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二人の物語は、ここから

  こんな時間に起きたのは、夜戦病院の近くに爆弾が落ちて目を覚ました時以来だ。


  私は眠い目をこすりながら、集合場所である西門前に来ていた。


「やあ。もしかして、君が今回の護衛かい?」


「はい」


  しばらく待っていると、向こうから馬車がやって来た。そして、御者が馬車を降り、声をかけてくる。


  意外にも、御者は20歳前半くらいの爽やかな青年だ。あんな依頼を出すなんて、どんないけ好かない奴だろうと思っていたが、ぱっと見は案外普通の人である。


  私はギルドで受け取った依頼書を、彼に渡した。


「えっと、アリスさん。Eランクだね。じゃあ、一番前の客席に座ってくれるかな」


「分かりました」


  言われた通りに馬車へと乗り込む。客は既に揃っていたようで、私が席に着くと、程なく馬車は出発した。


  ふと、隣に目をやる。そこには私と同じ歳くらいの銀髪美少女が座っており、腰には剣を下げている。


「もしかして、あなたも護衛で来たのですか?」


  話しかけてみると、少女は黙ってうなずく。どうやら、あまり喋らないタイプのようだ。


「私はアリス、Eランク冒険者です」


「・・・・・・ユナ、Eランク」


「見たところ、ユナさんはかなりお若いですよね。お幾つなんですか?」


「・・・・・・12」


「同い年ですね! 実は、これからエトワール魔法学園の入学試験を受けに行くんですが、もしかしてユナさんも、王都の学校に?」


  すると、それまで反応の薄かったユナが、目を見開いてこちらを見る。


「私も、エトワールの試験を受ける」


「すごい偶然ですね! まさか、こんなところで同級生に出会えるなんて!」


「・・・・・・まだ、合格するかは分からない。あなたは、大丈夫そうだけど」


  私の実力を測れるあたり、ユナもそれなりの実力を有しているように思える。


  そもそも、12歳が受ける試験なのだから、Eランク冒険者が落ちるようなものではないはずだ。


「ユナさんも絶対受かりますよ。・・・・・・でも、王都まで行くにしては、荷物が少ないですね」


  腰に下げた剣以外、特に持ち物が見当たらない。旅の途中や、王都に滞在する間に必要なものが揃っているようには見えないのだが。


「・・・・・・私は、シエラール出身。必要なものは、王都についてから稼いで揃える」


  シエラールは、先ほど馬車が出発した街だ。それなら、確かに旅の荷物は必要ないが・・・・・・。


「もしかして、お金に困ってる、とか・・・・・・」


「・・・・・・違う。父は、そこそこ大きな商会の会頭」


「なら、どうして?」


「・・・・・・私は、小さい頃から冒険者に憧れて育った。でも、父が貴族に嫁がせようとしてきたから、逃げ出してきた」


  見かけによらず、なかなか大胆なことをする子だ。まあ、私がユナの立場でも、同じことをしたとは思うが。


「そうなんですか」


「・・・・・・驚かないの?」


「別に。貴族だったら、良い暮らしをしている分、責任が伴うものだとは思いますけど、商人の娘なら、誰にも迷惑はかからないですから」


  自分で言っておいて何だが、かなり耳の痛い話だ。両親が放任主義なことに、改めて感謝せねばなるまい。


「・・・・・・でも、父や、商会の従業員には迷惑をかけた。私が嫁げば、商会はもっと大きくなったはずなのに」


「領民を豊かにするための政略結婚なら別ですが、自分たちの利益のために、娘を蔑ろにすることが正しいはずがありません」


  ユナはしばらくの間、無言でこちらを見つめていた。そして、私が困惑の表情を浮かべると、彼女はふっと笑った。


「・・・・・・変な人」


「よく言われます」


  ユナにつられて、私も一緒に笑った。何だかよくわからないが、彼女との距離が少し縮まった気がする。


  馬車は十数人ほどの客を乗せ、軽快に進んでいく。道中、ユナと他愛もない会話をしながら、流れていく景色を眺めていた。


「ん?あれ、何だろう」


「・・・・・・遠すぎて、分からない」


  馬車が狭い山道を抜け、平原に入ってしばらく経った時、前方の視界の端で、異変が起きていることに気がついた。


  何やら土煙が上がっている。もしや、今の時期に大量発生しているという魔物の群れか?


