父と娘
俺は再び義父の入院する病院へ行った。
・・・他に行く場所がなかったからだ。
それと、義父に会って話したいことがあった。
俺が司博士らしいということ。
そして、俺が義母を死においやった張本人であるということ。
俺は義父に会ってそのことを話した。
義父は俺の話を聞いて
「そうか。そんな気はしていたんだ。」
と言った。
「知っていたんですか?」
「いや、やはりよく似ているからね。洋子が君に惚れた理由もそこにあると思うよ。」
「すると、お義父さんも洋子も俺が司博士に似ているとは思っていても、俺が司博士だとは思っていなかったということですよね?」
「勿論だよ、まさか司博士がこんな時代にいるとは思っていないからね」
「お義父さんはじゃがいもがたくさん入ったシチューは好きですか?」
「ジャガイモ?ああ、家内の手料理のシチューだね。あれは司博士が好きだったね。今の君は嫌いなのかい?」
「いえ、嫌いではないですが、好きというほどでも・・・・。」
「そうか、で、それが?」
「・・・本当に俺が司博士なのでしょうか?」
「会社の人にそういわれたんだろ?会社の女性が大人になった真由だったと言っていたじゃないか。」
「はい、そうなんですが、本当なのかと・・・。」
義父は俺の言いたいことが分かったのか、しばらく黙り込んだ。
「近藤さんが、俺の娘の真由であることもそうなんですが、なんとなく、未来の人間に振り回されているだけのような気がして・・・。」
俺が今一番悩んでいるのはそのことだった。
義父は俺に
「君の言いたいことはよく分かる。確かに彼らをすべて信じることはやめておいたほうがいい。しかし、君が司博士だということについては、私もそのとおりじゃないかと思う。」
そして、義父は俺に頭を下げた。
「頼む、未来を変えてくれ。家内がこの時代でも元気にいるような未来に変えてくれ」
「俺にはどうすればいいのか、そもそも転送機なんてすごいものを俺が開発できるはずがありません」
「そのことなんだが・・・。」
「はい?」
「司博士の父親に渡すことになっている装置は見たのかい?」
「いえ、見ていません」
「その装置が関係しているのじゃないかね」
「知っているんですか?」
「いや、全く分からん。しかし営業一筋の君が開発するには、どうしてもその装置が必要不可欠のはずだ」
「分かりました。一度会社で聞いて見ます」
「ああ、また顔を見せておくれ」
「はい、じゃあ今日はこれで・・・。」
「ああ、じゃあな」
俺は病院を出て、家に帰った。
いつもよりかなり早く帰ったため、妻はまだ買い物から帰ってきておらず、娘が宿題をしていた。
「ただいま」
「おかえりなさい。お父さん今日早いね」
「ああ、今日は早くお仕事が終わったからね」
「また前の会社見たいに辞めさせられたりしていない?」
「え?」
「お母さんが、今の会社に行くようになってすぐのときにそう言って心配していたよ」
「あはは、そうか、大丈夫だよ。一生懸命仕事しているから。早く宿題してしまいなさい」
「はーい」
娘は再び宿題に取り掛かった。
娘はまだ小学校4年生。
さすがに妻も未来の話はしていないようだ。
しかし、この子が近藤として会社にいることになるとは・・・。
謎が多すぎる。
分からないことばかりだ。
妻が帰ってきたら、このことを話してみよう。
何か知っていることがあるかもしれないし、ないのかも知れない。
しかし、シチューの話のような、きっかけになるものがあるかもしれない。
そう思っていると、妻が帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり」
「あら、どうしたの?今日は早いのね」
「うん、いろいろあってね」
「え?まさか・・・。」
「いや、辞めたりしていないよ。真由にも同じことを聞かれたよ。」
「やっぱり?(笑)」
・・・。
妻と娘はいつもこんなことを話しているのか・・・。
夜、娘が寝た後で、俺は妻に今日の出来事を話した。
さすがに妻も驚いていた。
「まさか真由が未来で生活しているなんて・・・・。」
「俺もそのことに驚いたよ。そして俺が司博士だということも」
「確かにあなたは博士に似ている。でも、本人だとは思えないのよね。」
「? どういうこと?」
「博士とあなたでは話す癖やしぐさが全然違うもの。いくらあの頃の博士が年をとっていたと言っても違いすぎる。」
「・・・じゃあ、会社の女性が真由だというのも違うかも知れないと?」
「そこまでは私にも分からない。でも、母さんを生き返らせることが未来の人たちに必要なのかしら?」
「どういうこと?」
「私の母を生き返らせても未来の世界には全く意味がないと思うの。なぜわざわざそんなことをする必要があるのかしら」
確かに妻の話はもっともだ。
未来の世界に妻の母親を死なせずにすませる必要は全くない。むしろそのことで未来が変わってしまう危険がある。
