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ひとひらの花弁  作者: 櫻葉月咲
2. 八坂麗の懺悔と仁愛
9/25

8枚目 新しい日々へ

和則のターンPart2


三途の川を渡って、黄泉の国に行くまでと転生後の話


葵と出会うまであと……

 次に目を開けたときには、視界いっぱいにぼんやりともやがかかっていた。

 和則から分かるか分からないかの狭間はざまで、遠くに一筋の光が煌々《こうこう》と輝いている。

 少しでも身動ぎをすると、周囲に一層白い靄が立ち込める。まるで行く手をはばむかのように。

 ここはどこだろう。

 自分はどうしてしまったのだろう。

 何故この場に立っているのだろう。

 自問自答していてもらちが明かない。一度深呼吸をし、全身を見回す。

 身にまとう衣服は白い着物、白い帯。所謂いわゆる死装束というやつだろうか。

 数瞬の間をおいて察する。

 いや、自分は死んでしまったのだととっくに理解していた。信じたくなかっただけで。


 「……美和」

 ──こんな俺のために泣いてくれるなんて。


 最期に伝えたいことは伝えられた。あの時、和則の頬を一筋の涙が伝ったことを、霞んでいく意識の中ぼんやりと憶えている。


 ──もう泣かせたりなんてしない。


 もう悲しい思いはさせない。愛しい人にはずっと笑っていてほしいから。

 花がほころぶようなあの笑顔がまだ見られるなら、どんなことでもしようと思う。

 来世でも一緒になれるのなら、和則の前では心から笑っていてほしいと思う。

 そう強く決意し、そろりと不安定な白い大地を踏み締める。

 きっと、あの光の先には桃源郷が広がっているのだろう。生から解き放たれた死者が飲めや歌えやの宴をする、そんな世界が。

 

 和則が歩く度、靄は先程よりも強く濃くなっていく。けれど新しい日々を歩むことができるのなら、何も怖くなかった。

 段々と確実に、光が近づく。まばゆい光へもう少しで辿り着ける──そう思ったときには、和則の意識はそこで途切れていた。



 ◆◆◆



 どれほど気を失っていたのだろう。

 次に目を開けたときには、視界いっぱいに誰かの顔で埋め尽くされていた。


 ──誰だ。


 顎まで切り揃えられた、烏の濡れ羽色のように黒い髪。

 黒目がちな瞳に、目元に黒子ほくろがあるのが印象的な女性だった。


 「あ、起きた! おはよう、麗。んー? どうしたの? お腹空いた?」


 ぱぁっと笑みを浮かべたその人は、あろうことが自身を『麗』と呼んだ。

 と、突然身体が浮いた。それは、ゆらゆらと規則正しく動いている。

 少しして、自分は抱き上げられているのだと気が付いた。


 ──美和ではない誰かが……いや、俺には和則という名前があったはずだ。


 言葉を発そうとするも、はくはくと息を吸うだけで声にならない。


 「ふふ、ご機嫌ねぇ」


 そう言って、何故だか一層笑みを深くされた。

 わからない、そう思った。

 何故自分は見知らぬ人の腕に抱かれている。

 何故自分は言葉を発せない。


 ──この女は誰だ。


 考えを巡らせるも、おかしなことに頭が働かない。

 自分を見つめる慈愛に満ちたその顔を、ぼんやりと眺めているうちに、段々と瞼が重くなっていく。

 まだ目を覚ましたばかりで眠くないのに、不思議と意識が睡魔に襲われていく。

 自身を包み込む腕は、まるで雲の上にいるかのように優しく温かい。

 さながら揺り籠に揺られているように。


 ──俺は、眠るわけに、は……。


 襲ってくる睡魔にあらがおうとするも、それも虚しくから回る。

 やがて、すぅすぅと寝息が漏れる。


 「あら、寝ちゃった? ……もう少しお休み、麗」


 意識が睡魔に捕らわれるそばで、そっと頬に柔らかい何かが触れた。

 それは数秒にも満たなかったが、何故か懐かしいほど安心できた。

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