No3 翡翠と冒険者
改稿しましたが、内容自体は変わっていないので、安心してください。
冒険者テオッセは困惑していた。
転送魔方陣で一気に第七階層に向かった先にいたのは化け物だった。
約30人いる冒険者が次々と倒されていく。
侵入者ただ一人、それも15歳ぐらいの少女に。
海軍の軍服を黒に染またような服を着た少女が踊るように舞い、それに合わせるかのように冒険者の血飛沫が飛ぶ。どこか清純に感じていた胸の赤いリボンが、今は冒険者たちの血で染まったように見えてしまう。
あれは魔法なのか? それにしたって詠唱一つ聞こえない。
テオッセは目の前に死が迫るのを感じる。走馬灯だろうか、彼は老いた研究者の言葉を思い出す。
『なぜ、警備が必要かって?
確かに、ここの警備システムは固く、そこらの侵入者は一捻りでしょう。
そこらの、チキンサイズに限りだけど。やっぱり獣だから、それ以上のサイズは捕食できないんだよね。
僕たちメリルは今、大変偉大な研究をしており、最終段階まで入っている。これが成功すれば人類は躍進するだろう。
しかし、これに快く思わない者もいる。あわよくば、その研究データを盗もうとするものさえ、現れる。
そのような蛮人どもの相手を君たちにしてもらいたい。
先ほども言ったが、そこらの侵入者なら警備システムで事足りる。
問題は、メリルと同じように蛮人も冒険者を雇っていた場合だ。
それも飛び切り、メガサイズのね』
「待ってくれ!」
テオッセの叫びの言葉に翡翠の少女は手を振るのを止めた。
「俺はここに警備で雇われた冒険者だ! 金欲しさに依頼を受けただけで、この研究所がどうなろうがかまわねえ。
あんたの欲しい情報を言う代わり、俺を見逃してくれ!」
テオッセの命乞いに、まだ生存している冒険者が驚く。テオッセの情報漏洩を止めようと意見する者、なかには罵倒する者もいた。冒険者にとって依頼者との信頼関係は重要だ。ひとたび信頼が崩れれば、ギルドの依頼は激減し、回復するにも最低三年以上掛かる。
そのリスクを分かったうえで、テオッセは己の命を優先した。
「メリルの情報ですか?」
「おおっ!? なんだい話せるじゃねえか! そうだこの研究所の情報だ!」
侵入者の食いつきに、テオッセは自然に綻んでしまう。
「ここにカルパル・デュオという名前の研究者はいますか?」
「ああ、確か今回の依頼者がそうだった」
「今回?」
「前にもメリルに関する依頼はあったんだ。個人名で毎回違う名前だったが、報酬には何も不足はなかった」
「依頼内容は?」
「主にモンスターの討伐や採取、だったと思うぜ」
そうですか、と呟いた翡翠の少女は何かを考えるように黙る。
「なあ、もういいだろう! 俺たちを解放してくれ!」
「ああ。すっかり忘れていたいました。もういいですよ」
「よっしや――――――――――――――――――――
テオッセの言葉は途切れ、胴体から離れた首が無様に転がっていた。
「ぎゃあああああああ!」「て、ててててておおおお」「なんでなんでなんで」「くそ、遺体の確認だけだったはずなのに」「『セキュラー』はどこ行ったんだ!」「話が違う!」「俺たちを解放してくれるんじゃなかったのか!」「逃げろっ、殺されるぞ!」「やりやがったこいつ」「援軍は、まだかあああ!」「うあああああああああ!」
阿鼻叫喚の中、翡翠の少女はうっとうしいのか、髪を静かに搔き揚げる。
「情報の漏洩は依頼者だけじゃなく、仲間も売ることを意味する。そんなくそ野郎を生かしたまま逃がすなど、百害あって一利無しです」
だから殺しました、と冒険者に告げる。
「加えて、私の『力』に感付いた可能性のあるあなた方も抹殺対象です」
「「うああああああああああああああああ!!!!!!!」」
少女の言葉を皮切りに、次々と冒険者が逃げ出す。
逃走する群衆の中、二人の冒険者が飛び出す。
一人は横髭を長く伸ばした大男、もう一人は斑模様のターバンを巻きつけた優男だ。
ギィィィィィィィィィィィィィィィ!