「わかった。会社の人には内緒で、俺なりに調べてみるよ。彼女が真由なのかも含めて・・・。」
そういっているうちに妻は眠ってしまった。
俺としては、妻の母も死なせずにすめばいいが、それ以上に妻を死なせたくないのだ。
一体俺は何をすればいいのだろう。
俺が今やりたいのは、妻がこの時代に来る際に電磁波を受けずに済ませること。
そうすれば、義母は死なずに済むし、義父も妻も元気でいられる。
そして、今の謎は会社、いや、未来人がなぜ俺の個人的な目的の為に動いているのかと、何故娘が未来にいるのか。
よく考えれば、近藤は確かに真由に似ている。
だから、俺も妻も親戚はいないので、彼女と娘が親戚同士ということはありえず、娘本人であることのほうが分かりやすい。
しかし、それと娘が未来にいることの理由は別である。
偶然似ているだけかもしれない。
今回は会社で直接聞くよりも、黙って様子を見ながら調べたほうが良いような気がした。
翌朝、俺は会社に行くと、早速島村に尋ねた。
「課長、昨夜いろいろと考えたのですが・・・。」
「どうしたんだね?」
「司博士の父親に渡すように言われていた装置を見せてもらえませんか」
「おお、そういえばまだ見せていなかったね。これだよ」
島村が俺に手渡したのは、直径5センチくらいの水晶だった。
「この水晶を転送機に取り付けると電磁波は発生しないらしい。」
「どこにですか?」
「それは私も分からない。でも、作る者にはそれだけで十分だと思うよ」
俺には全くわからない。
「あの・・・。俺にはどうしても俺が司博士だとは思えないんです。近藤さんが娘だというのもですが。」
「それは確かにそうだろう。私も聞いたときは驚いたよ。しかし、君は未来商事でたくさん信じられない思いを経験したとおもうよ。違うかい?」
「それはそのとおりです。ですが、このことは比べ物になりません」
「確かに、君自身に関係することだからね。気持ちは分かるよ」
「・・・・。」
「とにかく、この水晶は君が持っていなさい。かなり先の話だとは思うが、必ず必要になる。」
俺は水晶をスーツのポケットに入れた後、仕事を始めた。
この日は午前中に調達の仕事、午後からは未来のRPGのテストプレイだった。
近藤とは仕事以外の会話はしていない。
・・・娘だといわれると、余計に意識してしまって話せなかった。
近藤も俺に仕事以外のことは話さない、というよりもいつもと全く変わりがない様子だった。
仕事の後、俺は再び義父の所へ行った。
「これが、その水晶です」
俺は義父に島村から受け取った水晶を見せた。
義父はその水晶を見てから一言。
「これをつければ電磁波が出なくなるということか・・・。」
「多分、そういうことだと思います。」
「でも、博士の年齢を考えると、君があと20年は年をとらないと転送機は完成しないことになるね。」
「はい、そして、未来の世界に移動していないといけません。」
「そうだね。」
俺は義父に、以前教えてもらえなかったことを尋ねた。
「お義父さん、委員会のことについて、そろそろ教えてください」
「・・・・。」
義父は黙った。
「お願いです。どうしても分からないことが多すぎます」
「・・・。私が知っていることも、真実かどうかわからない。それでもいいかい?」
「はい、お願いします」
義父は真剣な眼差しで俺を見ながら話し始めた。
「委員会というのは・・・・。」
「『火星移住計画実行委員会』とうのが正式な名前だったとおもうが、われわれは省略して『委員会』と呼んでいた。私も一時委員会のメンバーだったこともある。」
義父の話をまとめると、
地球の環境悪化に伴い、火星に人類を移住させることを実行するために設立されたのが『委員会』であり、当初は火星までの輸送方法や、移住の順番を計画、実行、管理するための組織だった。
その後、火星に移住後の政府的な役割を『委員会』が引き続き行っている。
ということである。
「何故お義父さんは、火星に移住後のことも知っているのですか?」
「私がこの時代に来てからも、委員会の連中が何度も私のところへ来たからね。」
「なんのためにですか?」
「私にもう一度委員会に復帰して欲しいと言ってね」
義父は、委員会で植物の移住についての部門を統括する責任者であり、火星に移す植物の選別や、植え替えを担当していた。
火星に移住した直後、植物が不足、当然酸素も不足したので、その対策をとる必要があり、義父に委員会復帰の打診をしたということだった。
その後火星内部の氷に含まれる酸素を利用して、問題は解決されたらしい。
「ただ、このことは会社の人にも絶対に言ってはいけないよ。私と君との関係がばれるとまずい気がする」
「分かりました。話しません。」
その後、病院を出て家に帰った。
家に帰ったが、誰もいなかった。
いつもなら妻も娘も家にいるはずである。
あれ?何処行ったんだろ?
