2.サイラスには想い人がいる……説
政治力も家格も微妙なフィンズベリー伯爵家から、幼い令嬢がサイラスの婚約者に選ばれたことに、国内からは様々な声が上がった。
――サイラス殿下には他に想い人がおり、ジュリアは時期がきたら婚約者から外されるだろう
――王太子殿下を凌ぐ頭脳明晰なサイラス殿下に余計な力を持たせないため、政治的に中立な家が選ばれたのだろう
――サイラス殿下は幼女趣味である
などなど。
聞くに堪えない噂を含めると、その数は十を超え、全て覚えてはいられないほどだった。
そんな幼女趣味疑われているサイラスだが、ジュリアとの婚約の儀を終えるとすぐに先進国のデオギニア帝国へ留学するという。元からその予定であったらしい。
「寂しい思いをさせてしまうと思うけれど、手紙をたくさん送るから許してね」
「私は大丈夫です。デオギニア帝国は暑い国だと聞きました。お忙しいサイラス殿下におかれましては」
「そういう大人に言えと言われた台詞は、僕の前では口にしなくていいよ? 思ったことを好きに話して」
「……はい、承知致しました」
母に仕込まれた台詞では駄目らしい。頭を捻ってみたが、体調面の心配ぐらいしか出てこない。環境や文化の違う場所へ行けば、いくらサイラスが優秀でも疲れるだろう。
「体調に気をけて欲しいです」
「うん。ありがとう」
サイラスはポンポンとジュリアの頭を撫でる。
「お手紙はとても嬉しいですが、無理はしないで欲しいです」
「無理はしないよ。ジュリア嬢の好きそうな物を見つけたら一緒に送るね」
「ありがとうございます。楽しみに待っています」
約束通り、サイラスからは月に何度も手紙が届いた。王子妃教育は厳しくないかなど、ジュリアを気遣う内容が多かった。困ったことがあれば、直接ポリーに相談するように書かれている。ポリーは元王宮の侍女で、サイラスの口利きでフィンズベリー伯爵家で働いてもらっている。闘うところを見たことはないが、強いらしい。護衛も兼ねていると言われた。
「お嬢様、サイラス殿下からの贈り物です」
ポリーが持ってきてくれた箱を開けると、前世で見慣れた食品用のラップが入っていた。
(これって、もしかしてサ〇〇〇ラップ? ってゆうかク〇ラップ!?)
一緒に入っていた手紙を急いで開けると、食品の保存に便利なものと書かれていた。
「焼いたマフィンを包んでおくといいって……」
まさかこの世界でお目にかかれるとは思ってもみなかった。
デオギニア帝国は前世の記憶を持った人たちによって、次々と便利な物が生産されている。この世界で一番の先進国だ。以前、スザンナのドレスを乾かしてくれたドライヤーのような物も、デオギニア産だろう。
「ご令嬢に贈る最初の品がそれですか?」
「マフィンが乾かなくて済むし、とっても便利だよ?」
「便利ですけど、もっと可愛らしい物とか他にいっぱいあるでしょうに」
眼鏡越しに見たポリーは、飽きれたと言わんばかりの顔をしているが、ジュリアは嬉しかった。
「さっそくバナナとチョコのマフィンを焼くわ。これを巻いてしばらく置いておくと、きっといつもより美味しい、しっとりしたマフィンになるわよ」
サイラスへの手紙にはバナナマフィンの出来を報告し、とても美味しかったことを添えると、すぐに次の贈り物が届いた。
「今度こそ可愛いお品ですよねぇ!?」
ポリーの顔が怖い。
「可愛い物じゃなくて、私が喜びそうな物を選んでくださっているのよ……えっ!? これは!!」
小さくて軽いルーペだった。重い装飾過多の物は持っているが、小さな手には使いずらい。結局、短い文章を読む時も瓶底眼鏡をかけるしかなかった。
「見て、ポリー!! 度数の違うルーペが三枚連なっていて、単体でも見れるし、重ねると度数が変わるみたい!! すごいわ」
見た目重視の物と違い、小さな手にも負担がない。自分で度数を変えることができるなんて気が利いているではないか。
さっそく眼鏡を外してルーペで手紙を読んでみる。
「とっても読みやすいわ!! なになに……今度の夜会に参加できなくてごめんね。軽いルーペを見つけたから送るねって書いてある。このサイズならポケットに入るからドレスでも持ち歩けるし。目が悪くて困ってた私のためにこんな素敵なものを送って下さるなんて、サイラス殿下はなんてお優しいのでしょう。夜会に参加できない? むしろ私なんて馬鹿にされるだけだから行きたくないし、ラッキー……」
と口走ったあと後悔した。慌てて眼鏡をかけてポリーを見ると、表情の抜け落ちた顔でジュリアを見ていた。
「ご、ごめんなさい。今の発言、王宮に報告する?」
城の怖い教師に叱られる未来が見える。
サイラスと共に夜会に参加するのは婚約者の義務だ。それをラッキーなどと言っては、いくら幼女でも許されるはずがない。城の侍女だったポリーを寄越したのは、ジュリアを監視するためではないかと、父も母も警戒しているというのに。
「ルーペを送ってくるのであれば、なぜ恋愛小説も一緒に送ってこないんでしょうねぇ!?」
「そっち!?」
「他に何があるんですか?」
「てっきり、私のことを誰かに報告するのかと……」
しょんぼりとジュリアは呟く。
「私はサイラス殿下から、ジュリア様を命を懸けてお守りしろと命じられております。私の主人はジュリア様です。そのような報告をする相手などいません」
「そんな大袈裟なぁ」
ジュリアが言うと、ポリーは静かに首を振った。顔が怖い。
「でもポリー。恋愛小説はともかく、本なら自分で買うから大丈夫よ?」
「そういう問題ではありません。サイラス殿下は乙女心っていうのが全くわかっていらっしゃらない」
「聞いてる? 私はいま、すごく喜んでるの。ルーペだけで十分よ?」
「サイラス殿下はお嬢様の欲の無さに感謝するべきです」
「えぇぇぇぇ……」
サイラスからひっきりなしに送られてくる便利グッズで、ジュリアの生活は快適になっていった。高級なドライヤーも、四度目の手紙と共に送られてきている。髪を乾かすのが楽になって助かった。
最初はポリーのことを警戒していた両親も、サイラスから送られてくる品々によって懐柔されていった。母はマッサージチェアが、父は室内でできるゴルフグッズがお気に入りだ。すっかりゴルフの虜になった父は、庭でゴルフの練習ができるよう改修してしまった。
(デオギニアってもうゴルフの文化があるんだ……)
デオギニアの先進国ぶりには毎度驚かされる。
「本当に色気がありませんね」
ポリーは怒る気力を無くし始めたようだった。
「色気って、私が相手じゃ無理よ」
婚約してから何年経っても手紙の内容はさっぱりしたものである。サイラスが忙しいこと、デオギニアの発展ぶりなどはつぶさにわかるが、ジュリアの身を案じても恋しそうな素振りはない。
あまり帰国しないサイラスは、他に想う人がいるのだろうという説がいよいよ現実味をおびてきた。
(もうじき、何かあるかもしれない)
サイラスの帰国が年を追うごとに少なくなっていることに、気付かない振りをするのも限界だった。