少女の右脇と左肩を狙った冒険者の一撃は、なんらかの『力』によって阻まれた。
二人の冒険者は武器が弾かれた直後、後方に跳び、瞬時に距離を取る。
「ふむ、私の斧が弾かれるほどの防御力。いや、回転力と言うべきだろうか?」
「それも、肩と脇同時に防がれちった。マジヤバイな、アンタ」
「ブルドリアのA級冒険者、ブルジオ・エノール。と、BMのB級冒険者、パッチですか」
「ほほほ、あなたのような御嬢さんが私の名前をしっているとは、光栄ですなあっ!」
エノールと呼ばれた冒険者は強靭な足腰から成せるスピードで接近し、驚く暇さえ与えずに、少女を下から斧で切り上げる。
反応さえ許されないスピードと、そこから生み出される一撃に、少女は切られはしなかったものの大きく天井まで飛ばされる。
「いやあ、飛びやしたなあ」
パッチという冒険者は海賊剣の峰を肩に乗せながら、エノールに話す。天井には大きな穴が生まれ、その奥にいる翡翠の少女に警戒を怠らないよう、二人の冒険者は気を詰める。
「まさか、あれでも防御壁を突破できないとは。さて、どうしましょうか?」
「削る、しかないやろうが、削れるものかあ、あれ?」
「痛いですね。とっても」
すっ、と萎んだ風船が自然と空から落ちるように、翡翠の少女は地に降りた。
「死ぬかと思いました。さすがはA級ですね」
「お褒めに預かり光栄です」
「それに耐える嬢ちゃんも随分な化け物やな」
「冒険者がいつも戦っている相手じゃないですか」
「違いない」
カラカラとパッチは笑う。
突如パッチは兎のように跳ね、緑色の霊体鬼の凶爪を避け、回りながら海賊剣で切る。
「こいつもあんたがいう化け物やな。どっかに召喚士がいると見た。違うか?」
パッチに切られた霊体鬼は核となるミカゲイシを残して消えた。海賊剣によるものなのか、ミカゲイシには罅が入っていた。
「惜しいです」
「惜しい、やと?」
「ええ、あなたの考えは少し、惜しいです。第一に私はこの研究所に一人で侵入していることを考慮して考えるべきです」
翡翠の少女は、侵入者が私一人であることを告白した。
「では、御嬢さん。なぜ、霊体鬼が現れたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「簡単です。転送魔方陣にある細工を仕込みました」
「細工やと?」
ふはははははははははははははははははははははははは。
目に大きな手を当てているエノールの笑い声がメリル工場第七階層に響く。
「ははは。失礼しました」
ようやく笑いが収まったのか、エノールは少女に謝る。
「ほんまに、おっさんやかましいわ」
「すいません、転送魔方陣に細工というあまりにおかしなことをおっしゃられるので、つい」
「まあ、確かにおかしいな」
転送魔法陣とは、Aの場所とBの場所を瞬時に移動する力を持つ。この力を発動するためには座標という点と点を重ねるという高度な演算が求められる。なのに、今日侵入してきた少女に、どうやって設定されている座標を変え、新たな座標に設定しなおすことができるか。
事前に設定を変えるにしても、ここには『セキュラー』が警備しており、誰にもばれずに侵入し、転送魔方陣の座標設定を変えられるのなら、翡翠の少女が危険を冒して堂々と侵入する必要がない。
不可能である。
「あななたちは勘違いをしています」
翡翠の少女が静かに口を開く。
「私がした細工は設定の変更ではなく、設定の書き加えです。予め用意していた設定を逃げた冒険者に私の『力』で纏わせるように形を変えて持って行ってもらいました。
その冒険者が転送される途中、自動的に『力』は融け、新たな出口を構築します。
つまり、双方向の転送魔法陣に第三のゲートを作りました」