  その時、御者が大声で叫んだ。


「大変だ、盗賊が来たぞ!」


「えっ?」


  乗客が混乱する中、御者は方向転換をして、来た道を戻ろうとする。しかし、多くの乗客を乗せた馬車は、後方の「何か」にどんどん距離を詰められていく。


  そして、その正体がやっと判別できるところまでくると、ユナが口を開いた。


「・・・・・・馬に乗った人間、20人くらい。武器を持っている。本当に、盗賊だった」


  乗客たちは、迫ってくる荒くれ者に怯えている。中には、悲鳴を上げて失神する者もいた。


  そして、あっという間に盗賊たちに囲まれ、御者は馬車を止めてこちらを見る。


「冒険者の方々、お願いします」


  御者は、かなり慌てた表情だ。なんと、白々しいことか。


「行きましょう、ユナさん」


「・・・・・・分かった」


  私はユナにこっそり防御魔法をかけ、馬車から躍り出た。


  すると、盗賊のひとりがこちらを見て、下卑た笑顔を浮かべている。佇まいからして、彼が盗賊の首領だろうか。


「なんだ? 馬車からガキが降りてきたぞ。もしかして、こいつらは生け贄のつもりか? 悪いが、俺たちにガキをもてあそぶ趣味はねぇんだ。どうせ犯すなら、ちゃんとした女が良いしな」


  すると、盗賊たちは一斉にゲラゲラと笑い声を上げる。隣を見ると、表情変化の薄いユナが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「お? その恐怖に歪んだ顔はそそるねぇ。お前の方は、後で俺様が特別に可愛がってや『風よ、切り裂け』る?」


  あまりにも聞くに耐えなかったので、私は魔法で首領の右腕を切り落とした。こちらの攻撃に気がつかなかったのか、首領は地面に落ちた右腕を、しばらく呆然と見ていた。


「うわああああああああっ!」


  辺りに断末魔が響き渡る。他の盗賊たちは事態を把握出来ずに立ち尽くしていたが、ふと我に返ったのか、一斉にこちらへ向かってきた。


「くそっ! 魔法師がいるぞ! 一気に畳み掛けて潰せ!」


「この、クソガキがぁ!」


「・・・・・・遅い」


  先行する2人の盗賊が、怒号をあげながら斬りかかろうとする。


  しかし、私が次の魔法を展開しようとする前に、ユナが素早く動いていた。


  剣を持って突っ込んできた先頭の2人を、音もなく斬り伏せていたのだ。


「ユナさん、本当にEランクですか?」


「・・・・・・それは、こちらの台詞」


「それでは、後ろの3人をお願いできますか? 私が残りを片付けますので」


「・・・・・・了解」


  その後は、一方的な結果となった。


  指揮官を失った盗賊たちは総崩れとなり、私とユナによって各個撃破されていく。中には逃げようとした者もいたが、結局、全員を無力化することに成功した。


「・・・・・・弱い」


「まあ、所詮は盗賊だからね」


  ユナがため息を吐く。どうやら、彼女は物足りなさを感じているようだ。私たちは倒れた盗賊たちを一通り見て回り、脱走者がいないことを確認した。


  すると、そこへ御者がやってきた。


「いやぁ、お見事」


「・・・・・・これくらい、大したことない」


  ユナはそう言って、馬車に向かって歩いていく。


「そうか。だったら・・・・・・死ね!」


  御者は、突然懐に隠し持っていた魔銃を取り出し、ユナに銃口を向けた。


「・・・・・・っ!」


  油断していたせいで反応が遅れたユナは、とっさに回避しようとするが、間に合わなかった。


  バンッ・・・・・・。


  辺りに銃声が響き渡る。


  魔銃は魔力のこもった弾丸を発射する武器で、一発しか撃てない代わりに、一般人でも使うことが出来る。だからこそ、ユナが警戒することはなく、直前まで気づくことができなかった。


「ど、どうして・・・・・・」


  その場に崩れ落ちる体躯。


  御者は、撃ち殺したはずのユナが、無傷で目の前に立っているという状況を理解出来ず、呆然と彼女を見上げていた。


「ごめんなさい。ユナさんを、囮にするような真似をしてしまいました」


  驚いて立ち尽くしていたユナが、こちらに顔を向けた。


「ど、どういうことだ! 俺は、確かにこいつを・・・・・・!」


  怒りが込み上げているのか、御者がわなわなと震えながらこちらを睨んでいる。


  私は御者を魔法で捕縛し、念のため無力化しておいた。


「あなたが盗賊と内通していたことは、彼らが現れた時点で分かっていました。普通に考えれば、盗賊はこんな平原ではなく、手前の狭い山道で襲いに来るはずです。それをしなかった理由はいくつか考えられますが、事態の成り行きが不自然だと疑うには、十分でした」


  話をしながら、魔法で伝書鳩を創造し、ギルドにいる新人さんのもとに救援要請をした。この盗賊たちを連行しなければならないし、馬車の乗客たちも、何とかしなければならないからだ。


