おバカ貴族と空賊の仲間入り
2025/11/27 ちょっと修正
「紹介するね。まずはカサルちゃんと同じくらいのゾーイだよ」
「ゾーイでーす。会計とか、備蓄の管理とか諸々やってまーす」
華奢な少女はゾーイと名乗り、その薄いブラウンヘアを揺らしながら欠伸を噛み締めている。
宝石や貴金属が好きなのか、歳に不相応な成金趣味が目立つ。
(十五歳ぐらいか……?弟と仲良くなれそうな子だな)
カサルはそう思いながらもう一人に視線を映した。
「こっちの子はリヒャルトライン。リリって呼んであげてね」
もう一人の瓜実顔である長身の美人操舵手をマリエは紹介した。
リヒャルトラインはプラムブラウン色のロングヘアを靡かせ、凛として舵を切るこの艦の最年長者のようだった。
「どうもカサル君、お話は聴いています。マリエの身勝手に突き合わせてしまって御免なさい」
落ち着いた物腰やクールな様子から、他の二人にはない安定感を感じた。
「……少しは話の分かる人間がいるようだな」
カサルはリヒャルトラインの見ている景色に目を向ける。
彼女の瞳は知性を宿しながらも、獲物を品定めする猛禽のように鋭く空の向こう側を見ていた。
雲の切れ間には小さな龍が動きながら、船と平行して泳いでいる。
彼らにしてみれば遊び半分でも、ぶつかれば船が大破する状況に、リヒャルトラインは慎重に進路を選んで、安全な雲のない空路へ出た。
「……ふぅ、安定空域に入りました」
「はーい。ありがとねー」
リヒャルトラインが報告を終えると、お礼の言葉で返すマリエ。何度も繰り返し行われてきた練度の高さが窺えた。
そしてそんな彼女が舵を握る手を離すと同時に、カサルの背筋に悪寒が走った。
リヒャルトラインの向ける視線は、学園で貴族の令嬢たちから向けられてきた熱視線と重なり──いや、それ以上に、獲物を前に舌なめずりをする獣の気配そのものだったからだ。
舵から手を離した彼女は、先ほどの理知的な雰囲気とは打って変わって、ねっとりとした視線をカサルに向けて近づいた。
「マリエ、マリエ。この子、撫でてもよろしいでしょうか。あまりにも可愛くて……食べてしまいたい」
リヒャルトラインは熱い吐息を漏らしながら、目を輝かせ、カサルの周りをゆっくりと回り始める。それはまさに、獲物のどこから牙を立てるか思案する狼のようだと彼は戦慄した。
ゾーイもそれに釣られ、「あーわたしもー!」と、二人そろって警戒するカサルの周りを徘徊し、観察を始めた。
「一人ぐらい常識人がいると思っていた我が愚かだとでもいうのか……!」
困惑するカサルをよそに、マリエは船員の二人にカサルについて端的に説明をした。
「カサルちゃんは今日から私達の仲間になりましたー。二人とも拍手~」
「「わーぱちぱちぱち」」
ゾーイとリヒャルトラインは拍手で彼を歓待した。
「我は何も聞いとらんぞ。どういうつもりだ、マリエ」
人質として捕まえられたのではないのかとカサルは質す。
自分のことが可哀そうだのと言っていたのは、捕まえるための方便ではなかったのかと訴えた。
しかし肝心の誘拐犯であるマリエはキョトンとしていて、
「え、いってないもん」
と、仲間に加える事になんの疑いもない顔で、マリエとゾーイに説明をつけていた。
何か深淵な動機があるに違いない、そう信じていた彼にとってそれはある意味酷い裏切りだった。
「───でも、カサルちゃんの弟さんには許可を貰ったよぉー」
「はぁ?ソイツは物理的に無理だろう」
マリエが自身を拉致した時間と、その契約をする時間はどう考えても辻褄が合わない。
カサルは嘘をついていると考える。しかしマリエがどこからともなく羊皮紙を取り出した姿を見て、彼はふと自分の仮説を立てた。
(まさかこいつらの中に魔法使いがいるのか?それともマリエがもう魔法使い?どちらにせよ、物理的にザラと接触するのは魔法意外では不可能だ)
「お前……もしかしてもう既に魔女なんじゃないか?」
カサルの仮説に三人の顔に一瞬の緊張が走る。
「すっごーい。天才じゃん」
「今の話だけで分かるんですね」
ゾーイとリヒャルトラインは小さく拍手をした。
しかしマリエは優しく首を横に振ってそれを否定する。
「ううん……魔法は使えるけど、魔女ではないんだ」
そう言った。
カサルの認識では魔法が使えればその使用者は魔女である。
「どういうことだ?異端核が埋め込まれているんだろう?」
そういうとマリエは再び首を横に振った。
「ううん。私達はとある実験施設で魔法が使えるようになっただけで、異端核を持たずに魔法が使えるんだ。代償込みでね」
マリエはそういって、口の中からプっと血の付いた歯を吐き出した。
