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17-3 幻の茸、醒めた瞳 ゴブリンの洞窟

「今のうちです。採れるものだけ採って、すぐ離れましょう!」


ヨルカはそう言うなり、群生地へ駆け込んだ。


さっきまでへばっていたのが嘘みたいな勢いである。


やっぱりこいつ、食材が絡むと妙に元気だ。


「おい、調子に乗るなよ。あいつ、氷が解けたらまた動くぞ」


「分かってます! 分かってますけど、こんな群生地、そう何度も出会えるものじゃないんです!」


ヨルカは早口で返しながら、手際よく食べられる茸だけを見分けていく。


青白く傘の縁が光る月影茸。


肉厚で香りの強い邪キノコ。


黒く波打つ傘を持つくろたき。


さらに、傘の裏が淡い金色をした珍しい茸まで見つけて、嬉しそうに目を輝かせていた。


「サタン様! これ、見てください! 金裏茸です! 出汁がものすごく出るやつです!」


「へえ。見た目は地味だな」


「見た目で判断しないでください! こういうのがうまいんです!」


ゾイルは周囲を警戒しつつ、必要な時だけ手を貸していた。


近くの根元に生えていた大きな茸を短剣で切り取り、ヨルカの袋へ放り込む。


「これで十分ではありませんか。あまり欲張ると、また襲われますよ」


「うっ……それはそうですけど……でも、あっちの岩陰にも良さそうなのが……」


「ヨルカ」


「……はい。ここまでにします」


名残惜しそうにしながらも、さすがに今回は素直だった。


「じゃ、行くか」


サタンが背を向ける。


その間にも、凍らされていた群生地の主――あのモグライタチの魔獣は、低く唸りながらこちらを睨んでいる。


だが、追ってはこない。


後ろのキノコを守るように身を丸め、その場に留まっていた。


「あいつのおかげでキノコは守られてたんだろうな」


「そうかもしれませんね」


ゾイルが小さくうなずいた。


「森は、こういう持ちつ持たれつで成り立っていることもあります」


「なるほどな。見た目は凶悪だったけど、意外と真面目に働いてたわけか」


「サタン様も、あまり他人のことは言えない気がします」


「どういう意味だよ」


「いえ、別に」


そんなやり取りをしながら、三人は群生地を離れた。


しばらく森を進み、さっきの群生地から十分に距離を取ったところで、開けた場所を見つける。


倒木が風よけになり、地面も比較的乾いていた。


「ここなら大丈夫そうですね」


ゾイルが周囲を確認する。


「よし、じゃあ休憩ついでに飯だな」


その言葉に、ヨルカの目がぱっと輝いた。


「はい! 今日は茸汁にします!」


「いいねえ」


「さっきまで疲れた疲れた言ってたやつとは思えないな」


「料理は別です!」


ヨルカはぷくっと頬をふくらませながらも、すでに手を動かしていた。


拾ってきた枝を組み、火を起こす。


鍋に水を張り、刻んだ邪ごぼうを先に入れて煮立たせる。


そこへ裂いた月影茸、薄切りにした金裏茸、香りの強い邪キノコ、くろたきを順に落としていく。


茸が鍋の中でくつくつと煮え始めると、たちまち香りが立ちのぼった。


森の湿った空気の中に、濃い茸の匂いが広がっていく。


土のように深く、木の皮のように香ばしく、それでいてどこか甘い。


香りだけで、体の奥がじんわり温まる気がした。


「うわ……これ、すでにうまそうだな」


サタンが鍋をのぞき込む。


「でしょう? 茸汁は出汁が命ですから」


ヨルカは少し得意げに言い、邪醤油をひとたらしする。


さらに塩をほんの少し。


最後に香草を散らし、蓋をして蒸らした。


しばらくして蓋を開けると、ふわりと湯気があふれ出す。


「できました」


木の椀に注がれた茸汁は、透き通った琥珀色をしていた。


だが表面には茸の旨みが溶け込み、ただの澄まし汁とはまるで違う濃さがある。


サタンは椀を受け取ると、まず香りを吸い込んだ。


「ああ、これ絶対うまいやつだ」


一口すする。


その瞬間、思わず目を見開いた。


「……っ、うまっ」


出汁が深い。


とにかく深い。


金裏茸のまろやかな旨み。


月影茸のほのかな甘み。


邪キノコの濃厚な香り。


それらが喧嘩せず、全部きれいに重なっている。


