92 リーナの戦い
(この魔族、恐ろしく強い…)
今この場で戦えるのは、私とアルちゃんたちの4人です。そして、アルちゃんたちは姿を消しているのでこの利点をどうやって生かすかですね…
足運びなどを見ると、今の私では足元にも及ばないでしょう。恐らくお父様よりも強い…
何とかトーヤ様がきてくれるまで時間を稼がなくては…
「違うの!この娘は関係ないの!!この子には手を出さないで!!」
「…………」
話は無駄でしょう…こういうタイプの人間にも遭ったことがあります…余計なことはせず、ただ標的を殺すだけの、子供をしつけるために親が聞かせる『呪術人形』のような者です。
「来るにゃ!」
出し惜しみはしません。
「獣神憑き!」
「え?」
「…」
トレーター家の奥義を使い雷魔術を纏います。そして、閃光球を2つ相手に放ちます。以前は使えなかった魔術も、今は使えるようになりました。
「今の内に逃げます。捕まってください。」
「え?え?」
私は小声で話し、抱きかかえてその場を離れます。敵が閃光球を叩き落そうとしたようですが、触れた瞬間、激しい音と光が溢れました。
「!?」
トーヤ様によると、スタングレネードと言うらしく、まともに食らえば動きが止められるという非殺傷の武器があるようです。
そのイメージを掴むのが苦労しましたが、冬也様の訓練を受け、何とかモノに出来ました。…あの訓練はさすがに鬼のようでしたが、受けておいて良かったです。
私は稼いだ数秒を使い、大通りに出ようとしましたが、
「駄目!あいつは人がいてもお構いなしに襲って来る!!巻き込まれる人が多くなるわ。」
?!それでは大通りに向かえないですね。
「さっきの爆発もアイツの仕業よ!」
恐らく建物の上に展開している衛兵の目を釘付けにするのが目的でしょう…
「リーナ、今トーヤも大急ぎで向かっているようにゃ」
「事情を説明したらさっきの魔術で凡その場所が分かったから、そのままの方向に進めって言っていたにゃ」
「アイツはまだ動けてないみたいにゃ」
「え?何この声…」
子供が混乱しています。そのおかげで大人しく、好都合ですね。このまま距離を稼ぎます。
走り続けてしばらく経ち、スラム街と呼ばれる区域まで来ました。
「トーヤももう少しで着くにゃ」
イルちゃんがそう言います。今の内に出来るだけ情報を集めますか…
「あの魔族は何者なんですか?」
「……分からない。ただ…お父さんは殺し屋だって言ってた…それも…」
この世界には一般人でも知っているいくつかの裏組織があります。もっとも御伽噺と同じ扱いですが…その中でも魔族で構成される組織、墜落天、禍福、破毀という、遭遇すれば死ぬと言われている怖い者達と伝えられています。
「まさか…実在したのですか?」
「私が聞いたことによれば、とあるルールによって彼らに会い、彼らの条件を飲むことが出来れば雇うことが出来るって聞いた…」
どうやら普通にしていたら遭遇は出来ないようですね、ならば噂程度しか流れていないのも納得できますね。
「しかし、それが事実ならば何故この国に…」
「…この街の組織って知ってる?」
「詳しくは知りませんが、噂程度なら…」
意外と一般には知らされていない組織というモノは存在します。
「少し前にこの王都にあったアウゲイアースっていう組織が壊滅したの…それに関わっていたのが、魔族の殺し屋だって…」
魔族とは、神代の時代の住人達の血が濃い者達であるとトーヤ様に聞きました。数は多くはありませんが、その能力は人間をはるかに超越する者だと…
「私は…ひっ?!」
「っ」
前方から濃密な殺気が感じられ、思わず足を止めてしまいました。少し先の角から先ほどの魔族が現れます。
「…なかなか面白い芸だった。だが、我々に敵対した以上、消す。」
トーヤ様はまだ現れません…
「離れていてください。全力を出せません。」
「?!無理よ!!」
「逃がす気はなさそうです。こちらも全力で相手をしなければいけません。」
私は護身用に持っていた魔杖を取り出します。トーヤ様から譲り受けた武器で、魔力を込めることで殺傷力や長さなどを変えることが出来ます。
「行きます!」
私は閃光球を前方に一つ、後方に1つ放ちます。
さすがに空いても先ほどのことがあるので、叩き落さずに回避行動をとりました。
「無双猫生!!!」
「?!」
姿を消していたウルちゃんが、回避した先でケット神拳を繰り出します。
ケット神拳…ただのケットシーの遊びかと思っていましたが、実は相当な魔術を併用した体術であると、訓練中に思い知らされました。
ウルちゃんの得意技の効果は多角衝撃、様々な方向から魔力を用いた攻撃を繰り出し、相手を翻弄する技です。
敵は錐揉みしながら跳んでいきました。
「ケット神拳奥義!ケット猫爪にゃ!!」
アルちゃんの技は一点集中、地面にぶつかってはねた相手の真上から魔力で強化された突きを繰り出します。
「ぐぅっ」
サイドはねた相手に、
「奥義!ケット猫猫両斬にゃ!!」
イルちゃんは斬撃攻撃、その両腕から出た斬撃が、相手を切り刻みます。
最後に体勢を崩した相手に、雷の力で速度を出して、渾身の突きを打ちます。
「トレーター杖術・回突!」
トレーター家に伝わる戦場格闘術の一つ、今私に出せる渾身の一撃で相手を打ちます!
相手は吹き飛び、建物に相当な威力でぶつかります。
「舐めるな!」
相手が反撃をしてきます。あのコンボを喰らって即座に反撃なんて?!
私は小さな体を生かして地面にうつ伏せになります。そして、
「?!!」
私の背に隠していた二つ目の閃光球を発動させます。また不意打ちで喰らった相手は隙を見せました。
「今です!」
「「「にゃ!」」」
私達は、もう一度技を繰り出そうとして…
「見事な連携だ。」
ドッ
一瞬でした。技が当たると思った瞬間、魔族が攻撃を繰り出したようです。何をされたのか全く見えませんでしたが、凄まじい衝撃を受け、私は弾き飛ばされました。
「ああっ…」
一撃で相当なダメージを受け、体がまともに動きません。
「うぐっ…げほっ!」
蹲る私は、さらにわき腹を蹴られ、何度もはねながら地面に横たわります。
(アバラが…)
折れたようで息が上手く吸えません。血も吐き出してしまいました。
「「「やめるにゃ…」」」
「あぐっ…」
「ここまでしてやられるとは思わなかった。楽には殺さん…」
頭を掴みあげられ、宙に浮きます。そして、頬を何度も打たれ、投げ捨てられます。
「…っ…」
意識が朦朧としてきました…
「やめて!!」
そう言ってあの子がこちらに駆け寄りますが、
「きゃっ!」
魔族があの子を切りつけます。幸い命に別状は無いようですが、手をざっくりと切られたみたいです。
「待って居ろ、お前も直ぐに送ってやる。」
そう言って魔族は私に手を伸ばし、
(トーヤ様、ごめんなさい。どうやらここまでのようです。)
私は死を受け入れようとした時、
「触るな…」
「?!ぐぼっ」
魔族が思いっきり吹っ飛んでいきました…
そして、体が温かいもので包まれます。
「後は俺に任せて。」
「…はい…」
どうやら助かったようです。ふふっ、嬉しいですね。ピンチの時に救世主様が現れるなんて…女の子憧れのシチュエーションですもの…
安心したため、あとはトーヤ様にお任せして、私の意識は沈んでいきました。




