16 王都の夏、イリュージョン祭①
本日はイリュージョンの日だ。
これは王都の商業組合が独自で開催している祭りである。
もともとは建国祭で光の幻影を夜空に放ってお祝いする行事だった。
しかしそれらは貴族のみが近くで見られるもので、一般の民は王宮の周辺で光っているのを遠くから眺めるだけ。
そこで王宮の外にいる民間魔術師たちが一念発起。「宮廷魔術師に負けてられっかよ、けっ」ということで、こっちはこっちで派手にやったろうじゃねえかとがんばった結果、こうなった。いまとなっては、貴族はもとより王族も観覧する、ローズメア王国きっての夏祭りである。
昼間は昼間で興行なんかもやっているし、屋台も並ぶ。
光を使った演出をする都合上、やはりメインは日没後。この日ばかりは小さな子どもであっても、保護者同伴で夜の街を楽しむことができる。
ひとの数が増えるため、やはり軽犯罪の発生も起きやすいが、騎士隊による見回りも強化されているので、大きな事件に発展することはないようだ。ありがたいかぎりである。
今年の俺はくー子とミレイユ、そしてアルケット兄妹での参加。ミカエロは侯爵夫妻と一緒だ。
先日の食事会で交流したせいか、ミカエロはパジェットに親しみを持ったらしく、一緒に行けないことを残念がっていた。
そのことをくー子から聞かされたパジェットは、どことなく嬉しそうな顔つきだった。
彼自身は弟の立場なので、ちょっと嬉しかったんじゃないのかなと思っている。セラ嬢は妹とはいえ双子の片割れで、ちょっと感覚が違うだろうし。
さて、そのパジェット・アルケットくん。ミレイユの男友達ということで、兄としてはいささか複雑な心境だ。
いや、好青年であろうことはわかる。
食事会で話したかぎり真面目そうだし、ミカエロがなついたぐらいだ。悪い男ではなかろう。
アルケット商会自体、悪い噂を聞かない優良店。くー子がよく利用している御用達のお店だし、地方にも支店を展開しているぐらいの大手。身元のはっきりした青年であることは間違いない。
ミレイユ自身も『ジェツくん』と親しげに名を呼んでいるし、目くじら立てる要素はどこにもないっちゃーないんだけど、なんだろうなこの微妙な感覚は。
「ゆーちゃん、心配しすぎだよう。そりゃあたしかに、ミユちゃんに彼氏ができたかも? ってなったら、わたしだって気になるけど」
「やっぱりあれは彼氏なのか」
「んー、まだそんな関係にまではなってないとは思うよ? だって、お名前を聞くようになったの、つい最近じゃない。それまではさ、えっと、その、ほら――」
乙女ゲームの攻略対象のひとり、だっけ?
声をひそめ、小声で言う。
そうなんだよなあ。奴は、ミユが言うところの『攻略対象』だったはずなんだよ。彼の恋愛対象となるのは、本来リリカ嬢のはずだろう。
恋愛シミュレーションゲームにおいて、ルートから外れた攻略対象が、別の異性と恋愛関係に発展するのかどうかなんて知らんけど、片想い引きずって永遠にヒロインに殉ずる必要はないよな。不毛だし。
ということはつまり、リリカ嬢が別の誰かに狙いを定め、パジェットルートではないことが確定したということなのか。そういうことであれば、まあ、いい――のか?
