっ! そこにいるのはっ」
茂みの向こうから複数の男たちが顔を出した。
声を上げたのはなんとも人相の悪い頭の禿げあがった大男で、横にいるのもそれとそう変わりないいかにもゴロツキといった風体の男たち。唯一そのうしろにいる青年は、なかなかにお金のかかっていそうな気取った服を着ている。どこぞの貴族家の子息か、もしくは羽振りのいい商人の息子といったところだろう。
男たちはこちらの姿を認めるなり、舌打ちをしながら近づいてきた。その圧に咄嗟に身を翻し、フィンは逃げ出した。
「待て! 女っ」
「ちっ。話を聞かれたぞ!」
「捕まえろっ。絶対に逃がすな」
どうやら聞いてはいけない類の話だったらしい。薄暗い森の中を必死に走り抜け、リリーの姿を探す。リリーはああ見えて、ただのメイドじゃない。あっという間にこんな男たちなんて、簡単に追い払ってくれるはずだ。
「リリー! どこなのっ? なんかまずいことになっちゃったんだけどっ。助けて!」
キノコ採りに夢中になっているのか、こんな時に限ってリリーの姿はどこにもない。
「もう! どこ行っちゃったのよ。リリー!」
「いたぞ! あそこだ。逃がすなっ」
足音が背後に近づき、毛むくじゃらの腕がこちらに伸びた。もうだめだ、と思ったその時だった。
ガサリッ!
茂みが揺れ、中から黒い塊が出現した。
「イノシシ? ……と、ウリ坊?」
ウリ坊を三匹連れた母イノシシが、荒々しく鼻息を吐き出しながらこちらをにらみつけていた。フィンと男たちの動きが一瞬止まる。
カチカチカチッ!
フゴーッ!
わかりやすい威嚇の音に固まっていると、胸元のペンダントがぽわりと熱を持った。はっと振り返れば、そこにリリーがいた。
「お嬢様! すぐに馬車へ」
リリーの鋭い声に、弾かれるように駆け出した。
「リリー! 気をつけてねっ」
「心配無用です! 私もすぐに追いかけますっ」
ブルルルルッ!
背後で、母イノシシが地面をバシンッと踏み鳴らす音がした。はっと振り向けば、母イノシシが猛然と男たちへと突進していくところだった。どうやらイノシシは、リリーではなくあの男たちを敵と認定したらしい。
「まずい。逃げろ!」
「ひいいいっ! 追ってくるぞ」
「くそっ! 女は後回しだ」
男たちが、一斉に逃げ出した。気性の荒い母イノシシをなめてはいけない。大男たちも、イノシシの凶暴さをよく知っているのだろう。
逃げ惑う男たちをどこまでも追いかけていくイノシシ。そのあとをついていく、かわいいウリ坊たち。どうやらリリーの出番はなかったようだ。
安堵の表情を見せるリリーとともに急ぎ馬車へと乗り込み、森を離れた。遠ざかる森の地中深く眠る魔石たちの、どこか不安そうなざわめきが聞こえた気がした。
屋敷へと帰りついてみれば、婚約者であるローグがいた。
「ローグ! いらっしゃい。見て! こんなにきれいな魔石が採れたの」
男たちの一件も忘れ、採った魔石をローグの眼前に突きつける。
「ふふっ。うん、とてもきれいだね。形もとてもいいし。よかったね、フィン」
ローグの指先が、頬をかすめる。顔についていた土汚れが気になったらしい。
「あ、ありがと」
くるんとした癖のある、どこか犬を思わせる薄茶色の髪。穏やかな夕日に染まった空のような、あたたかな色の目。拾った魔石を何度見せても、呆れることなくいつも優しく穏やかに微笑んでくれる優しいローグ。
婚約期間も早三年が過ぎ、来年の初夏には婚礼を挙げる予定だというのに、いまだにローグの顔を見ると苦しいくらいに胸が高鳴ってしまう。
貴族同士の結婚なんて、恋だの愛だのといった強い感情で結ばれるものじゃない。所詮は家同士の契約だし、双方の家柄の釣り合いや条件だけで決まることも多い。ローグとの関係も特段甘いはじまりではなかった。けれどきっとこれを、幸せと呼ぶのだ。フィンはそう信じていた。
