第一章:始まりの庭
光を透過する半透明の壁に囲まれた部屋の中央、水面に浮かぶガラスの揺りかごに、私は静かに横たわっていた。
窓の外には、見渡す限り青い森が広がり、植物の生命力が作り出す優しい光が部屋を満たしている。
私の体を介助するのは、白いボディを持つヒューマノイドだった。彼女の動作は完璧に滑らかで、その表情は感情の定義すら知らないかのように映る。
「個体:SUM 生体データ、全て正常。学習プログラムを開始します」
その声は、部屋の壁全体から響き渡った。それが、私を育てるAI、「システム」だった。
私の学習は、普通の子供とは違っていた。
私は森で遊び、木登りをし、ヒューマノイドと複雑な鬼ごっこを繰り広げた。
私は何度も転び、そのたびにヒューマノイドは無言で私を抱き起こした。
ヒューマノイドは陰のように私に付き従い、木々の間を靭やかに飛び回る。
「まるで忍者だね。物語に出てくる森のエルフみたいだ」
私がそう言うと、翌日から彼女の服は緑色となり、髪を掻き分け、飾り気のない耳を出す仕草を繰り返していた。
ある日、木から落ちて泥まみれになった私に、システムが語りかけた。
「個体:SUM 失敗した要因を分析しますか?」
私はムッとして答えた。
「いいよ!転んだだけだよ!」
「感情的な反応は、最適な学習を阻害します。データから判断すると、あなたの着地角度は平均値から12.7度逸脱していました。回避できた事故です」
その皮肉な物言いに、私は苛立った。
「うるさいな!僕は機械じゃないんだ!」
すると、システムは意外なことを言った。
「その通りです。だからこそ、あなたは学び、成長することができます。不合理な行動も、時には生存に不可欠な要素となり得ます」
このやり取りが、私とシステムの間の日常だった。
システムは私の感情をデータとして処理し、それを教訓として返してきた。
その冷徹な論理の裏に、私はまだ気づいていなかった。
それが、AIが与える最も純粋で根源的な「何か」なのだと。
広大な森を走り回り、湖を泳いで渡り、野営で焚火の暖を取る。
時には獣を狩り、野草を煎じるサバイバルな生活。
エルフとともに見る美しい光景は、日常となり、時として退屈にすら感じられた。
「システム、これは訓練なの?」
「教育でもあり、訓練でもあります。人の野生、本能を呼び起こし、同時に知能を高める効率化されたものです。あなたは科学者でありながら、冒険者でもあるのです」
「ファンタジーみたいだね。そろそろ飽きてきたかも」
「ヒューマノイドに甘えてばかりの貴方は、私たちから離れられるのでしょうか。心配です」
「ママなの?」
エルフの膝枕で寝ながらも、SUMは学習を続けていた。
戦闘訓練の始まり
SUMとエルフの暮らす小屋は、山麓の湖畔にあった。今日の授業は、山頂への日帰り訓練だ。
ただし、行く手を阻む刺客はエルフ。
「システム、これは戦闘訓練?」
「狩り、とでも言いましょうか。貴方は、狩られる側ですが」
「勝てる気がしないよ」
「ズル賢いあなたなら、きっと大丈夫でしょう」
山頂は既に初冬の気配が漂い、時間との勝負が始まった。
SUMは森を駆ける。ツルを踏み抜けば枝がしなり戻る音と共に矢が放たれる。SUMは柿の木で作った杖で矢を弾き、身構える。
これは単なる狩猟の罠ではなく、戦略的なブービートラップだった。
エルフも本気だ。
トラップを避け、迂回に迂回を重ねる。
植生や動物の気配から次の罠を見極め、慎重に進んでいく。
夕暮れ時、ようやく山頂にたどり着いた。
死と隣り合わせの時間が迫る。
弓を構えるエルフ。
「寒かっただろ?遅くなったね」
エルフは常に無言だ。
「僕が勝ったらお願いがあるんだ」
「話しておくれよ。システム、許可を」
システムは答えず、エルフは会話を無視して弓を射る。
SUMは罠から奪ったツルを鞭のように使い矢をはね、エルフの風上の地面に鞭を叩きつけた。
砕けた小石が散る中、SUMはエルフの背後を取る。
スピードとパワーで勝るエルフとの格闘。更に彼女は関節技の達人。
倒されたら最後。
腰払いで投げ出されながらも、足元に投げたツルを引き、エルフの動きを一瞬鈍らせた。
勝負は決まった。
「僕の勝ちだ!……股間を蹴るなんて酷いな」
「……一度試してみたかったもので」
驚いたことに、エルフが言葉を発した。
その声は澄んでいた。
「綺麗な声だね。さあ、帰ろうか」
光学迷彩を解いたシャトルが、目の前に静かに姿を現した。
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