第10話/必然
「なるほど。」
ザスターは呟き、1人合点する。
「アビリティジェムでも、他者の強化はできるみたいだね。」
その手には、【星】のアビリティジェムが握られていた。共に観戦していたアガサは、ザスターの様子を見て、少しびっくりする。一人言にしては、音量が大きいからだ。
「…もしやあれは、ザスター殿が?」
「ちょうど良いと思ってね。」
「流石でございます。」
1. 臨時キャンプ-臨時決闘場
「あれハ、第零形態…。」
「知っているのカ、ファリン。」
「クガン、お前も知ってましたよネ。」
正体不明のクガンとファリンが雑談する。素性は第1章12話より。彼らはナイトケ王国からのスパイであった。
「あの力は、人として戦う為のものではなイ、ト。」
アーサーは感じ取っていた。ただならぬ力の昂りを。【第三形態】も、【第二形態】すら引っ込めた。故のこの力か。
───実演を。
ナギトは揺るがない。斧を振る。必殺の斧を。しかし、第零形態には通じない。
「…。硬い。」
魔神王の力、【結晶表皮】。硬く生え揃った装甲を切り裂けるのは、極限にまで達した数人のみ。少なくとも、今のナギトに切り裂けるものではない。
「気づいてるか?」
「…。」
アーサーは強気に声をかけた。棚からぼたもち、瓢箪から駒、知ったことか。
運も実力のうちだ。ドラクエだって、そうだった。ステータスにあったろう?
「お前の【臨戦強化】は、そのうち解ける。」
アーサーは拳を握る。ナギトを正面に見据え、力を貯めた。
「お前はもう終わりだ。」
瞬発力───。魔神王の膂力は、緻密なコントロールを伴って、アーサーを砲丸へと変えた。凄まじい勢いでナギトに突っ込むアーサー。
「【第三形態】。」
【魂装術:第三形態】/自己の領域結界を任意の半径で発生させる。領域内では、ありとあらゆるスキルアビリティの同時発動が可能となる。
領域が展開される。しかし、甘い。
【剛撃】/攻撃の際、筋力値が1.5倍される。
【轟撃】/攻撃の際、筋力値が2.5倍される。
【狂乱】/狂乱の魔神王の力を解放し、防御値が半減する。与えるダメージが10倍される。
【光陰正視】/自身の俊敏値を1.2 倍、動体視力、思考速度を5倍にする。
【瞬間強化】/自身が強化したい数値を、一定時間(8秒)の間、3倍にする。使用後、1分間のクールダウンが必要。
【臨戦強化】が切れることで、【光陰正視】と【瞬間強化】は使用できるようになる。これらのスキルアビリティを同時使用して、筋力を追いつかせる予定だろうな。
足りねえんだよ。
「───。」
ナギトは突っ込んできた俺に対し、大斧を合わせて迎撃する。斧が折れる。
俺の表皮に傷ひとつつけることすら、叶わない。ああ、無様なり。呆けた顔面に、パンチをお見舞いしてやる。
「が。」
衝撃により、レベルキャップ結界にまで打ち付けられるナギト。ゴム毬のように吹っ飛んだ。ああ。強くなったなぁ。
「さっさととどめを刺してやるよ。」
土煙の中、歩いて近づく。2秒かけて一歩踏み出すような、舐めプではない。すたすたと歩いて、トドメを刺してくれる。
2.臨時キャンプ-観戦席
ザワルドとウェンブルが談笑している。2人はそれぞれサーバートップランカーであることから、結構な顔馴染みである。
「第零形態か。思い切るね、アーサー。」
「知り合いのようだな。」
「ちょっとね。なぁ、ウェンブル。」
ナギトは、全ての力を使ってもアーサーに勝てなかった。【第二形態】で使った斧すら失った。もう【第二形態】での敏捷、筋力3倍バフも切れてるだろうな。
「その上で聞く。どっちが勝つ?」
「ナギトだろ。」
「あいつはまだ、あのスキルアビリティの真価を出していない。」
3.臨時キャンプ-臨時決闘場
「驚いたよ。」
拳の先には、割れた地面があった。ナギトの声が後方から聞こえる。
「本当にな。」
「…。」
アーサーとナギトは、再び向かい合う。
「…そろそろ、ネタバラシしたらどうだ。」
初めに【臨戦強化】を使った時、こいつは俺の視界から抜け、高速行動で仕掛けてきた。今もそうだ。俺の拳を避けやがった。
「知らねぇのか。」
見えない動きは、流石におかしい。
「…知ってもしょうがねぇだろ。」
…。
舐めプ…か?
俺の前で舐めプをしているのか?この男は…。俺の攻撃も何もかも避けれるスキルアビリティがあるのなら、何故それを攻撃に活かさない。
「そうかよ。舐め腐りやがって。」
スキルセットを、【光陰正視】から【不滅】に変更。圧倒的な防御力を盾に、ノーガードで攻めてやる。
【不滅】/【不滅の魔神王】の力を解放し、自分が受けるダメージ量の80%をカット。
どうせ相手はこの結界の外には出られない。【第二形態】、【第三形態】は解除されると、宿屋で休むなどのインターバルが必要だから、武器は手持ちの鉄の斧。逃げ場はないし、牙は届かない。
勝てる。
「殺してやるーーっ!!」
拳を突き出した。その時、視界の端に生まれた───光。薄く青い残像だ。それは、見逃してしまうような短い時間にのみ、瞬いた。
「ジャスト回避だよ。」
【ジャスト回避】/回避回数が1万回を超えると習得。タイミングよく回避すると、少しの無敵時間と、行動速度上昇、攻撃1回分に相当するパワーチャージを得る。
残像、その1つ1つが───ジャスト回避の回数を表す。100個以上はあるだろう。アーサーは取り乱した。
(まさか、俺の攻撃1回で───。)
あそこまで、ジャスト回避するなんて。
100回以上のパワーチャージを秘めた鉄の斧が、青く、眩く光る。それは太陽のような光だった。
「残念だよ。」
───まだだ、まだ、【不滅】がある。
「最後の最後で───面白くなくなった。」
無惨にも、アーサーは破壊された。
ただの、鉄の斧に。