おバカ貴族と自由予測
ミャーザーとの出会いから数ヶ月。
七歳のカサルが求めたのは、哲学という名の免罪符ではない。己という精密な個体を物理的に壊し、社会から放逐されるための「計算式」であった。
邸の裏手、誰も寄り付かない断崖に立つカサルは、手元の羊皮紙にびっしりと数式を書き殴っていた。傍らでは、ミャーザーが相変わらず酒瓶を傾け、濁った目で弟子の奇行を眺めている。
「……クッカッカ。坊主、本気か? 角度を一分間違えれば、バカを演じるどころか、本物の死体になるぜ」
「死ねばすべての労働から解放される。期待値としては悪くない」
七歳の少年は、冷淡に言い放つ。
だが、彼の目的は死ぬことでも、単に壊れることでもない。
誰が見ても「修復不能な致命傷」として映り、かつ、自身の機能に致命的な支障をきたさない。そんな、針の穴を通すような精密な自傷を計画していた。
すべては「魔法は使えるが、社会的な責任を負う必要がない」という、最強の特権階級──『法的に無敵なうつけ』の座を手に入れるための策だ。
本来、王国の法律において、魔法使いは公的な理由以外での魔法使用を禁じられている。だが、心身の障害を理由に「意図せず発動してしまう」場合には、罰を問われることはない。
特に、頭部に強い衝撃を受けて正気を失ったとされれば、世間は彼を「触れてはならぬ存在」として忌避し、同時に法は彼を「責任能力のない個体」として保護する。カサルの狙いはそこにあった。
しかし、それを叶えるためには、常人ならば足がすくむような境界線を飛び越えねばならない。
いかに計算が完璧であっても、己の頭を叩きつけるなど、正気で挑める実験ではない。カサルが進めようとしている計画は、文字通り自らの命を供物に捧げる狂気の博打であった。
(脳の主要な機能を風の膜で保護しつつ、外部からの衝撃だけを特定の部位へ集中させる……。魔力操作による『感覚の遮断』だ。成功すれば、外見上は深刻な損傷を負ったように見えるはず。あとは演技次第だが……上手くやれば知性を幼児まで退行したと、診断を下させることができる)
つい最近まで、本当に幼児であった少年カサルは、庭の粘土質の土から突き出した鋭い石を見つめる。
彼にとって、この「自己破壊の設計」は、どんな難解な魔導書の解読よりも心躍る仕事であった。
「ミャーザー。……我が馬から落ちたら、最初に駆け寄ってください。そして、我が家の息がかかったあの『無能な医者』を誘導し、望み通りの診断を下させるのです。……『脳の一部が、物理的に消失している』と」
「……用意周到なガキだ。普通、そこまでするか?」
「それで我の罪悪感が消えるなら、十分に釣りが来ます。投資した資源が回収不能だと悟れば、家門の執着は止まり、期待のすべては自動的にザラへと移るでしょう。……これこそが、この不調和な機構を正す唯一の最適化です」
カサルは懐から、小さな『銀貨』を取り出し、指先で弾いた。
舞い上がった銀貨を、目に見えない風の刃が、空中できっかり三等分に切り裂く。
(あとは、舞台を用意するだけだ)
カサルは庭から、邸へと戻る。
廊下ですれ違ったザラは相変わらず痩せ細り、兄の姿に怯えていた。
その瞳に宿る絶望すらも、カサルにとっては「計算内の変数」に過ぎない。
(血を分けているんだ。せめてもう少し知的になって貰わないと困るぞ)
不労という名の玉座へ。
神童という名の檻を壊すための決行日は、間近に迫る「国王主催の親善茶会」に設定された。
国中の高官と、自らの両親が注目する最高の舞台で、カサル・ヴェズィラーザムは「自らを廃棄」するための最後の一歩を踏み出す。
(さあ、始めよう。世界を騙す、最高の喜劇の幕開けだ)
早く過去話を切り上げて現在の話を書きたいなぁという気持ちと、もうちょっとやるんじゃよ、という気持ち。どっちもあります。
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ではまた(´・ω・)ノシ




