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コールドノヴァ~void〜  作者: 鯖虎
序章 新たなる世界
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第三十四話 円卓の騎士


丑三つ時。


夜は最も深く。

月明かりさえ雲に隠れ、

世界は静かな闇に包まれていた。



その頃――

異国の地、倭ノ国中部地方。

第二地区・新都市グラビティア。


他地区とは一線を画す巨大都市。

西洋建築と和の城郭が違和感なく溶け合い、

文明と伝統が共存する異質な街並み。


その中心にそびえるのは――


”天月城”


幾重にも張り巡らされた警備網。

城壁を巡る騎士達。


夜であるにも関わらず、

城内には決して途切れることのない

緊張感が漂っていた。


その最奥。

限られた者しか立ち入ることを許されない。


――新月の間。


長く伸びた黒檀の円卓。

その周囲には九つの席が設けられている。


今、その半数以上が埋まっていた。


水色の短髪を揺らす、小柄な少女。


蒼白い軍服を隙なく着こなした女性。


顔の半分を黒布で覆い、感情を一切見せぬ人物。


無精髭を生やしたの壮年の男性。


そして、銀髪を揺らし静かに目を閉じる女性

――ニコレット。


誰一人として無駄口を叩かない。

重苦しい沈黙だけが部屋を支配していた。


その静寂を破るように。


――ギィ……


重厚な扉が開く。

そこへ姿を現したのは、

鮮やかな橙色の髪を揺らす

第七地区騎士団長ニルヴァートキールだった。


片手をひらひらと振りながら、

悪びれた様子もなく部屋へ入ってくる。


「いやぁ、遅くなって悪いね」


軽い口調。

まるで友人宅へ遊びに来たような気楽さだった。


「やっぱり蒼冥総長は口を割らなかったよ」


肩を竦める。


「あと帰り道で色々あってさ」


涼しげな笑み。

その笑顔だけを見るなら、

とても血を浴びて帰ってきた男には見えない。


その姿を見た瞬間。

一人の女性が深く溜め息を吐いた。


蒼白の軍服を纏う女。

氷のような瞳。


鋭い眼差しをキールへ向ける。


「……キール」


低い声だった。


「いい加減、その遅刻癖を直せ」


室内の空気が僅かに冷える。


「時間通り来ることも出来んのか」


呆れ。


そして怒り。


その両方を含んだ声音だった。


第一地区騎士団長。


氷火の戦女。

マグ・ギムレット。


氷解星――適合者。


液体窒素。

液体メタン。


摂氏マイナス二百三十五度。

極寒の氷火山が噴き上がる死の星。


その力を宿した女だった。


だが。

当の本人は鼻で笑うだけだった。


キールは椅子へ腰掛けながら肩を回す。


「いやぁ、ギムレットさん」


「帰りに第六地区を通ったらさ」


苦笑する。


「ちょっとヤバい奴と交戦しちゃってさ」


自分の白いコートを見る。


袖は焼け。

裾は裂け。

血と煤で黒く汚れていた。


「せっかくのお気に入りだったのに」


ため息を吐く。


「まぁ」


口角が上がる。


「あっちも無傷って訳じゃないだろうけどね」


クスクスと笑う。

その笑顔に悪意はない。


だからこそ不気味だった。

さらに続ける。


「そうそう」


思い出したように指を鳴らす。


「第四地区の諜報部隊も何人か見つけたよ」


「捕まえようとしたけど」


苦笑。


「逃げられちゃった」


「いやぁ、速かったなぁ」


誰一人笑わない。

キールだけが楽しそうだった。


そして部屋を見回す。


「あれ?」


ある一席が視線に入る。


「そういや」


「サラザイカの奴が来てねぇな」


腕を組む。

「確か第四地区に行ったはずだよな?」


沈黙。

誰も答えない。


その空気を面白がるようにキールは笑う。


「まさか」


「捕縛失敗したの?」


「……なんてね」


その時だった。

円卓の奥。

無精髭を生やした男が静かに口を開く。


「キール」


