その4 喪女には何してもいいの?
「え……!?」
しんと静まった店内で、私と悠季は揃って声を上げてしまっていた。
ということは、本命チョコをくれた河澄さんをわざわざ仲間外れにして、他の女性たちに丁寧にお返しを配った、ってこと?
「ちょ、お前、それは……っ!!」
さすがに悠季も絶句して、岩尾君をまじまじと見つめてしまっている。
岩尾君は両拳を膝に当てながら、歯を食いしばるようにテーブルを見据えていた。
「僕だって、出来ればこんなことしたくなかった!
だけどそうでもしなければ、彼女に僕の気持ちは伝わらないと思いました。
僕がいくら逃げても分かってくれないのなら、こういう卑劣な手段を使ってでも分かってもらうしかない。
だからわざわざ、彼女からちゃんと見える位置で色々な人にクッキーを渡していたんです」
「確かに……それは、分からないでもないけど」
私が同じことをされたら、相手を刺してしまうかも知れない。
そこまでいかずとも、待ち伏せてひっぱたくぐらいのことはしてしまいそうだ。
誰だってそうする。私だってそうする。
というか――河澄さんを振る為だけに、私までが岩尾君に利用されてたってこと?
そう思った、その瞬間。
ガタンと音がして、悠季が席を立っていた。
「葉子。帰るぞ」
「え!?」
私の手首を強引に掴みながら、伝票だけ奪い取って立ち去ろうとする悠季。
私もつられて立ち上がってしまったが、そんな悠季に慌てて岩尾君が取りすがった。
「ちょ、ちょちょちょちょ待ってくださいよ神城さん!
話は最後まで聞いてくださいって!!」
「うるせぇ! 全部てめぇの自業自得だろうが!
未だにてめぇに殴りかかってないだけ、河澄はまだ有情な方だろ。
勘定だけはやってやるから、二度とこの話を俺らにするんじゃねぇ!
っていうか、離せ!!」
背後から悠季の細い腰にしっかり抱きつきながら、殆ど涙目になって彼を見上げる岩尾君。
――悠季に堂々と抱きつくなんてこと、私だって滅多にしたことないのに。
「河澄さんから何もされてないわけじゃないんですよ!
その時から彼女の態度、とんでもなく冷たくなって……」
「当たり前だ。好いた男にそんな屈辱味わわされてみろ、タマ取られたっておかしくねぇぞ!」
「仕事に支障が出るレベルなんですって!
メールなどの伝達事項がある時も、僕にだけ回してくれないこともありますし……
彼女がわざと伝達を遅らせたり、必要な書類や物品をなかなか回してくれなかったりで、僕が焦ってミスを誘発することも最近しょっちゅうで!!」
それでか。
そのせいか。最近、岩尾君のミスが増えていると言われているのは。
だけどそれは元をただせば、彼が真剣に河澄さんの気持ちと向き合わなかった結果だったのでは。
「実質別チームみたいなもんだろ、それぐらい我慢しやがれ!」
「そう、別チームみたいなものだからまだこの程度で済んでるんですよ、他の人だったら多分もっとヤバイことになってます!!」
それはそうだろう。例えばこれが河澄さんでなく藤田さんだったとしたら、あっという間にチーム内外に言いふらされ、ただでさえゼロに近かった岩尾君の立場が消え失せてしまうのは目に見えている。
河澄さんがチーム内別チームみたいな立ち位置だったからこそ――
そして、目立たない物静かな人だったからこそ、岩尾君も人でなしな対応が可能だった。
自分は被害者みたいな顔をしながら、やりたくないんだ仕方ないんだと言いながら、相手の立場の弱ささえ利用して、恐るべき手段でその想いを裏切る――
河澄さんの気持ちを考えると、胸が痛くなる。
好きな男子に思い切って告白したにも関わらず、1カ月ものらりくらりと逃げ回られた上に、自分にだけはお返しが回ってこないと知った時の彼女の屈辱は、どれほどのものだったろう。