しかも邪ごぼうの土っぽいコクが下から支え、最後に香草の青い香りがすっと抜ける。


派手ではない。


だが、一口ごとに体へ染み込んでいくような、しみじみとうまい味だった。


「これ、めちゃくちゃいいな……」


「ありがとうございます!」


ヨルカも嬉しそうに椀を抱える。


ゾイルも一口飲んで、わずかに目を細めた。


「……見事だ。疲れた体に染みる」


「ふっふっふ。今日は特に当たり茸が多かったですから」


サタンは汁だけではもったいなくなり、椀の中の茸を箸でつまんだ。


肉厚な傘を持つ、灰紫色の茸だった。


「これもうまそうだな」


「え……? ん……? あ!! ちょ、ちょっと待ってくださいサタン様、それ――」


ヨルカが何か言いかける。


だが、その時にはもう遅かった。


サタンはそれをぱくりと口へ放り込んでいた。


最初の食感はよかった。


しゃく、と歯ごたえがあり、噛むほどにじわっと旨みがにじむ。


「ん? これも……」


うまい、と言いかけたところで、妙な違和感が走った。


視界の端が、ふわ、と揺れる。


「あれ」


「サタン様?」


ヨルカの顔が二重に見える。


いや、三重か。


ゾイルの肩のあたりから、なぜか青い花が咲いているようにも見えた。


「……なんだこれ」


地面が、ゆっくり波打つ。


木々が笑っている。


鍋の湯気が、白い竜みたいに空へ昇っていく。


火の小人が踊っている。


「サタン様!? まさか、それ食べたんですか!?」


ヨルカの声が一気に青ざめる。


「それ、笑い幻茸です! 混じってたんだ……!」


「おいおい、そんな危な……い……」


サタンはそう言おうとしたが、自分の声が妙に遠い。


口を開いた瞬間、世界がぐらりと傾いた。


「あ、やば……」


次の瞬間、サタンの体がどさりと横に倒れた。


「サタン様!!」


ヨルカが悲鳴を上げる。


ゾイルがすぐに駆け寄り、様子を見る。


呼吸はある。脈も乱れてはいない。


だが、瞳の焦点がまるで合っていなかった。


「毒ではなさそうだ。幻覚作用だけか」


「で、でも、こんなにすぐ効くなんて……!」


ヨルカが半泣きになる。


その時だった。


倒れたサタンの体が、ぴくりと震えた。


空気が変わる。


ふっと、周囲の温度が一段下がったような気がした。


いや、冷えたのではない。


張りつめたのだ。


サタンの閉じていた瞼が、ゆっくりと持ち上がる。


だが、その目はさっきまでのものとは違っていた。


瞳の奥に宿る光が鋭い。


どこまでも醒めていて、隔絶した存在感を秘めている。


「……まったく。しまりのないやつだ」


低く、静かな声。


サタンのものではある。


だが、響きが違った。


ヨルカがびくりと肩を震わせる。


「さ、サタン様……?」


ゾイルの目が細くなる。


気づいたのだ。


今、表に出ているのがサタンだけではないことに。


サタンの体を借りたまま、ルシファーがほんのわずかに前へ出てきていた。


彼はゆっくりと身を起こし、片手で額を押さえる。


「幻覚茸ごときにやられるとは。……実にそなたらしい失態よ」


口元にはうっすら笑みが浮かんでいた。


だが、その笑みすら妙に威圧感がある。


ヨルカは完全に固まっていた。


「えっ……えっ……?」


「騒ぐな。少し借りているだけだ」


ルシファーはそう言って、すっと立ち上がる。


その動きはサタンのものなのに、どこか別人めいて優雅だった。


「ゾイル、ヨルカ……この者をよろしく頼む」


そう言うとルシファーは手刀で大きな葉を切り取り、地面に敷いたのち横になる。


それきり、ルシファーは声を出さなくなった。


聞こえるのはサタンの寝息のみだった。


「……さっきのは、なんだったんだ?」


「寝ぼけているんですかね?」


ヨルカは幻覚茸のせいだと思っているようだ。


しかし、ゾイルはそうだとは思えない。


だが、考えても答えは出ないことも分かっていた。


翌日。


「あの洞窟の入り口で少し休憩しませんか?」


ヨルカは前方にある、縦が二メートル、横が三メートルほどの小さな洞窟を指さし、休憩を提案した。


「わかった。でも、今日はまだ明るいうちにもう少し先に進みたいから、簡単な料理で頼む」


「わかりました。ありがとうございます。サタン様は、どこかの狩人さんと違ってお優しいんですね」