掠れた声。

疲労を滲ませた低い声だった。


「サラザイカは」


一拍。


「紅ノ王とその側近と交戦」


「その後」


「安須森将軍直属の精鋭部隊が介入した」


部屋の空気が僅かに変わる。


「……結果」


「サラザイカは降伏した」


キールの笑みが止まる。


「第四地区へ潜入させていた私兵から」


「先ほど報告が入った」


さらに続ける。


「今回我々が招集された理由も」


「恐らくこの件だろう」


険しい顔つきの壮年男性。


第六地区騎士団長。


哀愁の歴戦士。

マナ・ウォッカ。


金星――適合者。


濃硫酸の雨。


灼熱。


猛毒の二酸化炭素。


生命を拒絶する灼熱惑星。


その星を宿す男だった。

キールはしばらく黙っていた。


そして。

ゆっくり笑う。


「へぇ……」


その笑みは先程までとは違う。


興味。


歓喜。


そして狂気。


全てが混じった笑みだった。


「あのサラザイカが」


「負けを認めたんだ」


静かに笑う。


「ウォッカさん」


目が細くなる。


「これは」


一拍。


「面白くなってきましたね」


誰も返事をしない。


だが。

その言葉に反応した者が一人だけいた。


銀髪の女性。

ニコレットだった。


閉じていた瞳を静かに開く。

その碧眼には僅かな揺らぎが宿っていた。


――安須森将軍直属。

――第四地区。

――喜一。


報告には名は無かった。


それでも。

胸騒ぎがした。

あまりにも嫌な予感だった。


ニコレットは静かに指を組み直す。

表情は変わらない。


だが。

誰にも気付かれぬほど僅かに。

拳だけが固く握られていた。


新月の間には再び静寂が訪れる。

誰もが同じことを考えていた。

第四地区で何が起きたのか。

安須森将軍が動いた理由。


その不穏な事実だけは、

この場にいる全員が感じ取っていた。

その時だった。


 ――パリッ。


 乾いた音が、新月の間に響く。

 誰も動いていない。


 それなのに、空間そのものへ

一本の稲妻が横一文字に走った。


 白銀の閃光。

 一瞬だけ部屋が昼間のように照らされる。


 次の瞬間。

 そこには、一人の老爺が立っていた。


ディナー スピリタス。


グラビティアの王にして

重界騎士団総督。


 古びた杖を静かに床へ突き、深く刻まれた皺の奥から六人を見渡している。


 だが、その場に立つだけで空気が変わった。


 呼吸すら乱せない。

 騎士長達は反射的に立ち上がっていた。


 キールも。


 ギムレットも。


 ウォッカも。


 ニコレットも。


 誰一人として例外なく頭を垂れる。


「まだ全員集まっておらぬようじゃが……」


 スピリタスはゆっくりと席へ向かう。


「始めるとしよう」


 その一言で、全員が再び腰を下ろした。


 新月の間を静寂が支配する。

 スピリタスは杖へ両手を添え、静かに口を開いた。


「さて」


「今回集まってもらった件なのじゃが」


 一拍。


「とある人物についての説明」


「そして、その人物への今後の対応」


 さらに視線を巡らせる。


「加えて、第四地区騎士団長、サラザイカ・クーラーに関する議題じゃ」


 誰も口を挟まない。

 その重々しい空気を破ったのは、

一人の少女だった。


「スピリタスおじいちゃん!」


 水色の髪がぴょこんと揺れる。


 小柄な少女が勢いよく手を挙げた。


「その人って日陰喜一のことだよね?」


 無邪気な笑顔。


「総騎士団長のミルスさんが捕縛しろって、

みんなに通達してたよ!」


 第八地区騎士団長。


 変幻自在の妖精。


 シリー・アル・テンプル。


 土星適合者。


 水素とヘリウムに包まれた巨大惑星――土星の力を宿す少女だった。


 その明るい声とは対照的に。


 他の騎士団長達は黙ったまま俯いている。

 スピリタスはゆっくりと頷いた。


「そうじゃったか」


 穏やかな笑みを浮かべる。


「テンプルよ」


「報告、感謝する」


「えへへ……」


