第十一話 星喰人
星喰人
別名 星負い
通称
アルドイーター
アルハルド鉱石の適合に失敗した
人間の成れの果て。
手当たり次第、人間や動物を襲い
自我を失いながらも
血肉を貪り食い、鉱石を取り込む姿から
喰人とも呼ばれている
人間では考えられないほどの怪力や
稀にではあるが能力を使える個体がいるとの報告を受けている。
鉱石が身体を纏い
鉄を凌ぐほどの強度を誇る外殻を持つ。
――ゴォォォォォン……。
夜の城下へ、 重く鈍い鐘の音が響き渡る。
その音を聞いた瞬間だった。
空気が変わった。
さっきまで静かだった街が、 一瞬で張り詰める。
外から怒号が飛び交った。
「西外壁に侵入!!」 「武士団を呼べ!!」 「火器班、急げッ!!」
慌ただしい足音。
鎧の擦れる音。
屋敷の外を、 兵たちが駆け抜けていく。
俺は反射的に立ち上がった。
「な、何が――」
宗次郎は無言で刀を掴む。
その眼が変わっていた。
さっきまでの静かな雰囲気は消え、 研ぎ澄まされた刃みたいな殺気が宿っている。
「……下がっていろ」
低い声だった。
その瞬間。
――ドゴォォンッ!!
凄まじい衝撃。
屋敷全体が揺れた。
天井から埃が落ちる。
囲炉裏の火が大きく揺らめいた。
「ッ!?」
再び轟音。
今度は近い。
外から悲鳴が聞こえる。
嫌な汗が背中を流れた。
そして。
聞こえた。
――ギィィィィィ……
耳障りな音。
獣とも違う。
人間の声でもない。
鉄を無理やり引き裂くような、 不快な鳴き声。
宗次郎が小さく舌打ちした。
「……入り込んだか」
次の瞬間。
――バキィィィンッ!!
屋敷の壁が吹き飛んだ。
木片が宙を舞う。
暴風。
土煙。
視界が白く染まる。
そして。
“それ”はいた。
「……ッ……」
息が止まる。
黒い。
全身を、 黒ずんだ外殻みたいな皮膚で覆われている。
人型に近い。
だが、 決定的に違う。
腕が長すぎる。
指先が異様に鋭い。
痩せ細った身体。
なのに、 そこから滲み出る圧迫感が異常だった。
そして。
赤黒い目。
濁った光を宿したそれが、 ゆっくりこちらを向く。
視線が合った瞬間。
本能が理解した。
――人間じゃない。
理屈じゃない。
もっと根源的な恐怖。
生物として、 “格”が違う。
怪物は、 ゆっくり口を開いた。
裂けるように広がる口腔。
鋭い牙。
粘ついた息。
「――ッ!!」
身体が動かなかった。
恐怖で。
足が地面に縫い付けられたみたいに。
その瞬間。
怪物が消えた。
「ッ!?」
速い。
違う。
見えなかった。
その一瞬で、 目の前まで迫っていた。
振り上げられた腕。
鋭い爪が、 俺の顔面を裂こうと迫る。
――キィィィン!!
甲高い金属音。
火花が散る。
宗次郎の刀が、 怪物の爪を受け止めていた。
凄まじい衝撃。
床板が砕ける。
宗次郎の足元が沈む。
「ぐっ……!」
重い。
刀越しでも分かる。
あんな細い身体なのに、 信じられない力だった。
怪物が低く唸る。
赤い目が、 至近距離で宗次郎を睨んでいた。
そして。
――笑った。
裂けた口が、 ゆっくり歪む。
背筋が凍る。
次の瞬間。
怪物の腕が消えた。
いや。
速すぎて見えない。
――ギィン!! ギィィン!!
斬撃。
連撃。
凄まじい速度で爪が振るわれる。
宗次郎が刀で受け流す。
火花。
衝撃。
屋敷の柱が切断される。
畳が裂け飛ぶ。
人間同士の戦いじゃない。
怪物が壁を蹴る。
天井へ跳ぶ。
次の瞬間、 上から宗次郎へ襲いかかった。
「チッ――!」
宗次郎が後方へ飛ぶ。
同時に。
刀身が赤く輝いた。
「――星纏」
低い呟き。
空気が震える。
赤い粒子が刀へ収束する。
次の瞬間。
――ザンッ!!
一閃。
赤い斬光が、 屋敷ごと空間を裂いた。
怪物が吹き飛ぶ。
壁を突き破り、 外の石畳へ叩きつけられた。
轟音。
土煙。
「……すげぇ……」
思わず漏れる。
だが。
宗次郎の顔は険しいままだった。
「……終わってない」
「え……?」
その瞬間。
瓦礫が動いた。
怪物が、 ゆっくり立ち上がる。
胸元が深く裂けている。
なのに。
肉が蠢いていた。
黒い筋肉が絡み合い、 傷を塞いでいく。
「なっ……」
ありえない。
怪物は首を鳴らしながら、 再びこちらを見る。
赤い目。
その視線が、 真っ直ぐ俺へ向いた。
宗次郎じゃない。
俺を見てる。
獲物を見る目だった。
「――キイチ!!」
宗次郎の叫び。
怪物が地面を蹴る。
爆発みたいな踏み込み。
速い。
今度こそ避けられない。
死ぬ。
そう思った瞬間。
――ドクン。
胸の奥で、 “何か”が脈打った。
視界が赤く染まる。
世界が遅くなる。
怪物の動きが、 急に見えた。
「……え……?」
違う。
俺の感覚が加速している。
身体が勝手に動く。
気づけば、 怪物の爪を紙一重で避けていた。
石畳を滑る。
宗次郎が目を見開く。
「……何だ、その力……」
怪物が吠える。
再び飛びかかってくる。
怖い。
全身が震える。
なのに。
胸の奥だけが、 異様に熱かった。
鼓動が強くなる。
――ドクン。
右手に、 赤い光が集まる。
「ッ!?」
次の瞬間。
暴発した。
――ドォォォォン!!
赤い閃光が炸裂する。
轟音。
衝撃波。
怪物が吹き飛んだ。
石壁を砕きながら、 遠くまで弾き飛ばされる。
静寂。
煙。
俺は自分の右手を見る。
赤い粒子が、 指先から零れていた。
「……なんだよ……これ……」
呼吸が震える。
宗次郎も、 驚愕した顔で俺を見ていた。
だが。
その瞬間。
宗次郎の顔色が変わる。
「……ッ」
「え……?」
遠く。
城壁の外。
闇の向こうから。
――グォォォォォ……
咆哮。
一つじゃない。
二つ。
三つ。
さらに。
森全体が、 ざわめき始める。
宗次郎が刀を握り直す。
その眼に、 今までにない緊張が走っていた。
「……最悪だ」
低く呟く。
「群れが来る」
額から流れた汗がゆっくりと地面に落ちる。




