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解雇寸前だけど、推しに補佐されながら立ち直ります!  作者: kayako
第5章 こんなの「ハーレム」なんて言わない
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その3 職場を地獄に変えるチョコ

 

「その、問題の彼女はチーム内でも目立たない人でした。

 というか、いつもチームの中では少し離れて仕事をしている人だったんです」

「というと?」

「入金管理チームは、メインの取引先となる大企業の契約を主に扱っていますが――

 その中でも、書類の取扱いなどが他と違って難しい得意先がありまして。

 そういう契約を主に扱っているのが、彼女のチームなんです。

 通常は二人いるんですが、一人が育休で不在なので、今は実質彼女一人ですね」

「へぇ、なるほどな。

 つまり、チーム内の別チームみたいなもんか」

「だから彼女、僕たちと一緒に仕事をすることは殆どなかったんです。

 忙しいしお酒が駄目だからと、飲み会も殆ど断っている人で……

 他と違って、すごく落ち着いた人だなって、最初は思ってました」


 悠季がコーヒーを一口啜りながら、静かに尋ねる。

「ちなみに、名前は?」


 一瞬、私はびくりと肩を震わせた。

 藤田さんの名前が出てきやしないかと、ほんの少し身体が強張ったが――

 岩尾君の口から飛び出した名は、私もよく知らない人のものだった。


「河澄さんです」


 急いでその名を脳内データベースで検索してみたが、悠季の反応の方が遥かに早かった。


「河澄……

 いつも壁際で、ひっそり作業してるあいつか」


 そう。オフィスの殆どの人間に対して背を向けるような位置の壁際で、常にパソコンに向き合っているかのような印象の女性。

 度の強い眼鏡をかけており、長い髪を後ろでひっつめにしている。

 年齢がよく分からないレベルで肌が白く、すごく物静かで真面目そうで、ベテランらしい貫禄もある。

 そんな彼女が――どうして?


「あの女が、お前のストーカーを?

 なんか、腑に落ちねぇな……」


 天井を見上げながら、悠季はじっと腕組みしつつ考え込む。

 そして、何か思いついたように尋ねた。


「この世界は、2月がその、バレンタインとかいう祭りで……

 女が好きな男にチョコをあげるとかいう話だったよな。

 3月になると確か、そのお返しで男が女にクッキーをあげるとか。

 ホワイトデー、だったっけ」

「そうです。

 さすが神城さん、ちゃんとこちらの世界の行事も把握してらっしゃるんですね!」


 ぽんと手を叩く岩尾君。

 しかしすぐに肩を落として、思い出したくないように首を振る。


「ただ……僕の場合、義理チョコと称して大量の安いチョコをチーム全員から山のように押し付けられましたけどね」

「義理チョコ?」


 さすがにそこまでの知識は、高次記憶伝播術でもインプット出来なかったのか。

 悠季はまたもやコテンと首を傾げる。


「あぁ、女性がチョコを贈る相手は、別に意中の相手だけじゃないんですよ。

 お世話になっている職場の先輩とか上司とか部下とか、家族に贈る場合もあります。

 だいたいそういうチョコは、本命相手のそれより遥かに安価だったりする。

 そういうチョコが、いわゆる義理チョコと言われてるんです」

「へ……へぇ~~?」


 悠季の顔が、半笑いのまま引きつりだす。

 言葉は分かるが、意味が納得出来ない。そんな表情。


「そして……恐ろしいことにですね。

 義理チョコを貰った場合でも、ホワイトデーにはお返しを要求されるんです」

「へ?」

「表立っての要求こそないですが、無言の圧という奴ですね。

 ホワイトデーになると、朝っぱらから感じるんですよ。オフィス全体から、お返しはまだかっていう空気が。

 入社1年目のホワイトデーなんかもう、ちょっとしたホラーでした」


 案の定、悠季は前髪をぐしゃぐしゃとかきむしりながら呻きだしていた。


「あ~~、何だそれ!? メンッドくせぇ!!

 何でそんな行事が職場でもあるんだよ。ただでさえ仕事でいっぱいいっぱいなのに、そんなことにまで気を遣わなきゃなんねぇのか。

 そこでしくじったら、人間関係崩壊しかねないんじゃ……」


 岩尾君はそんな悠季をじっと見つめながら、一口コーヒーを啜る。


「神城さんも他人事じゃないですよ?