 褒められたテンプルは頬を赤らめ、照れ臭そうに笑った。


 その姿に張り詰めた空気が僅かに和らぐ。


 しかし、それも束の間だった。

 スピリタスは再び真剣な眼差しになる。


「皆よ」


 低い声が部屋へ響く。


「日陰喜一の捕縛命令は、この場をもって取り消す」


 全員の表情が変わった。


「総騎士団長へ伝達せよ」


「全部隊へ通達じゃ」


 新月の間に静かなざわめきが走る。

 誰も異議は唱えない。


 だが。

 それぞれ違う感情が浮かんでいた。


 驚愕。


 困惑。


 納得。


 疑念。


 そして。

 ニルヴァート・キールだけは違った。


 僅かに目を伏せる。

 その口元には笑みが浮かんでいる。


 だが、その奥には隠しきれない悔しさが滲んでいた。

 ようやく興味深い獲物を見つけたというのに。


 自ら手を出すことは許されなくなった。

 その事実が面白くなかった。


 スピリタスは全員を見渡す。


「ある程度知っておる者もおるじゃろうが」


「サラザイカについてじゃ」


 一拍。


「現在、第四地区にて療養中じゃ」


「紅ノ王らとの戦闘で深手を負った」


「回復すれば、再び任へ戻ってもらう」


 静かに語られるその報告に、誰も異論を挟まない。

 テンプルだけは安心したように胸を撫で下ろしていた。


「よかったぁ……」


 ぽつりと漏らした声は誰にも咎められなかった。


 スピリタスは頷く。


「さて」


「本題じゃ」


 部屋の空気が再び張り詰める。


「日陰喜一について」


 六人の視線が一斉にスピリタスへ集まる。


 誰も瞬きをしない。

 スピリタスは静かに目を閉じた。


 まるで遠い過去を思い出すように。

 ゆっくりと息を吐く。


「あの者は――」


 一瞬だけ言葉を止める。


「…………になり得る人物じゃ」


 その続きを語ることはなかった。

 だが、その一言だけで十分だった。


 新月の間を緊張が駆け抜ける。


 キールの笑みが消える。

 ギムレットの眉が僅かに動く。

 ニコレットの指先が静かに強く握られた。

 ウォッカは深く息を吐く。


 誰も言葉を発しない。

 スピリタスだけが続けた。


「わしは一度だけ、あの者と会っておる」


「恐らく……」


 一拍。


「わしの見立ては間違っておらん」


 静寂。


 誰一人として、その意味を尋ねようとはしなかった。


 尋ねれば。


 世界の均衡そのものへ触れてしまう。


 そんな予感があった。

 スピリタスは杖を握り直す。


「故に」


「皆には命じる」


「いや」


 静かに首を横へ振る。


「願いたい」


 その言葉に全員が顔を上げた。


「これより先」


「日陰喜一を敵としてではなく、一人の人間として見守り、必要であれば手を貸してやってほしい」


 その声には命令ではない。

 老いた一人の男の願いが込められていた。


「最初で最後になるやもしれん」


「わしからの頼みじゃ」


 頷く者。

 黙したまま前を見据える者。


 反応は様々だった。

 だが、誰一人拒絶はしなかった。


 スピリタスは満足そうに目を細める。


「では」


「これにて集会を終いとしよう」


振り向き様に顔半分を黒布で覆っている人物に

笑顔で見るスピリタス。


その意を汲み取ったのか小さく頷く黒布の人物。


 そして。


 ――パリッ。


 再び稲妻が走る。


 白い閃光が部屋を包む。

 誰も目を閉じられない。


 光が消えた時。

 そこにスピリタスの姿は無かった。


 残されたのは。

 誰一人言葉を発することのできない、新月の間だけだった。


 そしてその夜。

 誰もが同じ一人の名を胸に刻みながら、それぞれの思惑を抱えて静かに席を立っていく。


 ――日陰喜一。


 その名が、やがて世界そのものを揺るがすことになるとは。


 この時、まだ誰も知る由はなかった。




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