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コールドノヴァ~void〜  作者: 鯖虎
序章 新たなる世界
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第十六話 旅立ち



第四地区 商業都市


嗚上城


開業都市


幸風


夜明け前の空は、 まだ群青色を残していた。

冥合城外郭では、 既に出立の準備が進められている。


武士たちが荷を運び、 見張り台では夜番の交代が行われていた。

遠くでは鍛冶場の火が揺れている。

鉄を打つ音が、 冷え切った朝の空気へ静かに響いていた。


乾いた金属音。

それはまるで、 この世界が未だ“戦”の中にあることを告げる鐘のようだった。


俺は城門前に立ちながら、 白く染まる息をゆっくり吐き出す。


これから、 王都へ向かう。

第零地区。

不知火王都。

倭ノ王が待つ場所。


だが、 そこへ辿り着くまでに、 どれほどの危険が待っているのか想像すらつかなかった。


「坊主」


低い声が響く。

振り返る。

蒼冥だった。

白煙を吐きながら、 ゆっくりこちらへ歩いてくる。


その隣には宗次郎。

さらに後方には、 鳴海と峰光の姿もあった。


蒼冥は何も言わず、 一本の刀を差し出した。

黒塗りの鞘。

深い紅色の下緒。

鞘全体へ刻まれた、 無数の桜紋。


ただの刀じゃない。

近づいただけで分かる。

妙な圧があった。

まるで、 長い年月を生きてきた“意思”みたいなものが、 その刀から滲み出ている。


「……これ」


蒼冥が短く言う。


「持ってけ」


恐る恐る受け取る。

ずしりとした重量。

だが、 不思議と手に馴染んだ。

冷たいはずの柄が、 妙にしっくりくる。


「名刀――荒桜」


宗次郎が静かに口を開く。


「昔、第七地区で使われていた古刀だ」


その瞬間。


――ドクン。


胸の奥の“星”が脈打った。

同時に、 淡い赤い粒子が刀身へ吸い寄せられていく。

鳴海が目を細める。


「……やっぱ反応するか」


峰光が続ける。


「元々、適合者向けに打たれた刀だと伝わっています」


静かな声。


「普通の人間では、扱いきれません」


蒼冥が煙草を咥え直す。


「丸腰よりマシだろ」


短い言葉だった。

だが、 そこには不器用な気遣いが滲んでいた。


俺はゆっくり頷く。

刀なんて、 触ったこともない。

人を斬る覚悟なんて、 当然ない。


けれど。

この世界で生きるなら、 戦うしかない。

その現実だけは、 嫌でも理解していた。


蒼冥は城壁の向こうへ視線を向ける。


「王都までは、ひたすら北だ」


朝焼け前の空。

黒い山脈が、 遥か彼方まで連なっている。


「あの山々を越えた先に、第零地区――不知火王都がある」


「……遠いんですか」


鳴海が鼻を鳴らした。


「歩きなら数週間だな」


思わず言葉を失う。

長い。

想像以上だった。


峰光が静かに地図を広げる。

古びた和紙。

そこには、 倭ノ国各地の城塞都市が記されていた。


「ですが、真正面から王都へ向かうのは危険です」


細い指が、 地図中央をなぞる。


「この先にある元第六地区――夜座城周辺は、既に陥落しています」


そこには、 黒い墨で大きな印が刻まれていた。


「陥落……」


宗次郎が低く呟く。


「今は怪物の巣だ」


空気が重く沈む。

峰光は続けた。


「夜座城には現在、“我夢裟羅”――麻生勝新がいると言われています」


「……誰ですか」


その瞬間。

鳴海の表情が僅かに険しくなった。


「盲の剣客だ」


低い声。


「元々は第六地区最強と謳われた武士だった」


蒼冥が煙を吐く。

紫煙が冷たい空気へ溶けていく。


「だが、アルハルド鉱石に呑まれた」


胸の奥がざわつく。


「今じゃ、 怪物に成り果てた」


その言葉だけで、 嫌な寒気が背中を走った。

峰光が地図へ目を落とす。


「目は見えません。ですが、空気の僅かな振動すら察知すると言われています」


宗次郎が腕を組む。


「類を見ない剣速。 異常な怪力。さらに、相手の動作を先読みする」


鳴海が低く笑った。


「近づいた奴ァ、大体死体になって転がってる」


笑えない冗談だった。

峰光が静かに続ける。


「ですので、まずは第四地区へ向かうべきでしょう」


指が別の場所を示す。

第四地区。

商業都市。

嗚上城。


そして――

開業都市、幸風。


「幸風……」


峰光が頷く。


「異国の地最大の産業都市です。流通、武具、食料、人材。あらゆる物資が集まる場所でした」


“でした”。

その過去形が、 妙に胸へ引っ掛かる。


蒼冥が静かに言う。


「今も完全には死んじゃいねぇ。まだ人は残ってる」


鳴海が肩を鳴らした。


「仕切ってんのは、紅ノ王――菱本朱音」


その名が出た瞬間、 周囲の武士たちが僅かにざわつく。


「槍使いだ」


宗次郎が静かに続ける。


「怪物共を殺し過ぎて、返り血で真っ赤に染まった姿から、紅ノ王と呼ばれるようになった」


「……物騒だな」


思わず漏れる。

鳴海が笑った。


「この国じゃ褒め言葉だ」


峰光が続ける。


「第四地区には、茜薙武士団もいます」


「茜薙……?」


「指揮官は杉田冬馬」


宗次郎が珍しく呆れた顔をした。


「女癖は最悪だが、剣の腕は本物だ」


鳴海が鼻で笑う。


「一対多数に関しちゃ、倭ノ国でも上位だな」


峰光は再び地図へ目を落とした。


「ただし、第四地区へ行くには少し迂回します」


指が地図の西側をなぞる。


「六業の滝を通過するルートです」


「六業の滝……?」


宗次郎が静かに口を開く。


「巨大渓谷地帯だ。昔は修験者の聖地だったらしい」


峰光が続ける。


「現在は比較的怪物の数も少なく、夜座城方面を避けるには最善の道です」


鳴海が低く笑った。


「まあ、安全って訳じゃねぇがな」


蒼冥が俺を見る。

鋭い眼。

試すような視線。


「坊主」


低い声が響く。


「王都へ行くってことは、もう後戻り出来ねぇってことだ」


朝の風が吹き抜ける。

腰の荒桜が、 カタリと小さく鳴った。


「この先は、怪物だけじゃねぇ。人間も地獄だ」


蒼冥は煙を吐く。

白煙が、 薄明の空へ溶けていく。


「それでも行くか」


俺は荒桜を握る。

胸の奥の鼓動が、 静かに熱を帯びていた。


「……行きます」


迷いは、 もう無かった。


その瞬間。

東の空から、 朝日がゆっくり昇り始める。

薄暗かった世界へ、 淡い光が差し込んだ。


それはまるで。

終わった世界の中で、 新たな旅路だけが静かに始まっていくようだった。



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