念のため妻の携帯電話に電話をしたが、妻は電話に出ない。
仕方なく、家で待つことにした。
家に帰って1時間ほどして、俺の携帯電話がなった。
発信元は会社からだった。
「はい、山本です」
「近藤君?島村だが」
声だけだが、島村の様子がおかしい。
家に妻と娘がいないことと何か関係があるような気がする。
「課長、どうしたんですか?」
「落ち着いて聞いてくれ、君の奥さんは今未来の火星の病院にいる」
「え?どういうことですか?」
「先ほど本社から連絡を受けたんだが、君の奥さんが倒れたらしい、それで近所にいる未来人が君の奥さんと娘さんを未来の火星にある病院へ連れてってくれたんだ」
「倒れた?未来の火星の病院?どういうことですか?」
「詳しい話は後だ。今すぐ会社の転送機で本社に来なさい。近藤君も待っている」
俺はまったくわけがわからない状態だったが、島村のいうとおり、未来商事の転送機から未来の火星にある本社へ移動した。
本社に着くと、近藤が暗い表情で立っていた。
俺が話しかけようとすると、近藤はすぐに病院へ向かうために、再び俺を転送機へと連れて行き、病院へと移動した。
病院へ移動するまでの数分間、近藤は思いつめた顔つきで、俺に何も話さなかった。
転送機のドアが開くと、そこは病院の待合室だった。
一番前の席で、真由が眠っていた。
「真由、真由」
声をかけながら真由を揺すっても、疲れているからか起きない。
「とにかく病室へ」
近藤が俺に始めて声をかけた。
そうだ、妻のことが気になる。
俺は近藤と一緒に病室へと向かった。
妻の病室は、義父の入院先の病室とほとんど同じ大きさの病室だった。
妻はベッドで眠っていた。
「お母さん、お父さんを連れてきました。」
近藤が妻にそう言って声をかけると、妻は目を開き、俺のほうを見た。
「洋子、一体どうしたんだ?」
洋子は力のない笑顔を俺にむけながら、「ごめんなさい」とだけ言った。
そして、
「今まで隠しててごめんなさい。私・・・・。」
「もうすぐ死ぬのよ」
・・・・・俺は待合室で寝ている真由の隣の席に座り、しばらく放心状態だった。
あの後妻から聞いたのは
妻は以前からこの未来の火星の病院に定期的に通い、病気の進行を食い止める治療を受け続けていたこと。
しかし、その治療も限界があり、その後は一気に進行してしまうこと。
そして、確実に死んでしまうこと。
だった。
近藤は真由と反対側の俺の隣の席に座っていた。
・・・洋子が死ぬ。
・・・・・もう、間に合わないのか。
今の俺にできることが何もないことが、俺は辛かった。
「聞いてください。」
突然近藤が俺に話しかけてきた。
話しかけてきたものの、視線は待合室の床を見つめたままだった。
「この後の話・・・です。」
近藤が娘の真由であるならば、彼女はこの場所にいるのは二度目である。
一度目は、今俺の左側で眠っている小学生の真由。
そして、二度目は俺の右側に座って俺に話しかけている近藤・・・で、ある。
「今夜、母は亡くなります。あなたは、今あなたの横で寝ている私を未来商事の本社に預け、そのままあなたの時代から30年後の未来に行き、そこで転送機の研究を開始します。
あなたが開発した転送機は不完全で、不安定でした。
しかし、あなたはついに未来で使われている転送機の原型を完成させました。そのとき、あなたの研究所に助手として働いていたのが、母の母だったのです。」
俺の時代から30年後、誰でもコンピューターや化学、語学の知識を簡単に、確実にマスターできる装置が開発され、その装置を使えばその時代での最高の知識を完璧に自分のものとできるようになっていた。
俺はそこで科学全般の知識を吸収し、司博士となって、転送機の開発に全力を注いだというのだ。
しかし、俺の開発した転送機は不完全であり、妻の母も、そして義父や妻自身も電磁波の影響を受け、命を落とすことになってしまう。
「課長があなたに渡した装置をあなたが開発する転送機に使ってください。そうすれば、未来を変えることができます。」
俺はズボンのポケットから、装置を取り出した。
この装置を俺の開発する転送機に取り付ければ、未来は変わるかもしれない。
しかし、それが俺の望む未来であるならば、それでもいい。
俺は真由をもう一人の真由である近藤に託し、30年後の未来へ向かうことにした。