「私の魔法は多分……契約の魔法。いつでもどこでも誰とでも、お互いの同意のもとに契約を結ぶことができる。そしてそれは必ず実行される。そういう魔法なんだ……きっと」
「なんだその歯切れの悪い説明は」
「だってわかんないだもん。自分達がどういう魔法の実験を受けたかなんて」
「そんな馬鹿な……」
「でも、だからカサルちゃんの弟と契約を結ぶことができたんだよ。ほらこの通り」
マリエの契約に対し、ザラのサインがあった。
契約の内容にはカサルを金貨300枚で売るという内容が記されている。
自分が丹精込めて育てた弟に金貨300枚で売られてしまった兄。
これにはさすがのカサルも少し堪えたのか、少しよろめく。
「だ、大丈夫?」
「あの恩知らずめ……たった三百枚で兄を売るとは何事だ」
口ではそう吐き捨てるカサルだったが、その顔色はどこか明るかった。
弟が、目の上の瘤である自分を始末し、さらにその対価に金貨300枚もマリエから巧みにせしめたからだ。
十六歳の弟が自ら考えて行動に移したとすれば、むしろ兄としては褒めるべき優秀さだ。巧く使えば、ザラは18歳で領主に襲名すると同時に素晴らしいスタートダッシュを切ることができるだろう。ヴェズィラーザム家の未来は実に明るい。
「そうか……我はもう必要ないか。クックックック……ハッハッハッハッハッ。良かろう、最後の祝い金だ。売られてやるとしよう」
そう言って哄笑するカサルを、可愛く思ったのかマリエはカサルを撫でようとするが、カサルはそれを拒否した。
「女に触られると虫唾が走る。まあ……だが……金貨300枚分はこの船にいてやろう」
「やったー!」
マリエは下げた手を胸元で小さく握りしめる。三人の中で彼が仲間になった事を一番喜んでいるのは、何よりもマリエで間違いなかった。
「てことで今日はカサルちゃんの歓迎パーティーを開くよー」
三人が拍手喝采で盛り上がるなか、しかしそれに囲まれているカサルは不機嫌の極みだった。家族の不義理は措いておくとしても、売られた先が問題だったからだ。
「それと我は空賊稼業は手伝わんぞ」
買い手の職業、それは規律に厳しいと噂の空賊。
カサルも買われたからにはその空賊の流儀に従うつもりであったが、よくよく考えると空賊も、人間を襲ったり盗んだりと働いているのである。
カサルはそんな『労働』はまっぴらごめんだった。
「えーどうしてー?」
「貴族は働かないから貴族なのだ。どうだ?もう後悔し始めたのではないか? 」
「絶対に労働はしない」という鋼鉄の意志が彼という人間の軸であり、本質だった。
彼は『不労の王』として君臨することが生まれながらにしての宿命と考えている人間であり、そのためにこれまで領地の人間を増やし、機械化農場を進めてきたのだ。
清貧こそカサルの目指す極致であり、その障害になりえるものは全て彼の敵だった。
───しかしその点で言えば、むしろこの空賊団は、彼のためのプラチナチケットと言えるかもしれなかった。
「大丈夫だよ。カサルちゃんは皆で養うからね」
(トゥンク……)
マリエの何気ない一言が、カサルの思考回路の奥深くに、これまで経験したことのない福音のような音を響かせる。
決して聞き間違いなどではない。脳内を走査する膨大な情報が一瞬で収束し、再確認が完了する。
彼女は間違いなく、自分を養うと言った。
「……ほう? 詳しく」
それを聞くや否や、彼の態度は急変した。
彼は衒いの無い笑顔を向け、彼女に最大級の好意を持って接することが、今しがた脳内で全会一致の可決となったのである。もはやマリエが泥棒であろうと、人殺しであろうと、どんな一級犯罪者であろうと、彼の前には些末な問題に過ぎない。
彼女は貴族であり続けること──即ち「不労」を認めてくれた。
それだけでカサルはマリエの全てを許し、受け入れることができた。
他の二人も同様なのか確認の目配せをすると、二人も、慈愛に満ちた笑顔で頷いている。
働かなくてよい。つまり、貴族精神のままでいられる。しかも、この航空船の中なら、いつでもどこでも好きな場所で研究ができる。これ以上ない最高の環境ではないか。
彼は初めて、自分の居場所を見つけたような気がした。
「ほう……まあ。それなら……問題はないなァ?」
感情の高まりが抑えられないカサル。
彼にとってマリエという存在は、今までにない感情を与えてくれる特別な相手となった。
「ふふっ、良かった」
「まずはその、歓迎パーティーとやらで我を持て成すがいい。……ところで、この空賊団の名前は決まっているのか? 」
彼はこれから始まるであろう空賊ライフに胸を高鳴らせていた。
あぁ~貢がれるって最高だろうなー。
ではまた(; ・`д・´)ノシ
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