ツイッタリア戦姫譚Ⅳ
4 凶弾の行方
先まで静寂に包まれていた城内が今は喧騒の中にあった。
金属鎧の音が忙しなく横切り、悲鳴と怒号が飛び交っているが、私が求める声は聞こえない。
「エルウィン!どこだ!?」
進路を塞ぐ者を突き飛ばしながら廊下を駆け、見通しのきく中庭に飛び出し、金髪の少年の姿を探す。
良い子にして待っていると言っていたが、生を拾う為には、時には悪く、狡くもあるべきだ。
人目に付く場所で大人しく待っていそうな予感がしたが、それは杞憂だった。
「姫様。賊がどのような目的で侵入したかは判然としませんが、そのようにエルウィン殿下の御名前を叫ばれては危険でございます」
呼ばれた声に振り返えると銀髪の老執事が私の背後で静かに控えていた。
故郷では一番の健脚を誇った私についてきながら、走った拍子に脱ぎ捨てたヒールを抱えながら息一つ切らしていないアーデルに呆れの視線を向けると、慇懃な礼が返ってきた。
「言葉足らず失礼致しました。エルウィン殿下を呼び捨てになさいますと、姫様の存在を知らぬ城の者には誤解を与えますし、賊には殿下に近しい者がここに居ることを公表しているようなものでございます。それに、その呼び掛けにエルウィン殿下が反応されては御二人とも危険に晒されてしまいますので」
アーデルの冷静な指摘と自分の迂闊さに私は赤面した。
賊が金目の物を目的に侵入したのであれば良いが、別の『もの』を目的としているならば、問題だ。
城に忍び込んでまで欲する人の命であれば、きっとエルウィンは上位に位置するだろう。
私が心配したのはエルウィンの安否であったし、その私が彼を危険に晒す行動をするのは本末転倒だ。
「指摘ごもっともです。すみません」
「御二人はツイッタリアにとって大事な御身でございますので、どうか御自愛くださいませ」
軽率な行動は控えろと言外に言っているのが一瞬の殺気を通して伝わった。そして、相槌をうった瞬間、自分の身体が独楽のように踊り、私が立っていた場所を風切り音が通り過ぎた。
私の手に添えられた老執事の手と、壁に突き立った弩の矢を見て、自分が助けられたことに気付く。
「出過ぎた真似、失礼致しました」
弩の返礼とばかりに城壁の上に投げ放たれたのは、私への気遣いとは対極的な殺意だった。
空を切る短剣の音に続いて、苦悶の声が城壁の上からこぼれ落ち、地面に届く。
短剣の餌食となり、芝生の上で無残な姿を晒す賊に私は息を飲む。
「アンナ姉様ー!」
私の名を呼ぶ声に中庭の向こう側をみると、こちらにエルウィンが駆け寄ってくるのが見えた。
「エルウィン!」
「お待ちくださいませ!」
思わず叫びながらアーデルの制止も聞かずに駆けだす。お互いの無事を知り、安堵できたのは視界の端で蠢く影を捉えるまでだった。
言切れたとばかり思っていた賊の銃口がエルウィンに向けられる。
『汝の幸せの在り処を探されよ』
凄烈な覚悟を見せながらも慈愛に満ちた女帝の声。
王族としての覚悟なんてない。姉弟の約束も児戯のようなものだった。だけど、幸せに感じた瞬間があった。
『どうか御自愛くださいませ』
殺気を放ちながらも気遣う老執事の不器用な言葉。
今まで自愛などという言葉とは無縁の生を送ってきた。ただ血潮が熱く沸き立つままに、魂に衝き動かされるままに駆け抜けてきた。
そして、その魂が今、自分に泣いて縋った少年を失ってはならないと告げ、駆けた勢いのまま両手を広げてエルウィンの前に飛び出す。
目の前に広がる閃光。腹部に感じる衝撃。そして、私の世界が暗くなる。