王都の夏、イリュージョン祭②
「まあ、これはこれでいいと思うよー。わたしたちが勝手に、かつての味を求めてるだけであって。このあたりのひとにとっては、これが慣れ親しんだ味なんだし」
「たしかに。変えるよりは、新しく別の料理として作るべきだな」
もうひとつ、ぱくりと頬張ってくー子が呟いた。
「この生地だと、チーズとか入れたら美味しそうだよねえ。たこじゃなくて、ウインナーとか角切りベーコンを入れるの」
「やめろよ、喰いたくなるだろうが」
「チーズが溶けて外側にはみ出してね、カリカリになるの。絶対美味しいよねえ」
「だからやめろってば」
「たこ焼きの鉄板、どこかに売ってるよね。今度作ってみようか」
「久美子さん、神」
そんなことを話していると、聞きつけたらしいミレイユがくちを挟んできた。
「なにそれ、お兄ちゃんばっかりずるーい、あたしも食べたいー」
「そうだね。今度はたこ焼きパーティーしようか」
「わーい、タコパタコパ! セラちゃんもジェツくんもおいでよね」
「たこぱ?」
「たこ焼きパーティーだよ」
当然のようにそう答えたミレイユに、セラ嬢が怪訝な顔をする。
「だから、どうしてたこ焼きがパーティーになるのよ」
「ひたすら焼いて、その場で食べるの。楽しいじゃん。闇たこ焼きとして、具を内緒にするのもいいよね。何が出るかわからないロシアンルーレット形式」
「ろしあん? 誰よそれ。あなたって本当、いつもよくわからないことばかり言うわよね」
「ひとの名前じゃないんだって。ロシアンルーレットっていうのはね、えーっと、あれ? ねえ、お兄ちゃん。なんでロシアなの?」
「知らねえよ」
回転式の銃に弾をひとつだけ装填。シリンダーをまわして、いつ弾が発射されるか分からない状態にして、順番に撃っていくんだっけ? 洋画でよく見るやつ。
この世界もおそらく銃社会ではないので、説明してもピンとこない気がするな。
そして妹よ。セラ嬢が求めているのは、ロシアンルーレットという名称そのものについてではなく、それがどういった行動なのか、中身のことだと思うぞ。
「パッセラさん。ミユさんが言っているのはね、例えば箱を五つ用意して、そのひとつにだけプレゼントを入れる。箱の場所を入れ替えて、元あった位置がわからない状態にしてから、順番に箱を開けていく。誰がプレゼント入りの箱を当てるかしら? って、そういったようなことなのよ」
「そう、それー!」
「理解したわ。なにが起こるかわからないことを楽しもうってことね」
「うん。サプライズだよ。あ、でも、食べられないものを入れるのはナシで! だって自分が当たるかもしれないもん。だから、そういう意地悪はしちゃ駄目なんだよ」
ミレイユはしっかり釘を刺すように、セラ嬢へ説明している。
ふと前世のことを思いだした。
あれはたしか美由が幼稚園のころだ。
わんぱくな幼女だった妹は、セミの抜け殻をコレクションしており、それをあろうことか友達の誕生日プレゼントにすると宣言したのだ。
全力で止めた。
なにが問題なのかまったくわからないといった顔をする妹に、俺は「おまえの友達は、セミの抜け殻が好きなのか? もっと他に好きなものないのか?」と問いただし、そして諭したのだ。
「自分の好きなものを相手にあげて、一緒に嬉しくなりたい気持ちは大事なんだけど、それは好意の押しつけだから。それに、好きなものはひとによって違うから、相手の好きなものを選ぶんだよ。セラちゃん、なにが好き?」
「また漠然としたことを訊くわね」
「あ、たこ焼きに入れる具で答えてね」
「それ、かなり限定されない?」
「セラちゃん、紅茶好きだよね。あ、たこ焼きじゃなくて、ベビーカステラ紅茶味とかどうかな。ねえ、くーお姉ちゃん、たこ焼き器で、ベビーカステラも作ろうよ」
「あら、それはいいわねえ、おやつにもなるし。メインはたこ焼きとしたら、なにか汁物を用意しましょうか」
「明石焼きとか食べたい。お出汁につけて食べるやつ」
