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花咲くこころ  作者: えーあいキッズ


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9/9

確信

日の入りが少しずつ早くなってきた放課後。

ここ数日、美咲先輩の様子は明らかにおかしかった。

私と話していてもどこか上の空で、まるで自分の心さえどこかに置き忘れてしまったかのように混乱している。休み時間に先輩の教室を訪ねた時も、隣の席の宮原先輩がノートを返そうと声をかけただけで、美咲先輩はひどく怯えたように身を硬くして、居心地悪そうに視線を泳がせていた。

宮原先輩の方も、表面上はいつも通りに振る舞っているけれど、その会話はすっかり他人行儀で、かつて二人が楽しそうに笑い合っていた他愛のない空気は完全に消え去っている。

カフェで美咲先輩から聞いた話だけでは、私にはわからなかった。クッキーを受け取っただけの先輩に「流されやすい」「がっかりした」だなんて、宮原先輩はどうしてあそこまで言ったんだろう。

それに、気になることがあった。部活の休憩中、同じクラスでバスケ部仲間の宮原――宮原先輩の妹だ――が、ぽつりとこぼしていたのだ。「姉ちゃん、家では普通にしてるんだけど、美咲ちゃんとか学校の話になると急に黙り込むんだよね」と。

一番の味方だったはずの親友にどう接していいか分からず、自分の居場所を見失ってパニックになっている――美咲先輩の瞳からは、そんな痛々しいほどの戸惑いが伝わってきた。

先輩をこんな風に追い詰めているのは、間違いなく宮原先輩だ。だけど、これ以上美咲先輩を問い詰めるのは、余計に先輩の心をかき乱してしまう気がして、できなかった。


なら、私がやるべきことはひとつだけだ。


「宮原先輩。ちょっと、お話いいですか?」


今日は宮原先輩が日直の当番で、放課後も遅くまで教室に残っているはず――そう宮原から聞いていた。私は居残りの自主練を休ませてもらい、2年生のフロアへと向かった。

生徒がすっかり帰り静まり返った教室で、学級日誌を書き終えて帰り支度を始めた宮原先輩を呼び止める。オレンジ色の西日が差し込むその空間には、私たち二人以外誰もいなかった。


宮原先輩はスクールバッグを肩にかけ、教室の入り口に立つ私を見て驚いたように足を止めた。でも、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、優しく首をかしげる。


「小川さん? バスケ部の練習は? 美咲ならもう帰ったよ」


宮原先輩は、いつものように美咲先輩のすべてを把握している「親友」の顔で、穏やかにそう言った。私と美咲先輩の距離よりも、自分たちの『当たり前』の方がずっと特別だと、やんわりと突き放すかのように。


「知ってます。……美咲先輩じゃなくて、宮原先輩に、聞きたいことがあって待ってました」


私は一歩踏み出し、宮原先輩の目をまっすぐに見つめた。


「美咲先輩のことです。先輩、最近美咲先輩と何かありました?」


直球すぎる私の問いに、宮原先輩の眉がピクリと動いた。けれど、彼女はすぐに困ったような苦笑いを浮かべ、穏やかに諭すような声を出す。


「……ただの、よくある友達同士の喧嘩だよ。心配してくれてありがとう、小川さん。でも、部外者の小川さんが気にすることじゃないと思うな」


「関係なくないです!」


私は思わず声を荒らげた。


「私、美咲先輩のことが大好きです。先輩と付き合いたいと思って、一生懸命追いかけてます。だから、美咲先輩があんなに悲しそうな顔をしているのを、放っておけません!」


「大好き」という言葉を躊躇なく口にした瞬間、宮原先輩の瞳に激しい揺らぎが走った。それは一瞬だったけれど、確かに激しい苦痛と嫉妬の混ざった光だった。

それでも、彼女は「親友」の仮面を被り直すように、ふっと鼻で笑った。


「だから、ただの喧嘩だって言ってるじゃない。私がちょっと美咲の流されやすい態度を注意しただけ。美咲だってすぐに忘れるよ。私たちは何年も一緒にいる『親友』なんだから。……ね、小川さんが気にすることじゃないよ」


