その6 地獄の夜の、思わぬ「ご褒美」?
足挟さんや小山内さんと言葉をかわしていたら、いつの間にか時間は過ぎており。
最後に園内のカフェに全員集合し、軽食をとった。
これまた、いつもの飲み会と同じく地獄かと思っていたけど――
運よくまた足挟さんと小山内さんと隣同士になれたし、原口主任や礼野先輩、田中君ともだいぶ離れた席だったので、そこまで気がねすることもなく過ごすことが出来た。
トドメとばかりに全員の集合写真を撮るのだけは、本当に鬱陶しくて仕方なかったけど――
それでも何とかやり過ごし、私はようやく遊園地の門を出ることを許された。
付近の有名欧風料理店で二次会やろうなんて話が出て、私以外のほぼ全員が乗ったけど。
もうこれ以上は付き合いきれない。付き合う義理もない。
出席のノルマは果たしたはずだ。
そう思いながら、私は主任たちに別れを告げた。
ほっとしながら、駅への道を歩き出すと――
街路樹に寄り添うように、ネオンから巧みに身を隠しつつ、私を待っているスーツの人影が見えた。
他の人間は誰も気づかないけれど、私だけは気づく存在。
それは勿論――悠季。
「お疲れー、葉子。
地獄からの帰還ってとこか?」
彼はいつもの調子で微笑みながら、気さくに私の背中を叩いてくれる。
「それにしちゃ、結構大丈夫みたいじゃん?
そこまで俺、必要なかった?」
私は首を横に振る。
「ううん、そんなことない。
ありがとう、悠季」
ごくごく自然に出た『ありがとう』の言葉。
自分はしょっちゅう言っているのに、会社ではほぼ私に向けられることのない言葉。
そんな言葉と共に、私はそっと悠季に寄り添って歩き出す。
「ねぇ、悠季……
あの二人のこと、もしかして、誘導してくれた?」
「あの二人って?」
「足挟さんと小山内さん。
知ってたんでしょ、彼女たちのこと。少なくとも足挟さんは」
「ん~?
さぁねぇ。何のことやら」
悠季は軽く口笛を吹いている。何故だか機嫌が良さそうだ。
ま、いいけどね。社内で仲の良い人が出来るのは、決して悪いことじゃないし。
「それより葉子。何か気づかねぇか?」
「何って?」
「今日のこと。
お前が、本当は何に向いてるかってことだよ」
え、まさか。
悠季ってば、足挟さんや小山内さんと同じように、私が上司に向いてるとか言うつもりじゃ……!?
思わず軽く睨みつけたけど、悠季は悪戯っぽく微笑んだまま、アメジストの瞳でじっと私を見つめている。
「俺、前から思ってたんだ。
葉子は、こんな会社でいいように使われるようなヤツじゃないって」
「だから何で……」
「何でって、決まってるだろ。
弱かった俺を強くしてくれたのは、お前だからだよ」
そんな悠季の言葉に――
思わず、頬がぽうっと熱くなってしまった。
「俺やハルマを育てていた時、お前は絶対に俺たちを見捨てようとしなかった。
俺たちを見捨てて強いキャラを育てた方が楽だったろうに、お前は辛抱強く俺やハルマを育ててくれたよな。
あれと同じことが……もしかしたら、会社でも言えるかもなぁって、ちょっと思っててさ」
悠季。そう思ってくれたのなら、すごく嬉しい。
だけど――ごめん。それは、悪いけど買い被りすぎだと思う。
私は……そこまで、強い人間じゃないから。
「それは……
私が、イーグルやハルマ君を育てたい、って心から思ったからだよ。
何よりも、もう二度とイーグルを見捨てたくない。そんな気持ちがあったから」
「仮に足挟や小山内が部下になったら、お前は心から育てようとは思わないのか?
