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32 いつかの町

 俺は翔と共に電車に乗り、ある駅に降りていた。

 その駅前は商店街で賑わっていて、俺の最寄駅とは全く違う雰囲気だった。


「あのさ、何でこんな事なってんの?」

 前を歩く翔に声を掛けると、彼女はミルクティーブロンドをふわりと翻して振り返る。


「いいじゃん。別に」

 その顔は今にも蕩けだしそうな程、口角が緩んでいる。

 ニヤニヤしているのに可愛いところが、やはりこいつの顔立ちは並みじゃないんだって知らしめてくる。俺が同じような表情してたら多分キモイって言われるのに。さすギャル!


「俺は翔が言うからついてきたんだけど……」

「いいからいいから。海里も紫莉もいい場所案内してくれたし。それなら、あーしもどっかいいとこ案内したいからさー」

 どこか子供の駄々みたいな口調でそう言ってのける。

 正直、もう日が暮れそうだし、さっさと家に帰りたかった。でも翔は俺の二の腕を掴み、一緒に降りろとこの町に繰り出させたのだ。

 かつて俺が住んでいた町。久しぶりに見た商店街はあの頃のまま、夕陽も相まって赤系の色でごちゃついている。 

 並んだ建物の多くはテナントが変わっていて、見知らぬ店舗ばかり。しかし、その一方で記憶の片隅にある店も残っていて、妙な安心感を覚えた。


「ていうか、あーしの地元って海里の元地元でもあるじゃん? 実家のような安心感に包まれてるっしょ」

 見透かしたかのように翔は俺を見て笑う。てへっと笑いながら小首を傾げているのが可愛い。


「よく言うよ。ってことは……」

 言いかけた所で、ある考えが脳裏をかすめた。

 この町を俺と翔は遊び通したように、白瀬さんもまたこの町で育ったのだろうか。


「うん。そういう事」

 翔は俺の考えを感じ取ったらしく、ニカッと笑いかけてくる。


「そっか。じゃあ、久々にここに来るのもいいかもね」

「でしょ?」

 その言葉を良いことにしたのか、翔は肩を触れ合う位に近づいてくる。しかし、パーソナルスペースがゼロ距離並みで近いのが俺だ。自動警戒システムが発動し、反射的に横にスライドする。こんなに人がいる界隈で距離感詰められるのはどうにも恥ずかしい。


「相変わらずだなあ、海里は」

 翔はそれを見て少しだけ眉を寄せた。

 でも多分、彼女は俺の性格を分かってくれている筈だ。二年の始めに同じクラスになった時、俺は翔とどう接するか本当に戸惑っていた。会話の一つ一つすらも緊張しっぱなしだった。

 しかし、今は大分マシになったと思う。多分、あの故郷の海での一件のおかげだ。

 でも、まだだ。今までの俺達を隔てていた時間は思っていた以上に多くあって、分からない事も分からなくなってしまった事もいっぱいある筈なのだ。


「てか、あそこにあった店。もう無いのか」

 指差した先。郵便局の隣にあった駄菓子屋は、真新しい殺風景な店舗に変わっていた。


「介護派遣の店になったんだー」

 翔の言う通り、よくよく見るとデイケアとかそういう店名が看板に記されている。


「あー。よくある話だね」

「反応うすっ。海里よくあそこに通ってたじゃん。もう少し悲しめっての」

 真新しい介護派遣のカラフルな看板が掛けられたその場所を通り過ぎると、アーケードの屋根は途切れる。そこから先は複数射線の大通りが走っている。

 通りを挟んだ対面には古ぼけた公園が、あの頃と同じ佇まいで残されていた。

 青信号を待ってから、銀に輝く車輪止めを越えて公園に入る。


「あれ?」

 しかし、どこか違和感を感じて俺は首を傾げた。


「この公園ってこんなに狭かったっけ? 土地縮小でもした?」

「違うよ。それだけ、あーしらが大きくなったって事じゃん?」

 何故かドヤ顔の翔。胸を張って我ここにあり、とか言い出しそうなポーズだった。


「そっか……」

 大きくなったと共に色んな物を失った気もする。それがなんとなく寂しかった。

 俺がベンチに腰を下ろすと、翔も隣に座る。

 賑わった記憶がある公園も、すっかり寂れていた。いくつかの遊具は安全対策の為か撤去されていて見当たらない。かつて回転ブランコがあったであろう場所には、緑の雑草で溢れ返っていた。無駄にがらんどうとした敷地だが、やっぱり狭く感じる。

 街灯に丁度光が灯り、空を見る。すっかり陽が傾いた空はもう夕陽の眩しさすら失っていた。

 遠くの滑り台の下では帰路につく小学生が見えた。彼らももう家に帰る時間だろう。そして、その家には温かい夕食と家族が待ってるんだろうか。俺はそんなしみじみした思いに駆られていた。


「そうそう。海里の小説ってないん?」

「は?」

 ぎこちない音を伴わせて、俺の首が翔へと向けられる。

 それをきょとんとした顔で見ている翔。


「……」

 どうやら俺の動揺が伝わっていないようだな。

 翔に俺の趣味、小説執筆を打ち明けた覚えはない。寧ろ馬鹿にされるまであるからトップシークレットにしていた筈だった。

 それなのに……何でバレてんの?