そこまで考えて、俺はなにを懸念しているのかがわかった気がした。
もしもミユがパジェットくんと彼氏彼女になったとして。そのときになって、リリカ嬢がパジェットに言い寄ってきたとして、正ヒロインの介入によりミレイユが失恋する流れになってしまわないか。
三角関係に発展したり、万が一にもミレイユが『平民であるリリカとパジェットのカップルに横やりを入れた貴族令嬢』なんて立場になったりはしないのか。
窮地に立たされ、妹が傷つき、泣くような展開になったりしたらどうしようか、と。
俺の心配はきっとそこなのだ。もしもそんなことになったりしたら、遠慮なく周囲を叩き潰すぞ。
そう考えると、たしかに俺は『バッドエンドだと国を滅ぼすマッドサイエンティスト』なのだろう。はからずも自覚してしまったな。
◇
今年もイリュージョン祭は大賑わい。初参加となるミレイユは目を輝かせて、あちこち見まわしては興奮し、セラ嬢に窘められている。
おのぼりさん丸出しの態度だが、名物である祭りに参加する観光客はめずらしくもないようで、ミレイユだけが騒いでいるというわけじゃない。楽しそうでなによりだ。
俺は学院に入学する前から、父親にくっついて王都へ出てきていたし、侯爵令嬢であるくー子も同様。そこそこ慣れた祭りだとは思っているが、行動範囲は広くない。
いちおう貴族なもんだから、祭りの中心になる区画以外には行ったことないんだよな。
だもんで、今年の案内役を買ってでてくれたアルケット兄妹には、地元民ならではの楽しみ方というのを伝授してもらうことにした。
祭りの醍醐味といえば屋台飯。
いつもは貴族向けに整えられた、ちょっとだけ小綺麗なものを購入していたけれど、今年は庶民飯。
「あの、本当に大丈夫ですか? 侯爵家のお嬢さまに召し上がっていただくようなものではないと思うんですが」
「お気遣いいただき、ありがとう。でも平気よ」
パジェットが恐縮しながら案内してくれたのは、たこ焼き屋である。付近には焼きそば、イカ焼きと並んでおり、ソースの匂いが香ばしい。
まずは腹ごしらえ。甘味は後回しだ。
ガテン系のお兄さんと親しげに会話をしたパジェットは、四人分の飯を購入。
代金は俺が払った。年下に奢られるつもりはないし。
パジェットに礼を言われつつその場を離れ、次は飲み物。
果汁を炭酸水で割ったジュースをこれまた人数分。
それぞれが飲み物を手にしたあと、食べる場所を求めて向かったのは、屋台を少し離れたところにある倉庫だった。
セラ嬢が鍵を開ける。
中に入ると、自動的に明るくなった。センサーライトでも付いているらしい。
壁際には広めのテーブルと椅子が数脚あり、パジェットはそこへ買ってきたものを置いた。
「ここは?」
「アルケット商会の倉庫です。祭りの会場は人が多いですし、その辺に座って食べるというのもどうかと思って。親に言って、使わせてもらうことにしました」
「普段どおりでよかったんだが」
「いえ、セラならともかく、さすがに貴族のお嬢さまを道端の石に座らせるのは、ちょっと……」
俺の言葉に、パジェットは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
セラならともかく、という弁から察するに、平民はその辺に座りこんだりしているのだろう。もしくは立ち食い。
「気を遣わせたな。ありがとう」
「いえ、こちらこそ、奢っていただいて」
「軍資金をしっかり貰ってきたから気にすんな。ミカエロになにか土産を買って帰ってやろうと思うから、一緒に選んでもらえると助かるよ」
「わかりました」
女性陣はといえば、どこからか持ってきた布を濡らして、机を拭いている。
袋から買ったものを取り出して並べていき、食卓を作り上げた。よし、食べるか。
買ってきたばかりのそれらは、まだ十分に熱を保っている。木製のピックが刺さった、球状のたこ焼きっぽいものをまず食べてみた。
出汁の違いなのか、生地部分は和洋入り混じったような風味。
それでも外側は油でカラっと、中はふわとろに仕上がっており、なかなか美味しかった。
「すごいねえ。ちゃんと、たこ焼きしてる」
「だな。おまえなら、これをどうアレンジする?」
「うーん、そうだなあ。やっぱり生地には魚介出汁を使いたいよねえ。たぶんこれって肉だと思うから」
「ソースも微妙に違うよな」
見た目はすべて、お祭りならではのラインナップ。
だけど味が微妙にずれている。
いや、まずくはない。
ジャンクフードってかんじで、さすがに高位貴族さまの味覚に合致するかどうかはともかく、オルファン子爵家的には「あり」なのだ。
だが、見た目がそれなぶん、前世におけるそれらとの差異で、違和感が生じてしまう。
これはこういう味だっていう記憶があるだけに、「なんか違う」って気になってしまうのが残念であった。




