22 決行日の早朝
翌日の早朝。夜明け前の暗がりに家を出た。
新宿で乗り換えた後は一本の電車で終着駅の『東京』まで。
始発から間もないせいか、上りでも車内は空いていた。
小一時間揺られた所で、東京駅のホームに降りる。春の終わりとは言え、早朝は結構寒い。
学ランで良かったぜと思って新幹線の改札前で突っ立っていたら、走ってくる制服姿のJK二人組が見えた。
「ごめ~ん。待った~?」
間延びした声で白々しい台詞を吐きやがるのは栗橋翔。
隣をついて小走り気味なのは白瀬さんだった。
二人は短いスカートから伸びる脚先をぱたぱたと鳴らして、俺の前で止まる。
「おいおい……」
俺は二人の制服着こなしがあまりにもお洒落過ぎて声を漏らす。
翔は全開にしたブレザーの下にピンクのカーディガンを着込み、白瀬さんはかっちりとボタンを留めている。しかも、その耳にはきらりと光る銀のリングピアス。
早朝の空いた駅だと浮きまくる格好だ。一緒に立っているのが恥ずかしくなってくるレベル。
「ここは渋谷じゃないんだよ?」
俺が諫める口調で近づくと、翔は眉をひそめた。
「は? 何言ってんの。せっかく遠出するんだし」
周囲では、出勤途中のサラリーマンが機嫌悪そうに振り返って何事かとこちらを見ている。
俺は何とも気まずい思いで、壁際に進んで背中を預けた。
「まさか二人とも制服姿なんて思わなかったよ」
俺はまじまじと二人の出で立ちを見ながら、自身に浴びせられる視線を感じる。視線の出所は今まさに対峙しているギャル二人から寄越されていた。
「そう言う水梨君だって思いきり学ランじゃない」
指摘する白瀬さんは肉食獣のような眼できろりと睨みつける。
お前が言うなってオーラが凄まじい。というか怖い。
「そ、それは……親に怪しまれるし。一応、手間のかからない大人しい息子って事になってるし?」
「それは私への当てつけかしら?」
白瀬さんは眼を細めて噛みつきそうな眼光を向けてくる
「そういう大人しいのが危ないのよ。犯罪起こしたら真っ先に挙げられるテンプレじゃない」
白瀬さんが意地悪そうにこちらを横目でにらみつつ、
「まあ、私も同じようなものだけどさ」
そして、諦めたようにふっと息を吐いて肩を崩した。
「平日の朝に私服で出かけるなんて、サボリますって宣言してるようなものだし?」
あまりに俺がみじめなのを見て情けが沸いたのか、白瀬さんはサイドに垂れた黒髪を鬱陶しそうに払ってにこりと微笑みかける。
でも、俺は眠いのと寒いのであまりうまく返せない。何かごめんねテンション低くて。
「あーしもそんな感じかな……てか起きるのギリギリで服選んでる暇なかったわー」
一方の翔はドストレートに気持ちを表現するので嫌いじゃない。うん。単純で何かと分かりやすい奴だ。ていうかテンション高い、あと近い。
「まあ、いいや。新幹線の切符買って来るか」
俺が先頭に立って歩き出す。後ろでは二人が楽しそうに会話を始めた。
でもこれ、れっきとしたサボリなんだよなぁ……
白瀬さんは完全に放課後ギャルモード全開だし。
「めっちゃわくわくしてきたわぁ!」
隣の白瀬さんを小突きながら、翔は平常営業だった。寧ろ平時よりもテンションが高くなってる可能性まである。ちなみに、まだ朝方だ。どんだけ朝強いんだよこの人。
「こっちは八時間寝ても朝弱いってのに、どんな体内時計を積み込んでるんだか……」
そうこうしている内に発券機に辿り着く。
タッチパネルで空席を確認すると、丁度三列シートがまるまる空いていた。
「とりあえず、ここ取るね」
「うん。お願い」
振り返って確認すると白瀬さん主導で承諾が返ってくる。
二人は何やら楽しそうに談笑している。俺が切符を買うのを待っているのだろう。
しかし、こうやって並ぶとギャル二人って感じだな。これじゃ俺がパシリで従えられてるみたいだ。
「ていうか、二人とも親には何も言ってないの? 大丈夫?」
ギャル達は互いの顔を見合わせながら、何か確認しているようで、