うまく育たなかったら見捨てるか?」
「そ、そうじゃないけど……」
じっと私を見つめてくる悠季の瞳。
駄目だ。心の奥底を見透かされてしまいそうで、思わず目をそらしてしまう。
悠季――
貴方はまだ知らないけど、私、貴方が思っているような人間じゃないよ。
「私がイーグルやハルマ君を育てられたのは、貴方たちが私にどんどん応えて、強くなってくれたから。
現実じゃ、そううまくいかない時も多いよ。
どれだけ教えてもうまく出来なかったり、何やってもミスったりすれば、きっと私だって……」
「俺やハルマだって、最初からうまくいったわけじゃなかっただろ」
「確かにそうだけど」
そう言ってからふと思い出したのは、礼野先輩の言動。
彼女だって、あれでも最初はとても優しく、色々教えてくれたんだ。
それでも――私のせいで、ああなってしまった。私が駄目だったせいで。
仮に私が誰かを教える立場になったとして、同じことにならないと、誰が言えよう。
目を背けた私に、それでも悠季は言ってくれた。
「それでもさ――俺は断言できる。
お前は、礼野みたいなヤツには絶対にならない。
だってお前はもう、散々いたぶられて踏みつけられる痛みを知っている。
それにお前は、自分がやられたことを関係ない誰かにやらかすようなクズじゃないからな」
そう言いながら、ぽんと軽く私の背中を叩く悠季。
……本当に、そうだろうか。
私は彼が思う程、立派な人間じゃないのに。
心のどこかで、誰にも聞こえない声で何かが囁く。
――私の本当の姿を、悠季が知ったら。
とても醜くて情けない、自分勝手で弱い姿を知ったら。
きっと悠季だって、先輩と同じように……
そんな私の心も知らず、悠季は夜空を見上げながら大仰に伸びをした。
「とはいえ――
葉子みたいな優しい奴はそう簡単に上へ行けないのが、この世の仕組みだからな。
世知辛いもんだぜ」
「い、イヤだってば。
何でいつの間に、私が上司になるみたいな話になってるの?
私、無理だからね。昔だって、無理矢理学級委員させられそうになって泣いて断ったくらいなんだから」
そう言いながら、私はさっさと悠季を追い越す勢いで歩き出そうとする――が。
突然、その右手首を音もなく掴まれてしまった。
さすが盗賊というべき素早さで私の手首を捉えた悠季。びっくりして振り返ると――
そこにはいつもと何も変わらない、悪戯っぽい微笑みがあった。
「そういえば……
遊園地、まだ開いてるよな?」
「ん?
う、うん……そうだけど?」
「なら、今からまた行こうぜ?
二人であの観覧車、一度乗ってみたかったんだ~♪」
無邪気にそう言われ、思わず頬が真っ赤になってしまった。
ていうか、また行くの? あの遊園地に? 今度は悠季と……ふ、二人で?
そ、そりゃ私だって、悠季と一緒に観覧車乗れたらって思ったことはある、あるけど!
「で、で、でも!!
もう一度入場料払うのは……」
「気にすんなって、そんな細けーこと。
なんなら、入場料チョロまかしてコッソリ二人で侵入しても……」
「それは絶対に駄目」
「う……じょ、冗談だってば。
そんな怖い顔すんなって。ごめんって!」
私の顔が本当に怖かったのか、慌てて飛びのく悠季。
それでも――
ほんのちょっとぎこちなく笑ってみせながら、私は呟いた。
「か……観覧車ぐらいなら、いいよ。
ちょうど、月も綺麗だし」
私のそんな言葉に――
悠季は、大きな眼をさらに丸く見開いた。
アメジスト色に、遊園地のネオンと月の光がほんの少し映り込み――とても綺麗だ。
その瞳が、歓喜の感情で溢れる。
「へへ。そーこなくっちゃな、葉子!
それじゃ今夜は、朝まで遊んでやろーぜ!!」
「え、ちょ、ちょっと悠季……もう!!」
私の手を取りながら、飛び跳ねるように遊園地へと向かう悠季。
その勢いで転ばないよう、慌てて走り出す私。
そんな私たちを――
美しい三日月は静かに天に佇みながら、こうこうと照らし出していた。
<番外編2・Fin>




