その3 意外すぎる解決法?
「全く。急に飛び出すから、驚いたぜ……
どうしたんだよ? 今日のはちょいと大き目のミスだったが、全然ありえない事態ってわけじゃねぇ。気にしすぎは良くないぜ?」
いつもと変わらない、悠季の笑顔。
それを見て――心の底から、ほっとした。
大丈夫。悠季だけは大丈夫。私を見捨てたりしない。
必死で自分にそう言い聞かせ、呼吸を落ち着ける。
そうとは知らず、彼はひょいと隣のブランコに飛び乗った。
「それに、今回の件が葉子自身の問題から来るものだとしても――
解決策が全くないってわけでもないからな」
え?
思わぬ悠季の言葉に、私は顔を上げた。
「自分だけじゃ分からないことを誰にも聞かずに判断して、結果間違える。
それは葉子に限らず、この世界でも向こうの世界でも、よくあることだ。
今日管理官と話した時、たまたまそんな話題になってさ。
そういう問題って、意外と精神面での根が深いらしい。かなりのPIP対象者が、似たようなことで悩んでるみたいだぜ」
そうか。広瀬さんもそんなことを言ってたんだ……
「それでさ。俺、思ったんだ。
もし葉子が同じように悩んでいるんだったら――
サイコダイブを試してみるのも有効かも知れないって」
サイコダイブ?
初めて聞く言葉に、ぽかんとして悠季を見上げてしまう。
すると彼はふと笑みを消し、真剣な眼差しで私を見つめた。
「俺も今日初めて聞いたから、詳しいことはよく分からないけどさ。
対象者の深層心理に入って、悩みの根底にある心的外傷を解決していくって技術らしいぜ。
海外では幾つも成功例があって、既に政府が公式に導入を認めた国もあるらしい。
異世界を行き来できる次元通行の技術。それを応用してるって話だ。
確かに人の心に入り込むって、異世界に行くも同義だからな」
「ちょ、ちょっと待って」
慌てて静止する私。
突然とんでもない方向へ話が吹っ飛んでいないか。
「それってつまり、私の心に誰かが入るってこと?
心療内科のお医者さんとかが……」
「いや」
悠季は首を横に振り、どこまでも真っ直ぐ私を見据えてくる。
そのアメジストの瞳が語っていた。この言葉は決して冗談でも何でもないと。
「サイコダイブの手助けをする専門の医者は管理局にもいる。
しかし、対象者の心に入るのは――
対象者本人から、相応の信頼を置かれている人物でなけりゃ無理だそうだ」
対象者から相応の信頼を置かれている人物。
つまり、私の場合――
思わず悠季をまじまじと見つめ返してしまう。
そんな私の心を知ってか知らずか、彼は満面の笑みでウィンクさえしてみせた。
「ま、そーいうことだから。
あまり考え込まず、気軽に試してみるくらいでもいいと思うぜ?
広瀬のヤツも、国内でももう少し被験者が欲しいって本音愚痴ってたから」
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「サイコダイブ、ねぇ……
今のあたしにやってほしいくらいだわよ……うぅ、う~」
「さ、沙織さん。もうそんな過剰に落ち込まんで下さいよ」
家に帰ると待っていたのは、丸テーブルに突っ伏してくだを巻く沙織さんだった。
そんな彼女を必死で慰めているみなと君。
「もう……
自分のうっかりがホント、嫌になる。
本当にあの時は、全く気付かずに見過ごしたんだもの……警告メッセージまで出てたのに、それさえ見過ごすなんて……あたしって、ホント、馬鹿」
長い髪の毛でテーブルを拭くかのように、突っ伏したまま延々と首を振り続ける沙織さん。
そんな彼女を目の当たりにした悠季が、軽くため息をついた。
「沙織の方はうっかりミスか……
これはこれで、キツイ問題だよなぁ」
「兄さん、すんません。葉子さんだって大変だったのに……」
困り果ててしまった様子のみなと君。
どうやら沙織さんも今日、大ミスをやってしまったらしい。
みなと君の話だと――
沙織さんは今日、大量のデータチェックを任された。似たような数値の並びが延々と続く、何百何千あるか分からないデータのチェックだ。
一つ一つを見ると難しくもないチェックではあるけれど、そのチェックを何時間も続けていれば、どこかでミスや漏れが出てきてもおかしくはない。
しかし沙織さんはその中でも、絶対にミスってはいけない部分を間違えてしまったというのだ。
「沙織さんがやっちまったのって、元からかなり間違えやすい箇所なんです。その割に、ミスったら影響が大きいんスよ。
だから、システム上も警告メッセージが出るようにはなっていたんです」
「でもさ……
何度も何度も同じようなデータを入力してたら、同じ警告メッセージを何度も見て、大概の場合問題ないから同じように飛ばすことになるでしょ?