「覚悟の上で来たんだけど」
「水梨君もそういう意味で声かけたんじゃないの?」
ほぼ同時に俺を見て言い返す。
そういう意味ってのは親にも学校にも内緒でのサボリ、上等って事だろう。
恐れを知らない鉄砲玉みたいに放課後生きてる白瀬さんらしいや。
「まあ俺も言ってないんだけどさ……」
前に向き直り、保留していた発券画面をタッチすると法外な値段が表示された。
「うぇ……」
思わず潰れたカエルみたいな声が出る。
新幹線三人分の料金は、あまりにエグい額面だった。こんな大金を一度に払うのは初めて過ぎて、高校生の俺だとちょっとビビる。
でももう退けない。賽は投げられたのだ。ついでに言えば俺の財布の中も投げられている。
「言ったからには引けないけど、この出費はやっぱ痛いよなあ」
往復切符だけで去年のお盆、今年のお年玉でコツコツ積み立てた貯金が飛ぶ計算だ。
画面を見ながら肩を落としていたら両脇から二人が覗き込んでくる。
「じゃあ、今のうちにお金渡しとくからお願いね」
そう言って二人分の大金を受け取る。
程なくして乗車券と特急券が凄まじい勢いで連続で発券され、俺は二人に切符を配った。
乗車券特急券と新幹線に乗るのに必須な切符をセットにして横に据え付けられていたチケット袋に入れて渡す。
「何。顔に何かついてる?」
一通り配り終えた上で、翔が感心したような顔で俺を見ている事に気づいた。
「気が利くねえって思ってさ。砂原みたい」
褒められてるらしい。でもその最後の一言だとまるで、俺が男子として当たり前の事を普段するのが欠けているダメ男みたいに聞こえるんだ。どういう意味なんだよマジで。
そこで涼介を比較対象で出してくるのがエグいな。まあいいけど。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うん。案内よろしくね」
ぽんと肩を叩いて笑う白瀬さん。
彼女が楽しみにしている海を見せる為に俺は決起したのだ。平時ならこのボディタッチだけでも昇天する程嬉しい筈なのに……
「朝きついな……」
俺は重いショルダーバッグを担ぎ直し、ぐったりした足取りで改札を抜けたのだった。
「二十二個もホームあるなんて東京駅やばくない!?」
エスカレーターを上りながら翔がはしゃぎ気味に声を上げた。
おおかた、案内板のホームの番号でも見て驚愕したんだろう。でも実際、俺も狭く詰められた『22』というホーム番号を見るとちょっとすごいなとは思う。
「新宿だってそれくらいあるでしょう」
それに対して白瀬さんが薄いリアクションで反応する。何かいつも新宿入り浸ってそうな余裕のある返し方だ。実際、入り浸ってるんだろうなあ。
今日は何時にもましてダウナーな俺。心の声がいちいち荒んでいるのを感じる。
俺は彼女達の会話に耳を傾けつつも、短いスカート丈を直視しないように視線を背ける。
最後尾をゆく俺。更に後ろをちらりと見るとぽつぽつとサラリーマン姿の大人が見えた。
皆、蜘蛛の糸を上るカンダタの後に続く亡者みたいな疲れた顔をしている。
一瞬、壁に貼り付けられた痴漢撲滅のポスターに目が入った。
「だよね~。てか紫莉は普段は八重洲とか行かないの? あーしはちょっと遠いしめんどくさくて来ないけど」
「私は――」
前に向き直ると、後ろの男達など気にも留めない女子二人。呑気な物だ。
もし、俺がいなければ二人のスカートの中丸見えなんじゃないかな。そこらへん少し察してよねとか思いつつ……
――何かこれ、エスコートしてるみたいだな。
彼女持ちのリア充なんかはこんな風に彼女を守るんだろうか。しかし、俺は頭を振る。
いや……これはただの付き添いパシリみたいなもんだ。
「何バカな事を考えてんだろう」
傍から見ると相当キモイ光景だろうに。そうこうしている内にエスカレーターも終わりに近づいてきた。
新幹線に乗ったらこの御守も終わる筈だと信じつつ、俺は二人の背中と、迫りつつあるホームの天井をみていた。




