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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第6章 彼と彼女が「向き合う」時
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その4 仕事と心に潜む「爆弾」

 

 というわけで、数日後の夕方。

 相談の結果――

 私と沙織さんは久しぶりに、次元通行管理局、その会議室に来ていた。

 勿論、悠季とみなと君も一緒。

 広瀬管理官とはPIP進捗報告の時にたびたび会っていたけど、ちゃんと腹を割って話をするのは久しぶりかも知れない。そう、あのケイオスビースト騒動以来。



「――そうですね。

 天木さんにも須皇さんにも、ケイオスビースト討伐作戦時は非常にお世話になった。

 だからこちらも、何らかの形でご恩返しができるなら。そう思っていたところです」



 こちらの話をひと通り聞いて、広瀬さんは一旦くいっと眼鏡を直した。

 金に染めた短髪に、切れ長の眼、やや分厚い唇。いかにも堅物という印象は、以前と全く変わらない。

 悠季がここぞとばかりに畳みかける。


「なら、話は早いだろ?

 ちょっとでいいから、試させてくれよ。国内の被験者がもう少し増えればとか、あんただって言ってたじゃねぇか」

「神城。私は天木さんや須皇さんに試してほしい、とまでは言っていないぞ。

 君たちにはまだ話していなかったが、サイコダイブは相応の危険が伴う。

 人の心に入るということは、刃物で他者の内臓に切り込むのも同義。

 いや――それ以上に危険なんだ」


 え。そ、そんなに危ないことなの?

 私は思わず沙織さんと顔を見合わせる。さすがに悠季も一瞬口をつぐんだが、それでもすぐに反論した。


「だけど、他の国じゃもう使われてるところだってあるって……」

「それも、無数の失敗を重ねてようやくの話だ。

 医療技術と同様、その失敗は取り返しがつかないことも多い。地域や人種、年齢などの外的要因によっても結果は大きく違ってくる。

 この国がサイコダイブの導入を躊躇するのは、それなりの理由があるんだよ」

「でもさ」


 悠季は思わず立ち上がり、身を乗り出した。


「葉子が悩んでるなら、俺は少しでも力になりたいんだ。

 それが俺の役目だろうが!」


 あぁ……悠季はやっぱり、とても必死だ。

 私以上に私のことを考えて、何とかしようとしてくれる。私なんか、もし試させてくれるならラッキー、断られたら仕方がない……ぐらいに考えていたのに。


 そんな悠季を、じっと見据える広瀬さん。

 感情が読めない眼差し。この人の心にだけはサイコダイブしたくない……一瞬、そう思ってしまった。

 すると。



「人の心を舐めちゃいかんぜ、トサカ頭クン」



 聞きなれない声が、会議室の扉のあたりから飛んできた。

 びっくりして振り向くと、そこに立っていたのは――

 可愛い豚の描かれた真っピンクのTシャツに、蛍光グリーンの便所サンダル。履き古してよれよれのジーンズ。

 そして肩から無造作に白衣を引っかけた、中年の男性だった。

 広瀬さん以上に短く刈り込まれた髪は脱色しているのか、元の色が分からないほどに真っ白。明らかにお腹は出ているが、背丈は下手するとみなと君より小さいかも知れない。

 ぎょろりと大きく開いた黒い眼が、まっすぐに私たちを睨んでいた。

 口元は笑っているが、眼は全く笑っていない。



「他人の心を見るならば――

 同時に自分の心も見ることになる。そいつを忘れちゃなんねえよ?」



 そう言いながら白衣の男性は、堂々と会議室を横切ってどっかと広瀬さんの隣に座った。

 広瀬さんさえも彼の奇妙な迫力に慣れていないのか、ちょっとだけ焦ったように見える。


「あぁ……紹介しよう。

 彼は三枝 満(さえぐさ みつる)先生。サイコダイブの開発が始まった当初から、その研究に参加していた医師だ。

 この国ではサイコダイブに最も詳しいと言っても過言ではない」

「お、お医者さん……?」


 沙織さんが信じられないという表情で三枝先生を眺める。白衣がなければ街をうろつく元ヤンに見えかねない。


「そ。だから、あんたたちには忠告しておくぜ。

 サイコダイブは対象者と、対象者の心に入る『探索者』。その二者が必要だ――

 つまりダイブ中に対象者に異変が起これば、『探索者』にも危険が及ぶ。

 二人の精神が同時に崩壊することさえあるんだ。サイコダイブを知るなら、まずそこから頭に叩き込んでおくんだな」


 堂々と脚と腕を組みながら、へらりと嗤う三枝先生。

 それを聞いて、みなと君が早くもガクガク震えだしていた。


「うぅ。沙織さんの心はいかにもヤバそうですねぇ……

 もう今の時点で怖いですぅ」

「どーいう意味よ!」

「だって、現実の部屋さえ私がいなけりゃあんな状態でしょ?

