第28話 異世界魔王、借金取りを撃退する
俺がスマホを買って数日が経過した。
前世を思い出してから初めての土曜日が訪れる。
土曜日なので、朝に学校にいくことはない。
もちろん朝早くに起きる必要などないし、澄香・千歳の朝の出迎えもない。
そのため俺は朝の時間を英気を養うことに当てていた。
もとい、朝から惰眠をむさぼっていた。
愛華はそんな俺の姿に呆れていたが、しかしさすがに休日にゆっくりしていることを責めることはしなかった。
「私は図書館に勉強しに行くから。お兄ちゃんも早く起きたほうがいいよー」
と言って外に出かけていった。
休日に遊びに行かずに勉強しにいくとは。
さすが受験生だな。
勉強熱心でたいへんよろしい。
朝も9時を超えたころ、さすがにそろそろ起きるかと身を起こす。
「さて、今日は何をするかな」
これまでの休日と言えば、バイトで店長にこき使われるだけだった。
しかし今の俺は、もうあそこからは抜け出している。
休日をバイトで浪費せずにもっと有意義なことに当たられるのだ。
さていったい何をしようかと頭を悩ますと、家のインターホンが鳴った。
「なにごとだ?」
玄関を開ける。
そこにはガラの悪そうな男が一人立っていた。
「誰だ貴様は」
「誰だ、じゃねえだろうが。俺の顔を忘れるなんていいご身分だな」
「忘れる? どこかで会ったことがあったか?」
「あるに決まってんだろ。俺は借金取りだよ。お前の親父が作った借金を取り立てに来てんだ。先月もここに来たろ」
「ああ、そういえばそうだな」
やっと思い出した。
確かにこいつには何度も会っている。
父親がどこかへ失踪する前に、借金を作っていたんだ。
しかもまともなところではなく、闇金に借金を作っていた。
こいつらに父親の借金の返済を迫られ、俺と愛華は苦しんでいたのだ。
俺が休日をつぶしてまでバイト三昧だったのも、この借金を返すという必要があったからだった。
しかし、今世の俺の父親はかなりのクズだな。
子供に借金を押し付けて自分は失踪するとは。
もしあの男が蒸発していなければ、俺が比喩ではなく物理的に蒸発させていたところだ。
この手のやからはどこの世界にでもいる。
そしてこういう奴に金を借りる者も、どこの世界にもいる。
馬鹿正直に返すものもいる。
俺はこれまで、バイトで稼いだ金から借金を返していた。
借金の大元は全部で100万円。
決して少なくはないが、数年かければ高校生でもがんばれば返却できる額だ。
しかしこいつらはあくどいことに、10日1割の暴利を吹っ掛けてきている。
100万円の1割は10万円。
1月あたり30万円をかえしても元本は減らないのだ。
高校に上がってから1年もの間こいつらにかなりの額を渡しているのに、全く借金が減っていない。
それどころか利息がどんどん膨れ上がって、もはや大元の倍以上の金に膨らんでいる。
暴利というほかない。
こんなくだらないこと、これまでの俺ならばともかく、今の俺がするはずもなかった。
「金は渡さん。そして二度とお前らに金は支払わんから帰れ」
きっぱりと、借金取りにそう告げた。
「……は? てめえいまなんつった」
「金は渡さんから帰れと言っている。お前はこんな短い文章も理解できないのか?」
やれやれと呆れながらため息をつく。
「さて、話は終わりだ」
ドアを閉めようとするが、借金取りはドアに体をねじ込んできた。
「はいそうですか、で帰るわけねえだろうが。ああん!? 用意できてないっつーなら、てめえらには強制的に返してもらうぞ!」
「強制的?」
「てめえらの肉体で支払わせてやる! てめえは外国の遠洋漁業の船に乗って、使えなくなるまで働いてもらう! てめえの妹は風俗にでも働いてもらうか!」
「妹はまだ中学生だぞ。働けるわけないだろ」
「裏風俗ってのはどこにでもあんだよ。中学生抱きたい変態なんて、この国にはたくさんいるんだ。お前の妹は顔はいいから高く売れるぜ」
「なるほど。クソみたいな話だな」
「まずは生意気な口をききやがったてめえから連れていくぜ。抵抗すつっつーなら、ボコ殴りにしてやる!」
借金とりは俺に殴りかかろうとして、ピタッとその動きを止めた。
奴が自発的に止まったわけじゃない。
俺が魔法で止めたのだ。
「な、なんで――。うごけねえ」
「風魔法の応用だ。空気を操作して、お前の体が動けないようにしている」
空気を圧縮して、まるで岩のように固くして借金取りの周囲に漂わせているのだ。
おかげでこいつはすこしも動くことはできない。
「俺はな、妹の愛華のことはけっこう気に入っているのだ。だから、妹に手を出そうとするやつは放置することはできん。」
「な、なにを――」
「ひとまずお前には苦しみを与えることにする」
借金取りに拷問魔法をかける。
高野とかいう3年の男に使った魔法だ。
「がああああああ!」
体全身に激痛が走り、借金取りは苦しみ始めた。
「痛い痛いいたいいたいイタイイタイイタイイタイ――」
俺の風魔法による拘束のため、借金取りは逃げることもできない。
痛みの中で叫び声をあげることしかできなかった。
「な、なんで、俺が……。こんな目に……」
息も絶え絶えと言った様子で、借金取りは言う。
なにやら話したそうだったので、いったん激痛を与えることをやめた。
「お、お前が悪いんだろ。金を返さねえから悪いんだ」
「俺が悪い? 何をいまさら言っているのだ。《《当たり前だろうが》》」
俺を誰だと思っているのだろうか。
俺は魔王だ。
この世で最も悪い存在である。
つまりは悪党で、俺が悪いなんてことは当たり前だ。
「お前の言う通り、俺が悪い。俺が悪だ。だが、だからどうしたっていうんだ? その論が通れば、お前は解放されるのか? その痛みから逃れられるのか? そんなわけないだろう。お前のことは誰も守ってくれない」
俺の言葉に、借金取りは絶望の表情になる。
「いいことを教えてやろう」
拘束したまま、俺は話し始めた。
「悪党というのはな、誰にも守られん」
俺が語るのは、この世の不文律についてだ。
「善人ならば家族や友人が守ってくれる。小市民ならば警察が守ってくれる。だが俺やお前のような悪党は、誰も守ってくれない。悪党など、警察などの正義によって正されるか、あるいは他の悪によって叩き潰されるかの二択なんだよ」
悪を守ってくれるものはいない。
かならず正義か悪によってつぶされる。
前世の俺が勇者によって殺されたように。
「だから悪党は、強くならなくてはいけない。正義に正されないよう、悪につぶされないよう。お前も自衛の手段くらいは用意しておくべきだったな」
「な、なんの話をしているんだ……?」
この借金取りは、俺の話がうまく理解できなかったらしい。
まあいい。
所詮はその程度の知能の存在。
何を言っても無意味であることは分かっている。
「重要なのは、お前はいまこの瞬間に、俺によってつぶされるということだ」
拷問魔法を再度開始する。
「ぎゃあああああ!」
体全身に激痛が走った借金取りは、そのまま叫び始めた。
しかし、防音魔法によって音が漏れるのを防いでいるので、その叫び声が俺以外の者に聞こえることはなかった。




