金儲け
「外傷は見当たりませんな。ぶつけてからしばらく経っても問題がないということですから、内出血の心配もないでしょう」
白い服に身を包んだ医者がジルヴィアの頭を診察してそういった。隣にはニコラスがいる。
二人は町の医者に掛かりにやってきていた。金の工面で時間がかかり、一週間ほど空いてしまったが、ジルヴィアに大きな変化はない。
「さて記憶喪失のほうですが、これは待つほかないというのが正直なところです。聞いたことがあるかもしれませんが、記憶喪失とは思い出せなくなっているだけであり、記憶そのものが消えてしまったわけではありません。何かのきっかけで思い出すかもしれませんし、ずっとそのままということもあり得ます」
医者はそう言って書類に何かを書き始める。
「一番いいのは今まで道理の生活をすること。同じ生活を繰り返すことで、思い出せなくなっている記憶を思い出しやすくなります」
「じゃあ主人であるニコラスさんと一緒に生活するのが一番記憶が戻る可能性があるということですね」
ジルヴィアは納得した風に頷きながら医者の話を聞いていた。
対してニコラスも医者の話に頷きながらも、反応はジルヴィアよりは少なかった。想像していた通りの返答だったからだ。
正直言って、医者に見せたからすぐに記憶が戻るとは、最初から思っていなかった。医者に見せたのは言い訳をするためでもある。
自分はできる限りのことはしましたよ。それでも記憶が戻らなかったんだから仕方ありませんよね? と。
記憶喪失の話はいくつか聞いたことがある。そのどれもが結局待つほかなかったという話ばかりだ。薬などないし、衝撃を与えるために頭を殴るわけにもいかない。だから待つしかない。初めからわかっていたことだ。
「申し訳ありませんニコラスさん。もうしばらく迷惑をかけることになりそうです」
ジルヴィアは申し訳なさそうに頭を下げた。ニコラスはその頭を撫でる。
「仕方ないさ。こればかりは薬があるわけでもない。記憶がなくてもジルヴィアはよくやってくれている。俺は感謝しているよ」
「は、はい!」
ジルヴィアは嬉しそうに微笑んだ。ニコラスもそれに微笑み返していった。
「さあ今日も仕事をしに行こうか。この時間からだから、三往復くらいしかできないだろうけどな」
「わかりました」
二人はそう言って医者を後にして森の中を目指す。二人はあることをして金を稼いでいたのだ。
それは水の販売。街は綺麗な水に飢えていた。だからニコラスは、ジルヴィアの力で川の水を浄化して、町で売る商売を始めたのだ。
これが非常によく売れた。そしてとても儲かった。何しろ川の水はタダなのだ。だからいくら安く売ったとしても利益率がとても高い。
大量に運ぶために荷車と容器を買ったが、大した金額ではなかったし、すぐにそれの分は稼ぐことができた。
疑問の声は出た。どうやってこんなに綺麗な水を手に入れることができるのかと。
ニコラスは答えた。自分だけが綺麗な湧水が出る場所を知っている。その場所は教えないし、無理に聞き出そうとしたり、後をつけるようなことがあれば、この町では商売をしないと。
横暴ともとれる発言だが、町の人間は水が欲しかった。ニコラスに機嫌を害して売ってくれなくなったらそちらのほうが困る。だから町の人間はニコラスを必要以上に追及はしなかった。
「医者に連れてくるのが遅れてごめんなジルヴィア」
「いえ、ニコラスさんにご迷惑をかけているのは私ですから」
無垢な笑顔を返してくるジルヴィア。ニコラスはにやりと笑いながらそれに返事をする。
「いや、ジルヴィアは本当に役に立ってくれているよ……。ふふ」