 精神世界になったらどんなことになってるやら」

「う、うぅ……否定できない。

 でも、だったら葉子の精神世界は結構穏やかそうじゃない? 意外と楽に、ミスの原因を見つけられるかも?」



 そうだろうか。

 そんなの、自分じゃ分からない。

 自分の精神世界がどんなものかなんて――自分では分からない。

 自分の内臓は自分では直接見られないのと同じように。



「そうとも限らんぜ?」


 沙織さんにふと突っ込む三枝先生。


「俺の経験上、普段穏やかに振る舞っている人間ほど、心に鬱屈を抱えていることが多い。

 いつでも明るく朗らかだった人間が、実はとんでもないトラウマを負っていたりなんてザラだ。

 人の心なんて、本当のところは何にも分かんねぇよ」


 そう言いながら先生は、何故か悪戯っぽく私の方を見つめた。

 ぎょろっとした黒い眼球の奥は、何を考えているのか全く分からない底知れなさがある。



 ――何だろう。

 私が、何やらとてつもない鬱屈を抱えているって言いたいんだろうか。



 思わず眼をそらし、悠季を見つめてしまう。

 すると悠季も私を振り返り、唇をとがらせつつ肩を竦めた。



 ――本当に、いいんだろうか。

 悠季に私の心なんかを見せてしまって。

 先生の言葉が本当なら、私、心の中で、悠季を……



 そんな私の様子に気づいているのかいないのか。

 三枝先生はカラカラと笑いながら、広瀬さんの肩を叩いた。


「まぁ~しかし、だ。

 あんまり警戒するのも考えもんだぜ、広瀬」

「むぅ……」

「彼らはただのバディ同士じゃない。

 あのケイオスビーストをぶっ倒し、被害拡大を食い止めた最大の功労者。ちょっとやそっとじゃ凹まない。そうだろ?」

「確かにそうだが」


 考え込んでしまった広瀬さん。

 そんな彼に、三枝先生はさらにたたみかけた。


「そうやっていつまでも手をこまねいていると、助けられるものも助けられなくなる。

 確かに、被験者は俺だってもっと欲しいさ。だがそれ以上に――

 もしかしたら爆弾を抱えているかも知れない患者を、放置するわけにはいかねぇよ」


 それを聞いて、沙織さんが顔をしかめた。


「爆弾? あたしたち、爆弾扱い??」

「はは、少し口が滑っちまったなぁ。

 だがお嬢さんがた。二人とも、爆弾がさく裂した結果会社でミスったようなもんだろ?」


 うぅ。それを言われると、反論できない……

 そもそも私が仕事する時って、常に地雷原を無防備で歩いているような感覚だもの。

 何とかやり遂げたはずの仕事にはミスが潜み、いつどこで爆発するか分からない。

 終わったと思っていた仕事に実は手を付けられてなくて、期限ギリギリもしくは期限が過ぎて爆発する。

 どっちの道か迷ってこっちだと判断して歩いて行ったら爆発。

 そして先輩や周囲が怒り爆発……例を上げればキリがない。

 何とか出来るなら、何とかしたい。いつもそう思っていた。

 そんな私の背中を押すように、先生は私たち全員をじっくり眺めた。


「天木葉子、神城悠季。

 須皇沙織、仁志みなと。

 お前らさえOKなら、こっちはいつでも準備は出来てるぜ」


 改まった先生の声色に、自然と私たちの間で緊張が高まった。

 私も悠季と、沙織さんもみなと君と顔を見合わせる。

 広瀬さんも言ってくれた。


「ま……色々脅しに近いことを言ったようですまない。

 しかしそれだけの危険は確かにある。夫婦同士でサイコダイブを行ない、大喧嘩になって離婚した例も複数あるくらいだからな。

 親子でも兄弟でも、似たような事例は発生している。むしろ普段一緒にいるからこそ、サイコダイブ後にこじれる例が多い」


 気を引き締めたはずのみなと君の糸目が、その言葉でまたもふにゃふにゃになりかかってしまった。


「え、えぇえ……

 決心がさらに鈍るようなこと、言わんでくださいよぉ~」


 うん、結構同意。

 私、心の奥底まで悠季に見られたら……



 それでも悠季は、私のそばに、いてくれる?




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