周囲の女子が「きゃー、私にまで岩尾君がクッキーくれたよ!? 私何もしてなかったのに!」と大騒ぎしている声を、ずっとパソコン画面に向かい作業を続けながら聞いていた彼女の気持ちは。
この問題は、一方的にどちらかが悪いと決められるものではない。
強いて言うなら――
そのような行為をさせるに至るまで岩尾君を追いつめた職場環境が悪いとしか、言いようがない。
それが何となく分かっているのか。悠季は彼をふりほどこうとしつつも、少しだけ思い直したようにため息をついた。
「河澄にも勿論問題はあるが、お前にも問題大ありってのを自覚しろよ。
未だに表面上は普通のツラして仕事続けてられるのが不思議だぜ……」
「嫌われるのは覚悟で、むしろそれが目的でやったことです。
これだけのことをすれば、彼女は間違いなく僕を諦めてくれるに違いない。そう思ったんですが……
嫌われるだけならまだしも、業務上の嫌がらせが発生するのは本当に参りまして。
しかもストーカー行為も、以前より激しくなってきましたし」
「そりゃそうだろ。
本命のチョコを贈ったのに自分だけホワイトデーにハブられたのは何故か、はっきりと理由を聞きたい。そう思って追いかけたくなるのは当然だろうが」
「それぐらい、大人なんだから分かってくれるはずだと……思ってたんですけど」
「何も言わなくても通じるのが大人だと思ってるなら、そりゃ大間違いだぜ」
「うぅ……そんなこと言わないで下さいよぉ」
呆れ果てたように大きく肩を落とす悠季に、なおもしがみついている岩尾君。
最早悠季の背中にべったりと顔を埋めるような形になっている。いくら男同士とはいえ、若干ムカついた。
「悠季、ちょっと落ち着こうよ。
二人とも、座って」
そんな私の言葉に、二人は大人しく元の席に戻った。
私だって岩尾君のやったことは受け入れがたい。河澄さんがやったことも公私混同極まりないが、そこまで怒らせても仕方がない行為だと思う。
その点は悠季と全く同意見だ。
自分の眼差しが大分冷たくなっていると自覚しながら、私は岩尾君にアドバイスしてみた。
「ちゃんと河澄さんに謝って、自分の気持ちを伝えるしかないんじゃないかな。
申し訳ないけど、今は仕事で精一杯なので、って」
悠季も私の言葉に乗ってくる。
「そうそう。嘘も方便だ、彼女がいるからって言ってみてもいいんじゃねぇか。
少なくとも、ホワイトデーに無駄に手間かけて河澄一人をハブるよりは、全然マシだと思うぜ?」
可哀想に、岩尾君は犬のようにうなだれながら、一層小さくなっている。
「だけど……
僕、その通りのことを一度言っちゃったんですよ。
仕事が精一杯で、彼女を作る暇もないって。まだ河澄さんと普通にお喋りしていた頃に」
はぁ……
どこまで間の悪い人なんだろう。私も悠季もほぼ同時にため息をついてしまった。
しかし、その時。
「あ!
でも、思い出しました。
彼女ではないですが、僕、ついこの間、滅茶滅茶好きな娘が出来たんですよ。
そのことでも実は今日、神城さんに相談しようと思ってたんです!」
俄かに目を輝かせて、懐からスマホを取り出す岩尾君。
「ほら、この娘ですこの娘!
少し前の震災関連で、SNSでも滅茶苦茶話題になってたでしょ?」
自慢げに彼は、その画面を私たちに見せてくれたが――
それを見た瞬間、私も悠季も完全に凝固してしまった。
何故ならその画像は――
あの災厄の日の、雷霆湖で。
術の全てを封じられ負傷し、完全に孤立無援の状態となりながらも、決死の覚悟でスレイヴらに立ち向かい――
必殺技のロッソ・スカルラットを炸裂させた瞬間の神城悠季、その人だったから。