「その趣味、翔に話したっけ?」

「紫莉から聞いたの」

 間髪入れずにそう答える翔。その眼は興味津々できらきら輝いていた。

 俺は嫌な予感がしてちょっとだけ身を引いて距離を取る。


「ねえ、今度読ませてよ」

 その距離を詰めながら翔が言った。割とガチめの声音なので無理に否定出来ない。


「分かったって。今度な」

 そうやって曖昧に濁して返したのだった。すっかり暮れた空には星がはっきりと見えていた。

 スマホを起動すると丁度六時をまわったところだった。


「これからはもっと陽が長くなるな」

 通りを行き交う車の喧騒を聞きながら、自然とそんな言葉が出る。

 いつの間にか春は終わっていて、とんでもなく暑い日々にあっという間に切り替わる。

 夏の始まりとは得てしてそういう物だ。


「さっき滑り台で遊んでた子供たちさ」

「は?」

 突然何を言い始めたのか。俺は隣を見る。

「あーしらもさ。暗くなるまで遊んだよね」

 どこかしみじみした雰囲気が流れていた。


「まあな。親に怒られてもずっと遊びたかったんだよ。今日この日は二度と来ないって言うしな。薄々そういうの分かってて、だから必死に遊んでたのかもな」

 俺は自分に言い聞かせるように呟く。

 祖父との思い出も、子供の頃の思い出も、今は記憶を辿らなければ思い出せない。

 しかし、それらの記憶は確かに俺を成長させる糧になってきた。そう思いたい。


「白瀬さんの問題もいつか笑って済ませられる時が来るのかな」

「何言ってんの海里。辛気臭い」

 ズバッと返す翔に俺は黙りこくる。彼女の大きな瞳は優しげに潤っていた。


「当たり前だし。噂流してた女子達もビビって黙りこくってたじゃん」

 そう言ってクスクス笑う。今朝の有様は思い出しただけで痛快だった。

 しかも、白瀬さんに小説内でコテンパンにされている輩なのだ。


「海里はああいう女子のグループ苦手でしょ?」

「ああいうグループ……ねえ。まあ苦手って言うか嫌いだけどな……あ」

 やべ、本音出た。

 ぽろっとダークマターみたいな一言が出るのが俺の悪い癖だ。

 ハッとして翔の方を向くと、彼女は今までになく嬉しそうに笑っている。


「あはは。海里も言うようになったね。数年ぶりにあってすっかり大人っぽくなっちゃって」

「はあ?」

 いきなりオカンみたいな口調で、成長を褒められた。反応に困ってフリーズしかける俺。


「だってさあ! あーしの悩みだけじゃなく、紫莉の悩みまで解消しちゃうんだもん」

 そして、小さく息を吐いてみせた。満足げな顔はやり切った感がある。


「あ、そうだ」

 翔はトンと跳ねて公園の砂利を踏む。そして、もう一度振り返って言った。


「紫莉の家の問題、解決したって」

 そう言って窺うようにこちらを見ている。何故か静かな声音だ。

 何だよ、さっきまで明るく喋っていたのに。どことなく陰鬱な空気にたまらず口を開く。


「それがどうかしたのか?」

 翔はこくんと頷くと、俺の方に歩み出る。


「紫莉さ。お父さんの実家に行くみたい。新潟戻って家族みんなで暮らすんだって」

 そして、翔は一瞬悲し気な顔を浮かべた。俺を思いやるようなそんな顔。


「聞いてなかったでしょ?」

「初耳だ……」

 驚きを隠せない。本当に急すぎる話だった。

 元々、白瀬さんの両親は別居していたと、彼女自身が言っていた。それはきっと、娘として両親に自分の想いを伝えたのかもしれない。だから、問題は解決に向かって進展したのだろう。

 しかし、それを条件に白瀬さんは俺達の前から去る事になった。


「そりゃ、解決したのは良かったけど……でも」

 俺はもう自分を隠せない。

 多分、今俺が白瀬さんの事で頭がいっぱいになってるのを翔が見たらどう思うだろうか。


「待って……ごめん。ダメだ……混乱してる」

 俺は一人でそんな事を言いながら、ベンチで途方に暮れる。


「ちゃんと話してあげなよ。海里と多分話したいんだよ」

 翔は両手を後ろにして覗き込んでいた。その声に促されるように俺はベンチから立ち上がる。


「翔、教えてくれてありがとう」

「こっちこそ。今日はありがと。じゃね」

「ああ」

 翔はそう言って一足先に公園の外へと出ていく。

 翔の家はこの公園の向こうの住宅地を少し歩いた先にある筈だ。俺はその場所や家の外観も何となく記憶に残っている。


「ありがと……か」

 俺はベンチから立つと、彼女とは反対の方へと踵を返すのだった。


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