No4 霊体鬼の群れから
今回、翡翠の少女は出てきません。
冒険者目線が中心です。
(最後の一文がおかしかったため、改稿しました。それ以外は変わっていません)
メリル工場第34階層、B34研究工場
「うあああああああああ!」
霊体鬼の凶爪から逃れようと、メリルの研究者たちは大型機器を避けながら逃げる。
施設の中にも『セキュラー』を始めとした警備システムが作動するが、霊体鬼に物理攻撃など通じない。それどころか、大型機器はもちろん、壁や地面、天井などをすり抜け、研究者たちを襲う。
「ハア、ハア、ハア」
乱れた呼吸で必死に霊体鬼から逃げようするが、足がもつれ転んでしまう。
「っくあっ!」
その無様さを笑うように霊体鬼はゆっくりと凶爪が伸びた腕をゆっくり天に伸ばす。
今も、若い研究者であろう一人が霊体鬼の凶爪の餌食になろうとしていた。
「っっあああああ!」
弾丸を想像させるような速さで、黒髪の少年のナイフが霊体鬼の凶爪を弾く。
「ずぅらあああああ!」
そして、霊体鬼の中心点に一突きした。
霊体鬼は「おおおんん」と、名残惜しそうに、ミカゲイシを置いて消えていった。
「大丈夫ですか?」
赤いバンダナを右腕に巻いた黒髪の少年、ツバトは研究者を起き上がらせながら安否を確認する。
「…………(こくり」
女性の研究者は立ち上がらない。いや、恐怖で足が震え立ち上がれないのだろう。むしろ魔物に襲われて、恐怖するなというのが無理な話だ。
「おおい、ツバトそっちは大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、こっちも一体片づけたところだ。他の階層にも冒険者が向かっている。なんとかなりそうだ」
武将髭を生やし顔に傷が入った男、ウーネルが口にする。
「どうして、なんとかなるの?」
女性の研究者が疑問をあげる。女性の目には、今も霊体鬼に追われている同僚たちがいたからだ。今にも殺されようとする仲間を助けようと奮起するのだが、体が心に付いて行かない。
「あの霊体鬼は霊体類のなかでも最もスタンダードな魔物だ。ギルドでも霊体類と戦えるよう訓練するために、実践練習としてよく使われる。普通は特定の魔窟や迷宮にしか生息しないんだがな」
見ろ、とウーネルは先ほどツバトが屠った霊体鬼が消えた後に残ったミカゲイシを指さす。
「霊体類は共通して何かを触媒ししなければ、生きられない。その触媒の代表的なものが、特殊な地層によって魔力が宿った石、ミカゲイシだ。霊体には物理攻撃は効かないが、本体である触媒に攻撃を与えることは別だ。一発で仕留められる。
だが、霊体鬼は、臆病者で自分より弱いやつしか狙わない。自分より強いやつとは戦わず逃げてしまう癖がある」
「つまり、私達は囮ってわけね」
ご名答、とウーネルは笑う。
何の躊躇もなく囮と言われた女性は嘆息する。ふと黒髪の少年の方を見れば、どこか申し訳なさそうな顔をしている。
そして、
「すいません!」
「…………どうして、謝るの?」
女性は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐに微笑みながら尋ねた。
「いえ、あの、その」
「私を囮に使ったことでしょう? 気にしないわ。誰かが囮にならないといけないことだったし」
「…………はい」
「あなたも冒険者なんでしょう? そんなこと一々気にしていたら心が壊れるわよ」
「でもっ!」
「でも、じゃないでしょう。私は研究者で冒険者じゃないけど、あなたより年上なんだから素直に聞き入れなさい」
「…………分かりました」
「よろしい」
うんうん、と女性は満足げに微笑みながら、立ち上がる。
立ち上がる。
たちあが、
「ツバト、そいつおぶってけ」
今まで沈黙を徹していたウーネルは呆れたように命令する。
「えっ! でも」