 2月になったらきっと、義理チョコが大量に貴方の元へと」

「いらねーよ!

 俺は葉子以外からは絶対受け取らねーからな! お返しとやらも葉子以外にはするつもりねぇ!!」


 悠季――そう言ってくれるのは本当に嬉しい。

 だけどね。


「それじゃ、悠季。沙織さんから貰っても拒否するの?

 そういうわけにはいかないでしょ」

「あ。

 いや、それは……その……」

「例え義理チョコだって、そこには職場の人たちの感謝の想いがこめられているの。

 それを無下に拒否するのは、とても難しいよ」

「だったら……

 職場全体でそういうの、禁止に出来ねぇのか」

「元々ウチの職場は虚礼廃止で、年賀状やお歳暮などのやり取りは禁止されてる。

 でも、バレンタインやホワイトデーのやり取りは、どういうわけか見逃されてるんだよね。

 抜け駆けする人が多いせいかな」

「葉子が知らないだけで、実は年賀状や歳暮とやらもこっそりやってる奴はいるのかもな」


 う。それはあるかも……

 でも、今回の河澄さんと今の話、何の関係があるんだろう。

 そんな私の疑問に答えるように、岩尾君はぽつぽつと話し始めた。


「話を戻すとですね……

 今年の2月に河澄さんからチョコを頂いて、同時に僕……

 本気です、って言われたんですよ」


 うわぁ。

 完全に告白じゃないか。


「僕には勿論そのつもりはなかったし、彼女はあくまで同僚の一人にすぎなかった。

 その時の僕は、情けないですが、はっきりとは答えられなくて。

 どうしようか迷っている間に、彼女は走り去ってしまったんです。多分、恥ずかしかったんでしょうね。

 それを皮切りに、彼女はどんどん僕に接近しようとして。

 彼女が本気だっていうのはもう分かっていたので、僕は何とか逃げ回っていたんです……」


 逃げ回っていた?

 彼女に自分の気持ちを、伝えることもせずに?

 そんな私の疑問を、悠季が代弁してくれた。


「逃げ回るだけじゃなく、ちゃんと伝えたらどうなんだ?

 僕は貴方とお付き合いするつもりはない、と」


 岩尾君はため息をつきながら、さらに肩を落とす。


「勿論、それは考えました。

 だけど、その時点で僕はもう、怖かったんですよ。

 乗る車輛や時間帯をどれほど変えても現れる彼女も怖かったし、自宅までついてこられたらと思うと、気が気じゃありませんでした。

 それに、直接彼女に気持ちを伝えて、ただでさえ複雑な職場の人間関係がさらに滅茶苦茶になるのが、怖かった。

 でも、結論から言えば……神城さんの言うとおりでした」


 女性だらけの職場の中、岩尾君のストレスは半端じゃないだろうとは思っていたけれど。

 まさか、そんな事態になっていたとは。全く気づかなかった。

 藤田さんからも、河澄さんの話は出たことなかったし。


「……なるほどな。

 それで? 3月のホワイトデーの時は、どうしたんだ」


 悠季が先を促すと、岩尾君は一旦ごくりと唾を呑み込んだ。

 そして、非常に言いづらそうに顔をしかめる。


「僕は、ずっと考えてました。

 その気がないことを、何とか河澄さんに伝える方法はないかって。

 相手がストーカーまがいのことをしてくる以上、面と向かって1対1で話したのでは、こじれる危険もあると思いました。

 それで……僕、ホワイトデーを利用したんです」


 利用した?

 それって、どういう……?

 首を傾げた私に、岩尾君はそっと視線を向けた。


「天木さん、覚えてません?

 今年の3月、ホワイトデーに僕、天木さんにもクッキーをお渡ししたこと」

「え?

 あ、あぁ! そういえば!!」


 今更思い出した。

 岩尾君がホワイトデーの日、チームの人たちは勿論、チーム外の女性にまでクッキーを配っていたことを。

 私は、彼に義理チョコすら渡していなかったのにも関わらず、だ。

 その時は、ものすごく色々気を遣う人なんだなぁと思っただけだったけど――


 彼の口から明かされたのは、とんでもない事実。



「僕はその時、オフィスの女性全員に、お返しのクッキーを配りました。

 河澄さん一人を除く、全員に」


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