「パッセラさん。東方国の食材、またお店に覗きに行かせてくださいね」
女子がキャッキャウフフと騒いでいる。
貴族令嬢に囲まれて楚々とした態度を崩さないクリスティーヌ・ラザフォードが、気の抜けた顔と声で、のんびりと話している様子は微笑ましい。
俺としてはああいうほうが好ましいのだ。
侯爵令嬢としては、周囲の目を気にして、きちんとした態度を取っていないと、社交界で良からぬ噂を立てられるんだろうけどさ。
意外なものを見たような顔をしているパジェットに、俺は軽く詫びを入れる。貴族令嬢に対する夢や憧れを壊して申し訳ない。
「驚かせて悪い。貴族令嬢なんて言っても、ひとによってそれぞれだよ。うちは俺も含めて父親からしてあんなかんじだし、そんな父と付き合いのあるラザフォード侯爵も、わりと庶民的な感覚を持った方でさ。だからその娘も、一般的な侯爵令嬢よりは飾らない性格だと思う」
「はあ、そうですか」
「納得いってないかんじだけど」
「あ、すみません! ユージーンさまの言葉を信用していないわけではないのです。ただ、昔から商会に出入りする貴族の関係者は、使用人であっても横柄な態度を取る方が多くて。学院へ入学したあとも、俺が平民だってわかると、途端に態度が悪くなるっていうか」
「それはまた、一番胸糞悪いタイプにばっかり当たっちまったんだな、運が悪いというかなんというか」
アルケット商会は、我がローズメア王国でも五指に入るほどの大きな商会だ。平民とはいえ裕福だろうし、なんだったら下位貴族よりも金回りはいいかもしれない。そういったことを僻む奴は割といるのだ。うちが成り上がり貴族ってのを知って、侮ってくるやつがいるのと同じようなもので。
「相手に流されず、自身は一貫した態度を取っておけばいいよ。ひとによって態度を変える奴は信用されないからな」
「わかります。それは両親にも言われて育ちましたから」
「そうか。さすが大商会の経営層はしっかりしている」
「ありがとうございます。あの、ですから、お二方の言動を見て、どうこうというわけではないんです。セラから話は聞いていましたし」
しっかり者のパッセラ嬢は、ふわふわしたお嬢さまたちとは裏腹に、幼いころから金勘定のしっかりした女の子で。それゆえに、小賢しいだの、女のくせにだの、悪意ある視線を向けられることが多かった。
おかげで、すっかり斜に構えたような性格になってしまったが、学院に入学してからは楽しそうなのだという。
「同室になったミユという子が、貴族令嬢のくせに妙に庶民的で、明るくておしゃべりで、ひとに好かれるタイプで、私とは正反対の女の子だって。くちでは文句言ってましたけどね、すげー楽しそうだったんですよ。あれ、絶対嬉しかったんだと思います」
「あー、あれは家でもあんなかんじだし、もっと小さいころからああいう奴だったな。めげないし、へこたれない。おとなしい子を相手にしてもあの調子でガン攻めするもんだから相手が委縮するんだけど、いつのまにか仲良くなってる。すごい才能だと思うよ」
「はい。明るくて、一緒にいると元気をもらえる子だと思います。次男坊の俺でも、アルケットの名前に釣られて声をかけてくる女子とかいたんですけど、そういうの苦手で。でも、なんでだろうな。あの子は違うんですよね。嫌みがないっていうか」
「よくいえば素直、悪くいえば単純」
俺がそう評すると、パジェットくんは、ついうっかりといったかんじで噴き出して笑った。
そのすぐあとで「すみませんっ!」と青い顔をしていたけれど、俺はすこしも怒っていない。うん、いい奴じゃないか。
「仲良くしてやってくれると嬉しい。妹をよろしく頼む」
「こちらこそ。うちの妹をよろしくお願いいたします」
俺の言った『よろしく』と、彼の言う『よろしく』は、ちょっとばかし意味が違うような気もするんだが、ひょっとしてパジェットは恋愛無自覚タイプのキャラクターなのだろうか。あとでミユに確認しておこう。




