その4 仕事と心に潜む「爆弾」
というわけで、数日後の夕方。
相談の結果――
私と沙織さんは久しぶりに、次元通行管理局、その会議室に来ていた。
勿論、悠季とみなと君も一緒。
広瀬管理官とはPIP進捗報告の時にたびたび会っていたけど、ちゃんと腹を割って話をするのは久しぶりかも知れない。そう、あのケイオスビースト騒動以来。
「――そうですね。
天木さんにも須皇さんにも、ケイオスビースト討伐作戦時は非常にお世話になった。
だからこちらも、何らかの形でご恩返しができるなら。そう思っていたところです」
こちらの話をひと通り聞いて、広瀬さんは一旦くいっと眼鏡を直した。
金に染めた短髪に、切れ長の眼、やや分厚い唇。いかにも堅物という印象は、以前と全く変わらない。
悠季がここぞとばかりに畳みかける。
「なら、話は早いだろ?
ちょっとでいいから、試させてくれよ。国内の被験者がもう少し増えればとか、あんただって言ってたじゃねぇか」
「神城。私は天木さんや須皇さんに試してほしい、とまでは言っていないぞ。
君たちにはまだ話していなかったが、サイコダイブは相応の危険が伴う。
人の心に入るということは、刃物で他者の内臓に切り込むのも同義。
いや――それ以上に危険なんだ」
え。そ、そんなに危ないことなの?
私は思わず沙織さんと顔を見合わせる。さすがに悠季も一瞬口をつぐんだが、それでもすぐに反論した。
「だけど、他の国じゃもう使われてるところだってあるって……」
「それも、無数の失敗を重ねてようやくの話だ。
医療技術と同様、その失敗は取り返しがつかないことも多い。地域や人種、年齢などの外的要因によっても結果は大きく違ってくる。
この国がサイコダイブの導入を躊躇するのは、それなりの理由があるんだよ」
「でもさ」
悠季は思わず立ち上がり、身を乗り出した。
「葉子が悩んでるなら、俺は少しでも力になりたいんだ。
それが俺の役目だろうが!」
あぁ……悠季はやっぱり、とても必死だ。
私以上に私のことを考えて、何とかしようとしてくれる。私なんか、もし試させてくれるならラッキー、断られたら仕方がない……ぐらいに考えていたのに。
そんな悠季を、じっと見据える広瀬さん。
感情が読めない眼差し。この人の心にだけはサイコダイブしたくない……一瞬、そう思ってしまった。
すると。
「人の心を舐めちゃいかんぜ、トサカ頭クン」
聞きなれない声が、会議室の扉のあたりから飛んできた。
びっくりして振り向くと、そこに立っていたのは――
可愛い豚の描かれた真っピンクのTシャツに、蛍光グリーンの便所サンダル。履き古してよれよれのジーンズ。
そして肩から無造作に白衣を引っかけた、中年の男性だった。
広瀬さん以上に短く刈り込まれた髪は脱色しているのか、元の色が分からないほどに真っ白。明らかにお腹は出ているが、背丈は下手するとみなと君より小さいかも知れない。
ぎょろりと大きく開いた黒い眼が、まっすぐに私たちを睨んでいた。
口元は笑っているが、眼は全く笑っていない。
「他人の心を見るならば――
同時に自分の心も見ることになる。そいつを忘れちゃなんねえよ?」
そう言いながら白衣の男性は、堂々と会議室を横切ってどっかと広瀬さんの隣に座った。
広瀬さんさえも彼の奇妙な迫力に慣れていないのか、ちょっとだけ焦ったように見える。
「あぁ……紹介しよう。
彼は三枝 満先生。サイコダイブの開発が始まった当初から、その研究に参加していた医師だ。
この国ではサイコダイブに最も詳しいと言っても過言ではない」
「お、お医者さん……?」
沙織さんが信じられないという表情で三枝先生を眺める。白衣がなければ街をうろつく元ヤンに見えかねない。
「そ。だから、あんたたちには忠告しておくぜ。
サイコダイブは対象者と、対象者の心に入る『探索者』。その二者が必要だ――
つまりダイブ中に対象者に異変が起これば、『探索者』にも危険が及ぶ。
二人の精神が同時に崩壊することさえあるんだ。サイコダイブを知るなら、まずそこから頭に叩き込んでおくんだな」
堂々と脚と腕を組みながら、へらりと嗤う三枝先生。
それを聞いて、みなと君が早くもガクガク震えだしていた。
「うぅ。沙織さんの心はいかにもヤバそうですねぇ……
もう今の時点で怖いですぅ」
「どーいう意味よ!」
「だって、現実の部屋さえ私がいなけりゃあんな状態でしょ?
