24 故郷の土
気づけばポイントが1000を超えていました。
私が投稿してきた小説の中では初めての事で感激しております。
読んでくれている方、本当にありがとうございます。
これからもコンスタントに投稿していくので、どうか完結までよろしくお願いします。
「ねえ起きて」
翔の顔が目の前にあった。マスカラで盛られた睫毛をぱちくりさせながらこちらを見ている。
今が新幹線の中で、先ほどまでいたのは夢の中だったのだと改めて自覚した。
「すっごい寝てたよ」
「マジでか」
熟睡して夢まで見るとは自分でも思わなかった。
ふと、夢の内容を思い出し、翔にバレないように寝ぼけ眼を擦る。
そうやって、溜まっていた涙のなりかけを零れる前に拭き取ったのだ。
その様子を翔は何も見ていない。彼女が見ているのは俺の向こう側、窓辺だった。
「もうそろそろ着くみたい」
「ああ」
新幹線は緑の中を走っていた。
高架の下には山を切り開いたバイパスが通っていて、車が進行方向と同じ流れで並走している。その遥か彼方には久しぶりに見る市街地の遠景が広がっている。
「海里が住んでたとこって海だよね? ここ山なんだけど?」
どこか不満そうな顔で翔が言った。
確かに、今映っているのはひたすらに山だ。遠くには街の営みが見えていて新幹線のターミナル駅はそこにある。
「新幹線の駅で何回か乗り換えたら海は直ぐだよ」
「結構かかるんだね……てか、乗り換えめんど」
まだ乗り換えがあると聞いてグロッキーな様子の翔。
てっきり海辺に新幹線の駅舎があるものだと思っていたらしい。
「そろそろ降りる準備しないとな」
俺は傍らで寝息を立てていた白瀬さんも起こし、荷物を下ろす準備を始めた。
「ふぁー。疲れたね」
伸びをしながら翔が言った。
ホームに降りるとちらほらと他の乗客達もエスカレーターに向かっている。
この新幹線駅は市内でも辺鄙な所にある。降りてから自宅までは車移動が基本だ。
田舎は車社会ってまさにこの事。でも、俺達を迎えに来る車なんてある訳が無い。
「とりあえず、ターミナル駅まで行く電車があるからそれに乗るよ」
スマホを取り出して時刻を見ると、九時を回ったところだった。
「ここからまたローカル線に乗るの?」
白瀬さんが俺に尋ねる。ローファーの靴音がガラガラのホームに響く。
「うん。待ち時間も込みで一時間くらいかな」
「結構かかるんだ……」
翔は絶望気味に全面ガラスの外の景色を見ながら言った。
広い道路を自動車が数台走っているだけ。まだ十時前なので開店している店も殆ど無い。見下ろす形で見える駅前は閑散としている。
「新幹線が止まる駅だってのに、随分と過疎なんだね……埼玉より何もないじゃん……」
唸っている翔を横目に、乗り換えアプリをチェック。
「よし、こっちだ。ついてきて」
俺が率先して進むと、後ろで二人の会話が聞こえてきた。
「流石、故郷ね。普段と違って生き生きしてる」
「こんなに頼れる海里見たの初めてなんだけど、ちょーウケる」
褒められてんのか奇異の眼で見られてるのか分からない。
とりあえず、どこにウケる要素があるんだろう。
どうにもむず痒い背中への視線を感じつつ、俺はエスカレーターの階段を先頭で下りた。
新幹線からローカル線に乗り換える。
そこから数分で市内中心部のターミナル駅に降りた。
新幹線駅とは打って変わり、人の数がちらほら見える。
市の中心部だけある。
しかし、今日は平日だ。目につくのは年寄りや主婦ばかり。若者なんて俺達くらいだった。
「まだ乗るの?」
「そう言う事言わない」
うんざりした様子の翔を白瀬さんが小突く。
「せっかく私達を連れてきてくれたんだから」
何かそういうやりとりされるとますますむず痒い。俺は知らないフリをして二人の先を歩く。
見ると、駅構内を歩く高校生の姿が散見された。
「こっちの子も皆スカート短いのね」
白瀬さんが感心したように観察している。そういうファッションを気にする性格なんだろう。
地元の高校生達のお陰で俺達は浮かずに済んでいた。俺達の通う参宮高校の制服は男子が学ラン。女子は紺のブレザーという、よくあるデザインも幸いだったようだ。
明らかに目立つ私立のデザイナー制服とかだと絶対違和感あるけど、上手く溶け込めている。
そんなこんなでローカル線のホームに着く。
「この電車に乗れば目的地だよ」
「ようやくかぁ。何かテンション上がってきたし」
新幹線の停車駅とは打って変わって古めかしく、対面の使われなくなったホームは剥き出しのコンクリートが野晒しにされていて何とも田舎って感じだ。
「人いないねぇ」
「まあ過疎ってるローカル線だし……普通は車で行くんだ」
きょろきょろする翔に顔を合わせる事無く、俺は放棄されたホームを見ながら答える。
「さっき時刻表見てきたけど、確かに電車の数も少ないわ。帰りの分もちゃんと覚えておかないと」
白瀬さんが古ぼけた時刻表とにらめっこしながら言った。
流石、表向きは優等生。ちゃんと時刻を写メっているところがポイント高い。
しかし、帰りの事も考えると、俺は少し気が滅入りかける。
「学校じゃ今頃は授業始まってるよな……」
三人とも欠席。しかも連絡も無しなんて結構やばいんじゃないだろうか。
「大丈夫かな……いや、連れ出してきた言い出しっぺが言うのもなんだけどさ」
俺が二人の様子を窺うと、白瀬さんがはあ? みたいな顔で首を傾げる。
「そこらへんは大丈夫よ。さっき学校には連絡しといたから」
「あーしも連絡しといた。もしかして海里はまだなん?」
けろっとした顔で翔が俺は? と聞いてくる。
「何でみんなちゃんと連絡してるんだよ……ギャルの癖に」
俺はちらりと真新しい電光掲示板の時刻とスマホの時刻を見比べる。
電車が来るまでまだ時間はあるようだ。
「じゃあ俺も連絡しとくか」
我ながら考えが浅はかだと思いつつ、俺は電話する為に二人から離れたのだった。
それから間もなくして電車はやってきた。
都会では見る機会なんてないような二両編成の、それも冗談みたいに古臭い電車だ。
プシューと大げさな音をさせて開くドア。足を踏み入れた先はガラガラの車内。
「すいてるねー。小田急線もこんなだったらいいのに」
ぽすんと音を立てるようにシートに腰を落とす翔。白瀬さんもそれに続く。
対面式シートの片側に並んで座った俺達。しかし、他の乗客は誰もいない。先頭部の運転席に車掌が一人いるだけ。
自動音声の女性のアナウンスが発車の合図をして、電車はゆっくりと動き出した。
「でもさ。結構街並み自体は田舎でもないよねー」
翔と白瀬さんはそんな会話をしながら車窓を眺めているが、まだまだ甘い。
しかしここから先、景色は一気に田舎って感じになっていくのだ。
――退屈過ぎて眠るんじゃねえぞ。
俺は旅行気分ではしゃぎまくるサボリコンビを見ながら、心の中でそう呟くのであった。
ああ、俺もサボリなんだっけ。