第102話 夢の試練 6――ナユタの約束 完
※小林ナユタ視点
「……なんで。」
「だって、ナユタは、家族みんなが笑っていてほしいって言えるくらい、人のことを考えられる子だから。そういう子が、自分のことだけできないはずがないだろ?……それに、ナユタは俺の娘だぞっ!」
私は、どうして忘れていたんだ。
忘れてはいけない大切な、大切な約束だったのに…。
お父さんが亡くなってしまって、家族がバラバラになるんじゃないかと思って焦った。
家族がバラバラになる、それだけは絶対に嫌だったんだ…。
だから、私は――
だから私は、お父さんとの約束を破って【いい子】になってしまっていたんだ。
もう一度私にも出来るかな…約束。
「……約束するよ。」
【私】の口から言葉が出てきた。
少し驚いてしまうが、そんなこと構うものか。
「うん。」
「……私のことも、ちゃんと大事にする。」
「あぁ。」
「……みんなのことも、大事にするよ。」
「あぁ!」
「……両方大切に、大切にすよっ!」
「それでいい、それが一番いいんだ。」
お父さんの手が、頭を撫でてくる。
恥ずかしいけど私はそれを受け入れる。
今度こそ約束を守るよ、私…。
「……ナユタ、ありがとうな。」
「……何が。」
「いっぱいありがとう。生まれてきてくれて、ありがとう。うちの娘でいてくれて、ありがとう。」
「……お父さん、何それ。」
「本当のことだよ。」
「……やめてよ、恥ずかしいよ。」
「泣いていいんだ。」
「……泣かないもん。」
「泣きたいときは、泣いていいんだよ。」
「……泣かないってば。」
「ナユタ。」
「……なに。」
「こんな立派に育ってくれてありがとうな。お父さんは【高校生のナユタ】を見れただけで満足だ。」
気付くと私の身体は元の私の身体に戻っていた。
な、なんで……。
でも。お父さんは私を見て言っている。
お父さんは私が小さいときに亡くなって高校生の私を知っているはずなんてないのに…。
「これまでのナユタを教えてくれないか?ナユタの言葉で。」
声が、崩れ泣いていた。
「……お父さん、私ね、」
「うん。」
「……私ね、好きなことをしたかったんだよ。」
「うん。」
「……本当はね、私ね、我慢なんてしたくなかったんだよ。」
「うん。」
「……でも、みんなのために頑張るのも、本当に嫌じゃなかったんだよ?」
「うん。」
「……どっちも本当なんだよ。」
「あぁ、どっちも本当だな。」
「……それって、ずるい?」
「ずるくなんてないさ。」
「……両方大切にしてもいいの?」
「両方あっていい。人間なんだから。」
「……私は、我儘じゃない?」
「我儘だっていいじゃないか!」
「……本当に?」
「本当さ。」
「……お父さん。」
「うん。」
「……なんで、死んじゃったの。私、私はお父さんに死んで欲しくなんてなかったよっ!!」
お父さんが、黙った。
「……ごめんな。」
「……ごめんじゃなくていいから、ずっと、いてよ。」
「……ごめんな、ナユタ。」
「……っ。」
「でも、お父さんがいなくなっても、ナユタはちゃんとやっていける。約束してくれたからな。」
「……した、けど。」
「お父さんは、信じてるからな。」
「……私が、約束を守れるか、分からないよ。忘れていたし……。」
「守れるよ。」
「……どうして、そんなに自信があるの?」
「あはははっ、バカだなぁ、ナユタは。何度も言っているじゃないか、ナユタは俺の娘だからだよ。」
「……それだけ?」
「それだけで十分だよ。」
お父さんの輪郭が、滲み始めた。
世界が崩れ始めのだろう。
――眩しい光が、私の夢の世界に広がっていく。
「……お父さん。」
「なんだ?」
「……約束、守るよ。」
「あぁ。」
「……自分のことも、今度こそ大事にするよっ!」
「約束だぞ?」
「……私ね、冒険者になれたんだっ!」
「知ってるよ。」
「……見てた?」
「ずっと見てたさ。娘の活躍する姿を見たくてね。」
「……かっこよかった?」
「かっこよかったよ。」
「……ずっと、ず~~~~と見ていてねっ!」
「ずっと見てるよ。」
「……お父さん。」
「うん。」
「……大好きだよっ!」
「……お父さんも、大好きだよ。ナユタ。」
「ずっと、ずっと、大好きだからねっっ!!!」
「あぁっ!ナユタ、こ――
言葉が途中で光に遮られてしまうが、私には消えていた、お父さんの言葉が。
――今度こそ約束破るなよ?破ったら、豚まんの刑だからな~?
確かに聞こえたよ、お父さん…。
光が、全てを満たし私の世界は崩壊する。
お父さんのいたずらな笑顔を最後に完全に…。
……温かかった。
お父さんの手の温もりが、最後まで残っていた。
◇
目が覚めると、石造りの扉の前にいた。
「んぁ……終わった?」
顔が、濡れておりどうやら、私は泣いていたらしい。
でも、不思議と、心が軽かった。
ずっと胸の奥に沈んでいた何かが、ゆっくりと溶けていく感じがする。
……もちろん、全部が解決したわけじゃなかった。
お父さんはもういないし、現実が変わるわけじゃない。
でも、お父さんと交わした約束を、思い出したんだ。
――約束破るなよ?
その言葉が、胸の中に残っていた。
現実は変わらなくても、私が変われば環境も変わる。家に帰ったら、お義母さんに話そう。
まずはそこからだ。
隣を見ると――
「……っ、アルト君っ!?」
アルト君が、眉をひそめて、荒い息をして苦しそうに眠っていた。
まだ、夢の中にいるのか、それとも夢を抜けた後の反動なのか、顔がとても歪んでいた。
「……アルト君。」
呼んだみた。
けど、アルト君は反応してくれない。
「……大丈夫かな。」
隣にこそを下ろしアルト君の顔を見る。
とても、苦しそうに顔をゆがませて汗をかいている。
力になることはできないけど、少しでも何かをしてあげたくて汗をハンカチで拭く。
アルト君は何を見ているのだろう?
D災害のことを、ヒナさんのことを、抱えているものが多いのは知っていた。
アルト君には言ってないけど、初めて会ったときにはDサバイバーであることは気づいていたんだよ?
でも、周りに怯える目をしたアルト君を一人にできなくて私はあの歓迎会で声を掛けたんだ。
「……アルト君も、きっと沢山のことを抱えてるいんだね。」
そう呟く。
私も、抱えていた。
でも、抱えているものの多さを比べても仕方がないと思う。
私には私の、アルト君にはアルト君の、それぞれのいっぱいがあるのだ。
「……早く起きてよ。」
アルトの眉が、また苦しそうにひそんだ。
「……私も、一緒にここにいるから、アルト君も頑張れっ!」
隣に座って、アルト君を待つ。
その間お父さんとの約束を、胸の中で繰り返した。
――……お父さんも、大好きだよ。ナユタ。
――豚まんの刑だからな~?
豚まんの刑かぁ~、あれ痛いんだよね。
ほっぺを両手で挟んでむぎゅって潰す、昔やっていた小林家のいつの間にかに無くなっていた刑。
「……うん、両方大切にするよ、お父さん。」
誰に言うでもなく、空中に向かってつぶやいた。
石造りの天井を眺めながら、私はアルト君の目覚めを、待っているのだった。
――妾こやつ好きかも…。
――俺の娘だからね!
――死後の世界から見守っておったのか、親の愛じゃな…。
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