精神世界になったらどんなことになってるやら」
「う、うぅ……否定できない。
でも、だったら葉子の精神世界は結構穏やかそうじゃない? 意外と楽に、ミスの原因を見つけられるかも?」
そうだろうか。
そんなの、自分じゃ分からない。
自分の精神世界がどんなものかなんて――自分では分からない。
自分の内臓は自分では直接見られないのと同じように。
「そうとも限らんぜ?」
沙織さんにふと突っ込む三枝先生。
「俺の経験上、普段穏やかに振る舞っている人間ほど、心に鬱屈を抱えていることが多い。
いつでも明るく朗らかだった人間が、実はとんでもないトラウマを負っていたりなんてザラだ。
人の心なんて、本当のところは何にも分かんねぇよ」
そう言いながら先生は、何故か悪戯っぽく私の方を見つめた。
ぎょろっとした黒い眼球の奥は、何を考えているのか全く分からない底知れなさがある。
――何だろう。
私が、何やらとてつもない鬱屈を抱えているって言いたいんだろうか。
思わず眼をそらし、悠季を見つめてしまう。
すると悠季も私を振り返り、唇をとがらせつつ肩を竦めた。
――本当に、いいんだろうか。
悠季に私の心なんかを見せてしまって。
先生の言葉が本当なら、私、心の中で、悠季を……
そんな私の様子に気づいているのかいないのか。
三枝先生はカラカラと笑いながら、広瀬さんの肩を叩いた。
「まぁ~しかし、だ。
あんまり警戒するのも考えもんだぜ、広瀬」
「むぅ……」
「彼らはただのバディ同士じゃない。
あのケイオスビーストをぶっ倒し、被害拡大を食い止めた最大の功労者。ちょっとやそっとじゃ凹まない。そうだろ?」
「確かにそうだが」
考え込んでしまった広瀬さん。
そんな彼に、三枝先生はさらにたたみかけた。
「そうやっていつまでも手をこまねいていると、助けられるものも助けられなくなる。
確かに、被験者は俺だってもっと欲しいさ。だがそれ以上に――
もしかしたら爆弾を抱えているかも知れない患者を、放置するわけにはいかねぇよ」
それを聞いて、沙織さんが顔をしかめた。
「爆弾? あたしたち、爆弾扱い??」
「はは、少し口が滑っちまったなぁ。
だがお嬢さんがた。二人とも、爆弾がさく裂した結果会社でミスったようなもんだろ?」
うぅ。それを言われると、反論できない……
そもそも私が仕事する時って、常に地雷原を無防備で歩いているような感覚だもの。
何とかやり遂げたはずの仕事にはミスが潜み、いつどこで爆発するか分からない。
終わったと思っていた仕事に実は手を付けられてなくて、期限ギリギリもしくは期限が過ぎて爆発する。
どっちの道か迷ってこっちだと判断して歩いて行ったら爆発。
そして先輩や周囲が怒り爆発……例を上げればキリがない。
何とか出来るなら、何とかしたい。いつもそう思っていた。
そんな私の背中を押すように、先生は私たち全員をじっくり眺めた。
「天木葉子、神城悠季。
須皇沙織、仁志みなと。
お前らさえOKなら、こっちはいつでも準備は出来てるぜ」
改まった先生の声色に、自然と私たちの間で緊張が高まった。
私も悠季と、沙織さんもみなと君と顔を見合わせる。
広瀬さんも言ってくれた。
「ま……色々脅しに近いことを言ったようですまない。
しかしそれだけの危険は確かにある。夫婦同士でサイコダイブを行ない、大喧嘩になって離婚した例も複数あるくらいだからな。
親子でも兄弟でも、似たような事例は発生している。むしろ普段一緒にいるからこそ、サイコダイブ後にこじれる例が多い」
気を引き締めたはずのみなと君の糸目が、その言葉でまたもふにゃふにゃになりかかってしまった。
「え、えぇえ……
決心がさらに鈍るようなこと、言わんでくださいよぉ~」
うん、結構同意。
私、心の奥底まで悠季に見られたら……
それでも悠季は、私のそばに、いてくれる?