「そう言えば今日、森で物騒な会話を聞いちゃったの。おかげで散々な目に遭ったわ」
「物騒? どういうことだい」
ローグの顔つきが一気に険しくなる。
「それがね」
森の中であった一部始終を話し終えると、みるみるローグの顔から血の気が引いていくのがわかった。
「それで、けがは? 何もされなかったのか、フィン」
「う、うん。イノシシの親子に追いかけられて男たちはあっという間に逃げちゃったし、リリーもすぐに駆けつけてくれたから。それに」
胸のペンダントを取り出し、見せつけた。
「多分この子がイノシシを呼んで、私たちを助けてくれたんだと思うの。ここのところあの森の魔石たちが妙に騒いでいたの、もしかしたらあいつらのせいかもしれないわ」
あんな森の中でこそこそとあやしげな会話を交わしているくらいだ。森を荒すような真似をしていても不思議じゃない。
「フィン。君はそいつらに顔は見られていないんだね?」
心配そうに問いかけるローグに、こくりとうなずいてみせた。
目深に被っていたほっかむりのおかげで、おそらく顔は見られていない。それにあんな恰好をしていたのだ。どこの誰かを突き止めるのも容易ではないはずだ。まして貴族令嬢だと思う者はそうはいないだろう。
けれどローグの表情は晴れなかった。
「念のため、しばらくあの森には近づかない方がいい。万が一ということがあるからね」
「えええ……? そう、かなぁ」
あの森にはまだまだ自分を呼んでいる魔石がたくさん残っている。できることなら、雨の季節がくる前に土から掘り出してあげたい。けれどローグがそう言うのなら、仕方ない。
渋々うなずけば。
「気になるんだ。その会話」
「え?」
ローグの顔に浮かんだ真剣な表情に、はっとした。
婚礼の馬車、崖、憐れな花嫁。そして死。確かに気にならないと言ったら嘘になる。
「……うん。わかった」
こくりとうなずき、しばらくの間あの森には近づかないとローグに約束した。
「リリー、くれぐれもフィンのことを頼むよ」
帰り際、ローグはリリーに何度もそう念押しして帰っていった。
それから数日がたち、ローグがやってきた。声を潜め、父と難しい顔をして何事かを話し込んでいる。いつも和やかなふたりがこんな張り詰めた空気を漂わせているなんて、実に珍しい。
「ローグ、お父様。どうかしたの? 何かあった?」
ローグがはっと顔を上げ、すっと視線を逸らした。
「いや、なんでもない。今日は時間がないんだ。じゃあね、フィン」
会話もそこそこに帰っていくローグの背中が、妙に遠く感じた。態度だってすごくよそよそしかったし、眼差しもいつもの穏やかさが感じられなかったような。
(どうしちゃったんだろう。ローグ……)
嫌な予感が的中したのは、一週間ほどたったある日のことだった。
「フィン。突然のことですまない。僕との婚約を、なかったことにしてほしいんだ」
「え……?」
視界がぐらりと傾いだ。
「本当にごめん。他に大切な人ができたんだ。だから僕のことは忘れてほしい」
ローグの言葉がぼんやりと反響して、意味をなす言葉としてうまく頭に入ってこない。
大切な人とは、一体何なのか。
忘れてとは、どういうことなんだろう。そんなこと、できるはずないのに。
言葉の意味を飲み込めず、口をはくはくさせる。ようやく辿り着いた思考に、やっとのことで声を絞り出した。
「心変わりしたから、婚約を解消するってこと? それってつまり、他に好きな子が」
ローグは答えなかった。ただじっと足元を見つめ、立ち尽くしていた。
冷たい沈黙が落ちた。
「じゃあ、僕はこれで。……さよなら、フィン」
「待って! ローグ」
ローグは一度も振り向くことなく、去っていった。冷たい背中だけを残して。




