第二十五話:エンディング
最初に戻ってきたのは、薄い文庫だった。
スマートフォンを鞄にしまったまま、女性はカウンターに本を置いた。
「ありがとうございました」
返却本を受け取ると、栞はバーコードをスキャンした。
ピッ。
返却完了の画面が表示された。
*
少女は一人で来た。
背が、少しだけ伸びていた。
絵本をカウンターに置いて、少しだけ躊躇ってから言った。
「また、借りてもいいですか」
ピッ。
*
男性は、日焼けした顔で戻ってきた。
指先に、土の汚れが残っていた。
苔の図鑑をカウンターに置く。
「苔というのは、面白いものですね」
ピッ。
*
中年の男性は、少し軽くなった足取りで来た。
写真集をカウンターに置く。
「帰る扉があるって、素敵なことですね。また来ます」
ピッ。
*
中年の女性が、文庫をカウンターに置いた。
栞はページを一度だけ開いた。
細い紙片が、まだそこにあった。
「ありがとうございました」という文字の下に、小さな言葉が続いていた。
栞は紙片を元の位置に戻し、本を閉じた。
ピッ。
女性は微笑んで、軽く会釈をした。
それから、出口へ向かった。
*
就活生は、参考図書コーナーへ向かった。
いつもの辞書を棚から出して、テーブルに置く。
しばらくページをめくっていた。
帰り際、カウンターの前を通りながら言った。
「また見に来てもいいですか」
栞は頷いた。
*
中学生は、少しだけ背が伸びていた。
カウンターに来て、見本帳を一度だけ触った。
「ありがとうございました」
それだけ言って、出口へ向かった。
*
完璧主義の女性は、リストを持っていなかった。
綴じられていない小説の箱をカウンターに置く。
「順番通りに読まなかったんですが、意外と面白かったです」
ピッ。
*
線を引いた本を借りた大学生は、自分のペンを持っていた。
文庫をカウンターに置く。
「私も、少し線を引いてしまいました」
ピッ。
*
初老の男性は、少しだけ顔色が良くなっていた。
文庫をカウンターに置く。
それだけで、何も言わなかった。
頭を、深く下げた。
ピッ。
*
きっちりとしたスーツを着ていた女性は、今日は柔らかな色のジャケットを着ていた。
絵本をカウンターに置く。
穏やかな笑顔だった。
「読めない言葉でも、好きなページができました」
ピッ。
*
指輪の女性は、左手の薬指に指輪をしていた。
文庫をカウンターに置く。
口が、小さく動いた。
ピッ。
*
スーツを着た男性は、少しだけ表情が緩んでいた。
古い文庫をカウンターに置く。
「犯人、分からないままでしたね」
ピッ。
*
老夫婦は、並んで来た。
妻が夫の腕に手を添えている。
夫が詩集をカウンターに置く。
二人は顔を見合わせて、微笑んだ。
ピッ。
*
行き詰まっていた女性は、肩の力が抜けた顔をしていた。
白紙の本をカウンターに置く。
それから、一枚のチラシも一緒に置いた。
「よかったら観に来てください」
ピッ。
*
入れ違いに、五十代の男性が入ってきた。
カウンターで栞を見つけた。
「娘に、渡せました」
それだけ言って、頭を下げた。
出口へ向かう。
自動ドアが開いた。
春の光が、一瞬だけ差し込んだ。
*
四月になった。
図書館の窓から、桜が見えた。
栞は鞄から一冊の本を取り出した。
『夜の終わりを歩く人へ』。
カウンターへ向かう。
本を置く。
バーコードをスキャンする。
ピッ。
モニターに、返却完了の表示が出た。
栞は本を棚に戻した。
背表紙を一列、指先で整えた。
窓の外では、桜の花びらが一枚、風に運ばれていった。
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