またもやヨルカがゾイルに突っかかる。


「ヨルカ、おまえ……」


ゾイルもヨルカの挑発にすぐムキになる。


まったく、どうしてこうも仲良くなれないのだろう。


「ヨルカ、これ以上余計なことを言ったら、休憩なしだからな」


俺はヨルカに釘を刺す。


「はーい」


あまり反省していないようだ。


ヨルカは一人で洞窟へ小走りに向かい、大きな荷物をいち早く下ろして座り込んだ。


残された二人は、その場で立ち話をする。


「ゾイル、お前もヨルカの言葉にいちいち反応するなよ。大人なんだから聞き流せよ」


「申し訳ありません、サタン様。以後注意します」


ゾイルは素直に謝る。


おそらくゾイルも疲れがたまっているのだろうが、俺の手前、我慢していたのだろう。


それで奔放な言動のヨルカに少しイラついてしまったようだ。


俺は先日、筋力強化を手に入れたことによる恩恵で、多少のことでは疲れなくなっている。


二人に無理をさせてしまったようだから、今後はもっと気にかけるようにしよう。


「キャー……」


いち早く先に洞窟へ着いたヨルカの悲鳴が聞こえた。


「なんだ? ヨルカ、どうしたんだ?」


呼びかけるも、ヨルカからの返事はない。


「ゾイル、行くぞ」


「はっ! 承知」


俺とゾイルは洞窟の入り口に向かって走り出した。


しかしその時、道のわきの茂みから、複数の小さな人影が飛び出してきた。


百三十センチほどの小さな体。


緑色の肌。


とがった耳に、頬まで裂けた大きな口。


ぼろぼろの皮の防具に、ぼろぼろの剣。


魔人のなりそこないといわれる存在。


あるいは魔人と魔獣の子など、起源は不明だが忌み嫌われる種族だ。


「サタン様、ゴブリンです!」


ゴブリンたちは行く手をふさぐように、サタンたちの前に現れた。


「くそっ! この洞窟はゴブリンたちのねぐらだったのか」


俺はゴブリンたちをにらみつける。


俺たちを囲い込み、じりじりと間合いを詰めてくる。


ゴブリンたちは、まるでもう勝ったかのような自信満々の表情だ。


雑魚のくせに、集団になると途端に強気になる愚か者ども。


ゴブリンの習性で言えば、必ず群れで狩りをする。


相手の群れより自分たちの群れが多くないと、決して襲わない。


今回の獲物は、ただの魔人三人と思って襲撃したようだが、見当違いも甚だしい。


はっきり言って、今の俺の敵じゃない。


確実に勝てる自信はあるが、倒しても肉も食えず、魂も食べる気にならない。


特にメリットはないが、急いでいる時に俺の前に立ちふさがったこの怒りは、こいつらの命で補ってもらおう。


「一、二……二十匹ですか」


ゴブリンたちは各々の武器を握りしめ、距離を詰め、今にも飛びかかりそうだ。


「こんな奴ら、早く片づけてしまいましょう」


ゾイルは複数の矢をつがえ、素早くゴブリンに向けて放った。


数本の矢はゴブリンどもにまっすぐ向かう。


「グウェ」


次々にゴブリンの急所をとらえ、命を刈り取っていく。


体を覆うほどの大きな木の盾を持つゴブリンが前に出てきて、矢を防ぐ。


木を何枚も重ね、強度を高めた分厚い盾だ。


「フン、こざかしい」


するとゾイルは矢に魔力を込め、再び放った。


なんと、ヨルカがやった技をゾイルも使えるようになったようだ。


そういえば、ゴルド族との戦いの前に、ヨルカに魔力をまとわせるコツを聞いていたな。


矢はすさまじい速度で盾持ちのゴブリンに向かっていく。


ゴブリンは盾の分厚さに自信があるのか、自ら前に進み出て、率先して矢を受け止める。


しかし、木の盾はパカッと音を立てて砕かれ、そのまま盾を持っていたゴブリンの胴を貫いた。


数で勝っているゴブリンたちは、最初こそ余裕の表情だったが、盾を貫くゾイルの攻撃を見て表情を引き締めた。


ゾイルのことを獲物ではなく、敵だと認識したのだろう。


各々の武器に毒を塗りつけ、ゾイルに応戦しようとする。


おかげで、俺に意識を向ける者が少なくなった。


「サタン様、ここは私が相手しますので、ヨルカのもとへ」


「わかった。死ぬなよ」


俺はゴブリンどもを無視し、洞窟に向かって走り出した。

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