「それにあなたは、はっきりと見えないくらい遠くにいる敵が、盗賊だと断言した。魔物が多く出没するこの時期なら、先にそちらを疑うのが普通でしょう。だから、馬車を出る前に、ユナさんには防御の魔法を掛けておきました。まあ、あなたが攻勢に出るとは思わなかったので、保険のつもりだったのですが」


「あの時の違和感は、アリスの・・・・・・」


「はい、私の魔法です。あの時は、彼が確実に敵の仲間だという証拠がなかったので、泳がせていました。黙っていて、申し訳ありません」


  ユナに向かって頭を下げる。彼女は、ゆっくりと首を振った。


  御者は最後まで何かを叫びちらしていたが、私たちはそれを放置して、ギルドからの援軍を待った。


  そして、2時間ほど経過した頃、ようやくシエラールから兵士たちがやってきた。彼らは自由都市が持っている軍隊らしく、平時の際は街の警備などを担っているようだ。


「アリスさん!」


  その中に、こちらへ駆け寄ってくる影があった。ギルドの受付をしているはずの、新人さんである。


「どうして、あなたがここに?」


「あのようなご連絡を頂いて、居ても立っても居られず・・・・・・。この度は、大変ご迷惑をお掛けしました」


「別に、ギルドのせいではないですから」


「いえ。あのような依頼が来た時、何としてでも馬車の出発を止めるべきでした」


「でも、規則でそれは出来なかったのでしょう」


「それは・・・・・・」


  新人さんは、申し訳なさそうに口籠る。今回の責任を彼女たちに押し付けるのは、酷というものだろう。


「それより、ひとつお願いがあります。私と、そこにいるユナさんは、今すぐここを離れたいんですが」


「え? まあ、今回は私どもに落ち度がありますし、アリスさんがそうおっしゃるなら・・・・・・」


  新人さんは、困惑の表情でこちらを見ている。


「しかし、本当によろしいのですか? これだけ派手にやっていますし、乗客の証言もありますから、こいつらは問題なく罪に問えるはずです。ただ、一緒にいらっしゃらないと、盗賊討伐の報酬が出なくなってしまいますよ」


「はい。それより、この場から一刻も早く離れたいので」


「・・・・・・分かりました。後のことは、お任せ下さい」


「ありがとうございます」


  新人さんは、深々と頭を下げて去っていった。


  私はユナを連れ、人に見られない場所へ移動する。


『契約せし者よ、我が下に来たれ』


  突然現れた白狼に、ユナは驚いて後ずさる。


「大丈夫。この子は、私と契約していますから」


  警戒させないよう、シロの頭を撫でてみせる。シロは気持ち良さそうな表情で、尻尾をブンブン振っている。


「・・・・・・召喚獣?」


「そうです。この子に乗って、ささっと王都まで行きましょう」


  私はシロの背中に乗り、ユナに手招きする。


「・・・・・・大丈夫?」


「2人くらい乗っても余裕です。ほら、早く」


  そう言って彼女を急かすと、不安そうな顔をしながらも、ユナは私の後ろに乗った。


「・・・・・・すごい、ふかふか」


「よし。じゃあ、出発しよう」


  シロは私たちを乗せ、王都に向かって軽快に駆けていく。後ろに見えていた馬車が、どんどん小さくなっていった。


「・・・・・・さっきの、私に気を遣って?」


  ふいに、後ろから声をかけられた。おそらく、即座にあの場を離れたことを言っているのだろう。


「ユナさんはシエラール出身だって言っていたから、軍の中に商会の関係者がいるかもしれないと思って。見つかったら、面倒なことになるでしょう」


「・・・・・・うん」


「それよりも、怖い思いをさせてごめんなさい。結果的に、ユナさんを囮にしてしまいました」


「・・・・・・さっきも言われたけど、でも、アリスのせいではない。私が油断していたのが悪いから」


「でも・・・・・・」


「・・・・・・それに、あの場で説明をする暇はなかったし、私たちがコソコソ話をしていたら、あいつは尻尾を出さなかったかも知れない。だから、アリスは全く悪くない」


  ユナは、私の腰にギュッと腕を回す。背中に当たる彼女の温度を感じ、少し緊張してしまう。


「・・・・・・むしろ、アリスがいなかったら、私は死んでいたかも知れない。だから、ありがとう」


「ユナさん・・・・・・」


「・・・・・・あと、私に敬語は不要。ユナと呼んで」


  ユナは、少し拗ねたような口調で言った。


「分かったよ、ユナ」


  回された腕に、少し力が入る。


  強すぎないように、でもしっかりと私を抱きしめようという感情が伝わってきて、思わず顔が熱くなる。


  寒い季節なのに、頬に当たる風が心地よい。


「これからもよろしく、アリス」


「こちらこそ、ユナ」


  こうして、私たちは友達になった。


  私たちを軽々と乗せて風を切るシロが、ワフッと一声、鳴いた。

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