その作業しているうちに、警告メッセージ自体に慣れちゃってさ」
「本当に気づかなきゃならない異常を見逃した……というワケです」
なるほどなぁ……
それでも沙織さんのミスは、完全なうっかりミス。つまり、いつ誰がやらかしてもおかしくないミスだ。勿論、同じ状況になったら私だってやらかす可能性は高い。
だけど――私のミスは。
「沙織さんはまだいいですよ……
私なんか、おかしなデータだと分かっていたのに……やらかしたんですから。
もうちょっと踏み込んで確認する度胸さえあれば、もうちょっと機転がきけば、なかったはずのミスなんですから……うぅう」
沙織さんと全く同じように、私もテーブルに突っ伏してしまった。
沙織さんの紅い頭と、私の黒い頭。それが仲良く向かい合せになって丸テーブルを拭きまくる。
「警告が出ていたのに異常に気付かなかったあたしなんかより全然マシじゃないの」
「それはデータが大量だったし、疲れもあったと思います。
だけど私は……異常に気付いたのに誰にも相談出来なくて、自分だけで判断して……そして……」
「葉子の場合はその田中ってヤツも悪いじゃないのよ。不正確な指示で人を振り回した挙句、責任を全部葉子に押し付けてさ。
でもあたしは……データの量が過剰だったって以外は、100%自分のミスだから……」
「だけど沙織さんが私の立場だったら、多分ちゃんと確かめたじゃないですか」
「そんなの分かんないわよ。面倒がって葉子と同じく自己判断した可能性だって十分……」
「うぅ、それでも~」
愚痴愚痴言い合って慰め合う私たち。
背後で悠季とみなと君が顔を見合わせ肩を竦めるのが、手に取るように分かった。
みなと君の大きなため息が聞こえる。
「確かに……お二人とも、サイコダイブを試してみるのもアリかもですねぇ。
とはいえ私も、管理官からお話を聞いた程度ですが。兄さんもでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。
本格的に深層心理まで探るのは無理でも、原因の一端ぐらいは掴めるんじゃねぇかと思ってな。
沙織の面倒がりも整頓苦手っぷりも、もしかしたら結構根深いトコから来てる可能性もある。今回のミスだって思い当たるところあるんじゃないのか?」
悠季に指摘され、沙織さんはやっとボサボサの頭を上げた。
「……大量のデータチェックをする時って、確かに途中で集中が切れて気が散ったり、同じようなデータに慣れ切ってうっかり別のことを考えてたりする。
途中で電話や会議が入ってきたりして、強制的に集中が切れちゃうこともあるし。
多分、そういうのが重なったんだと思う……あくまであたしの場合は、ね」
呟きながら、大きく肩を落とす沙織さん。
そんな彼女を見て、みなと君がぴょんと飛び上がりつつ、ひとつ大きく手を叩いた。
「ま、皆さんお疲れのようですし! 今夜はいっちょ、ぱーっと出前でも取りましょ!
ひっさびさにピザパーティとかどうッスか? 私、奢りますんで」
「お? お前にしちゃ滅茶苦茶太っ腹じゃねぇか!」
「兄さんは銭ゲバだの何だの仰いますがね、私しゃ、使うべき時に使う男ですから。
ミス防止にはたくさん食べてたくさん寝て疲れを取る、これが一番っス!」