「えっ! でも、もないだろ。年下に気丈に振る舞いたい嬢ちゃんのプライドは分かるが、自分で立ち上がれないんだったら誰かおぶってもらうしかないだろ」
「ちょっと! 私おぶってもらうつもりはないわよ!」
女性は怒鳴りながら抗議するが、
「じゃあ、どうすんだよ。ここに置いて行かれたら、いつ出てくるかもわからない霊体鬼にやられるぜ」
本当はもう霊体鬼はこの階層にいないだろうとウーネルは考えているが、女性の安全のため、少々大げさに言う。
その効果か、女性の顔は恐怖に歪んでいた。
「じゃあ、ツバト、そいつを外まで送っていけ。52階層の524会議室に外の安全地帯に続く転送魔方陣があっただろう。あそこがいい」
「ウーネルさんは?」
「俺は本丸を潰す」
首をひねりながら、ウーネルは答える。
「おそらくあの翡翠の嬢ちゃんは囮だ。派手なパフォーマンスで冒険者を引き付け、後ろからグサリ、だろうな」
「侵入者はあの子だけじゃないんですか⁉」
「お前も子供だろ。まあ、俺はそう予想している。現に霊体鬼も工場に侵入している。こいつらに紛れて何人か侵入していないってほうがおかしいぜ」
だから、とウーネルは続ける。
「お前はそこの嬢ちゃんを連れて外まで行ってこい」
「大丈夫ですか?」
「ああぁ! 当然だろ! お前先輩なめんなよ!」
ゴツンッ、とウーネルはツバトの頭に拳骨を入れる。
「いいからさっさと嬢ちゃん連れていけ。お前みたいな半人前はみんなそうしてる。自分の仕事を忘れるんじゃねえぞ! ガキ!」
「わ、分かりました!」
ウーネルの剣幕に怯え、ツバトはせっせと女性をおぶろうとする。「ちょっ!」と女性が抵抗しようとするものの、「すいません!」と謝って無やりおぶる。
「ウーネルさん、先に安全地帯でみんなと待っています!」
「おう! 行ってこい!」
ウーネルはツバトと女性二人がこちらに来たときに使った転送魔方陣に向かって「あんた覚えときなさいよ」「勘弁してください」と言いながら走っていく。
彼らがウーネルから見えなくなるところまで走っていったとき、カツンカツンと靴音を鳴らしながら一人の男が歩いてきた。
◇ ◇ ◇ ◇
メリル第26階層、研究者私室層
各研究者の私室に通じる通路や螺旋階段に黒煙が地を這うように立っていた。多くの冒険者は黒煙に飲まれているかのように浸っている。その有りようはまさに沼であった。
「クズにふさわしい魔法を使う。実に醜いな」
「燻ってんなあ」
燕之涙A級冒険者、ウルティオレ・バレキが火傷の跡を負った黒髪の男にレイピアを抜く。
男の憎悪が形を模したような、その黒煙を払うために。
◇ ◇ ◇ ◇
メリル第41階層、C41大部屋研究室
天井には大穴が空いていた。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは‼‼‼」
大穴を開けた張本人である、鉄仮面を付けた大男は狂ったように笑っていた。
「猛獣は檻の中で叫んでほしいと思わないかい、Sレート『雄たけびのグドラス』」
「はははははははははっは‼‼‼ BMの優男、デミグランか。B級では準備運動にもならんなあああああああ‼‼‼」
◇ ◇ ◇ ◇
再び、メリル工場第34階層、B34研究工場
「半人前と研究者を見逃してくれるなんて、優しいもんじゃねえか」
「予期せぬ事態を避けただけだ。安心しろ、一人一人確実に殺る」
山羊のような角を生やした男がウーネルに向かって手を上向きで向けた。
次の瞬間、ウーネルは引き寄せられ、腹に掌底を当てられた。
「明々にな」
掌底を当てられたウーネルは、その勢いで回転しながら大型機器にぶつかる。大型機器はウーネルを巻き込みながら轟音を響かせ、崩れていく。
メリル工場侵入者、現在確認数、4名。
次回は通常より、早く投稿する予定です。
あまり期待せずお待ちください。