第三章/少女
〜少女〜
強い、少女。
嵩太はお調子者だ。
保志は強くそう思った。
保志が嵩太に千佳子のアドレスを渡すと、彼は思ったとおりの反応をした。
一瞬こわばった顔をして、それからゆるんだ表情になり、やがてニカっと笑った。
「ありがとう!おまえは一生おれさまの親友さ!」
そう言った嵩太の瞳には、かすかに涙さえ浮かんでいた。
それからというもの、嵩太はいつも以上に部活に燃え、見るからに上機嫌になった。
ほっとしたような、やれやれといったような感じで、保志は坊主頭を見送った。
どうやら、今日も遅くまで野球に明け暮れるらしい。
いつもいつも、甲子園、甲子園と騒いでいた。
小学生のような彼に、いつのまにか世話を焼いてしまう。
おせっかいかもな、なんて思ってはみたものの、なかなか開放されることもない。
(心配なんだ・・・・・・保護者以上に)
そんな自分をばかばかしくも、愛しくも思ってしまう。
だれかのためになにかをやる自分――それはそれで悪くないように思われた。
保志は、大きく息を吸い込み、夕日のなかに駆けだした。
しばらく歩いていると、ケータイが唸った。
めんどくさそうにポケットから取り出し、見てみる。
メールが届いていた。
嵩太からだ。
『おまえ!あの人の名前、教えてくれてねえぞ!』
もちろん、あの人とは『片倉千佳子』のことであることは一目瞭然だ。
(あ、そっか。教えてなかったんだ)
ひとり苦笑しながら、保志は返信した。
『片倉千佳子。』
それだけを送った。
これだけで、嵩太は大満足だろうから。
あの坊主頭の表情など、容易に想像できた。
顔がゆるみっぱなしであろう。
そんな嵩太を思い浮かべ、再度苦笑し、保志はまた歩きだす。
ふと、コンビニが目に止まった。
なんとなく、足を運んでみた。
「いらっしゃいませー」
茶色い髪の男性が規則的に言う。
昨日とはちがう定員である。
保志はなにも考えなしに来たので、すこし気まずさを覚えたが、飲み物を買うことに決めた。
ペットボトルの棚に足を向ける。
「あ」
そこで、目が合った。
目を精一杯大きく開き、口を開け、まさに『驚いた』という顔をした少女と。
少し小柄で、髪は無造作にとかしたような、悪くいえばボサボサだった。
ただ、その見開かれた眼が、ただの『目』というだけでは物足りないように思われた。
それではあまりに不似合いなのだ。
(キラキラしている・・・・・・)
自分でも驚くほど目が離せなかった。
強い眼だった。
というよりは、もしかすれば保志自身にはない、なにか強い念だったのかもしれない。
「あ、えぇ・・・・・・と。この間はすいませんでした」
少女は唐突に視線をはずし、ぺこりと頭を下げた。
そこでやっと、保志は彼女に見覚えがあることに気がついた。
コンビニでぶつかった少女だった。
「いえ、おれのほうこそ、突っ立ってたから」
あはは、と笑い、少女は顔を上げた。
「雨の日なのに傘忘れて、かなり走ってましたから、わたし。前とか見えませんでしたよ」
そう言いながら、長く伸びた前髪を横にやり、笑窪をつくった。
(嵩太みたいだ)
保志は少女の笑窪を見てそう思い、ひとり苦笑した。
「よくコンビニ来るのですか?」
少女は楽しそうに聞いてくるので、保志も答える。
無邪気さが心地よかった。
「うーん。普段はここにはあんまり来ないな。今日はなんとなく、かな」
「わたしもですよ。今日は千佳子いないから、別に来る用事なんてなかったのに」
「千佳子って、ここで働いている千佳子さん?」
そうだよ、と彼女は言って、ふふっと笑った。
「メアド聞いてましたよね。わたし、あの場にいましたよ――あぁ、もちろん、あなたは友達のために聞いたんでしょ?」
「まあ、はい」
(見られてたのか・・・・・・)
急に顔が熱くなった。
あの場をだれかに見られ、聞かれていたなんて、考えただけで恥ずかしかった。
「あ、わたしそろそろ行きますね」
「あ、はい」
ボサボサの髪をゆらし、少女は歩きだす。
ドアに手をかけたところで、彼女は振り向いた。
「わたし、築屋藍です」
チクヤ――アイ・・・・・・。
「おれ、久坂保志!」
はっとして、急いで保志は名乗った。
藍はにこっと笑顔で、大きく手をふった。
「またね、ホシ!」
彼女の姿が、雨上がりの太陽の光のなかに消えていった。
それがとても印象的で。
強く、深く、保志の目に焼きついた。
もう、離れなかった。