宮原先輩は、いつものように落ち着いた大人びた口調で、表面上は完璧な「普通」を装って私をあしらおうとする。

だけど、何かがおかしかった。

彼女が「美咲」という名前を口にするたびに、言葉がわずかに上擦り、スクールバッグを握る指先が白くなるほど力が入っている。宮原がこぼしていた、家での様子が頭をよぎった。彼女は今、必死で平気な仮面を被っているけれど、美咲先輩の話題に触れただけで、その心はボロボロに動揺しているのだ。


目の前にいる宮原先輩は、怒っているというより――張り詰めすぎた糸が切れそうなほど、傷ついているように見えた。


「……本当に、ただの喧嘩なんですか?」


私はじっと彼女の顔を見つめ、言葉を紡いだ。


「宮原先輩。先輩、怒っているというより、何かすごく傷ついているように見えます。……美咲先輩が、私のクッキーを受け取って、嬉しそうにしてたのが、そんなに許せないことなんですか?」


「……何が言いたいの?」


宮原先輩の声が、一段と低くなった。その肩が、微かに震えている。

だけど、私は止まらなかった。同じ「好き」を知っているからこそ、彼女の頑丈な防壁の隙間にあるものが、私には透けて見える気がした。


「ただの『親友』の態度じゃないです。……先輩の目は、ただの友達がする目じゃないです。まるで、私と同じ……」


美咲先輩を愛おしそうに見つめる時の、私の目。

美咲先輩が他の誰かと仲良くしているのを見た時の、私の胸の痛み。

宮原先輩から感じられる気配は、それと全く同じものだった。


「先輩、本当は美咲先輩のことが――」


「黙って!!!」


西日の差し込む静かな教室に、宮原先輩の鋭い悲鳴のような絶叫が響き渡った。


私の言葉を遮るように叫んだ彼女の顔は、驚くほど真っ白に引き攣っていた。その瞳には涙がたまり、激しい怒りと、何よりも「隠し事を暴かれた恐怖」が剥き出しになっていた。


「あんたに何がわかるのよ……!」


宮原先輩の声は、怒りでガタガタと震えていた。


「私が、どれだけの時間、美咲の隣にいるために我慢してきたか……! 美咲を困らせたくなくて、女の子同士なんてありえないって、必死に気持ちを押し殺して……っ! なのに、あんたみたいに、後から来たやつが土足でズカズカ踏み込んできて、勝手に『好き』だなんて大声で叫んで美咲を振り回して……!」


彼女の胸の奥に澱んでいた、数年分の感情が決壊したように溢れ出てくる。


「そうだよ、あんたのせいだよ! あんたが急に現れて、美咲をかき乱して……私の大事なものを、全部壊したんだよ! がっかりしたのも、流されやすいって怒ったのも、全部そうだよ! あんたを見て優しく笑う美咲なんて、見たくなかった……!」


宮原先輩は呼吸を荒くし、涙をこぼしながら私を睨みつけた。

そこには、いつも美咲先輩の前で見せる「優しいお姉さん」の影は微塵もなかった。ただ一人の、恋に焦がれ、傷つき、嫉妬に狂った女の子が立っていた。


静寂が戻った放課後の教室。

私は彼女の言葉を、全身で受け止めていた。ショックがなかったと言えば嘘になる。だけど、不思議と納得がいった。


「……やっぱり」


私は静かに口を開いた。


「先輩も、美咲先輩が『好き』なんですね。親友なんかじゃなくて」


私のその一言が、宮原先輩の最後の理性を断ち切ったようだった。

彼女はハッとしたように自分の口元を押さえ、自分が何を口にしてしまったのかを理解したようだった。激しい後悔と羞恥心が、彼女の顔を染めていく。


「……っ」


宮原先輩はそれ以上何も言わず、私から逃げるように、弾かれたように走り去っていった。

残された私は、遠ざかる彼女の足音を聞きながら、その場に立ち尽くしていた。


窓の外に目をやると、いつの間にか夕焼けの赤が消えかかり、深い群青色が迫ってきていた。


強い、本当に強いライバルだ。

美咲先輩が何よりも大切にしている親友は、私と同じ――いや、私以上に重く暗い感情を、先輩に抱いている。


「……負けませんから」


誰もいない空間に向けて、私は小さく呟いた。

美咲先輩を巡る、私たちの本当の戦いが、ここから始まるのだと確信しながら。

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