その33 「光の聖女」の正体は?
葉子が、目覚めない。
あまりの現実に、悠季はいつしか葉子に覆いかぶさるように両肩を掴んでしまっていた。
どれだけ強く揺さぶっても、どれほど大声で呼びかけても、葉子の眼は開かない。
脈はある。呼吸も停まっていない。心音も聞こえる。しかし――
そんな二人を見かねたように、声をかけるみなと。
「兄さん……
ダメなんス。さっきから何度も先生も私もお二人を呼んでいたんですが、起きられたのは兄さんだけで」
「俺が大丈夫なら、葉子だって大丈夫なはずだろ。何で!!」
自分でも我を失いかけている。そう感じながら、それでも葉子を揺さぶり続ける悠季。
そんな彼を、三枝が後ろから強引に引き戻した。猫でも掴むように首根っこを引っ張って。
「落ち着けよ。
こちらから何度呼びかけても駄目だった。お前の声でも今は無理だろうぜ」
「じゃあ……
じゃあ、どうすりゃいいんだよ!? 俺のせいで……
俺のダイブがうまくいかなかったせいで、葉子が……!!」
「だから落ち着けっての」
そのまま三枝は悠季の頬を、思い切りつねり上げる。
結構な痛みに、悠季はろくな口答えすら許されなかった。
「い、イテ……イチチ、お、てめ……!」
「とにかく今は、広瀬と対策会議だ。
いいか、神城。お前が深層で見たこと、可能な限り話すんだ。
お前の言ってたベレトが間違いなく絡んでいるし――
彼女を目覚めさせる鍵も、確実にある。お前が見た、天木葉子の世界のどこかに!」
******
1時間後――次元管理局・会議室。
「今の天木さんは、触れてほしくなかった深層心理まで強引に探られ、心を閉ざした状態
……というわけか。
そこまでの深層に神城が入っていけてしまった理由は、恐らく――」
事情をひと通り把握した広瀬が、腕組みしながらため息をつく。
三枝がちらりと悠季を横目で眺めつつ補足した。
「ベレトの誘導によるものだろう。
本来あの深層は、神城と天木葉子の今の状態では行けない場所だ。というか、滅茶苦茶に仲のいい夫婦や家族であっても、行くことは非常に困難な領域と言われている」
「ベレト……というかスレイヴは、神城を利用して天木さんの心の奥深くまでを支配し、神城もろとも天木さんを潰そうとしているということか。
その真意は不明だが、起こっている事実から判断するとそう解釈するのが妥当だな」
「要は、天木葉子が墓の中まで隠しておきたい秘密を封じ込めておいた場所――
そんな領域にベレトは無理矢理、神城という他人を連れ込んじまったんだよ」
広瀬と三枝の会話で、悠季は思い出す。あの炎の魔女――
他人を信用せず、悠季さえも利用して自立に執着する魔女。あれが、葉子が一番隠したかった自分の心なのか。
本来ならば絶対禁忌の領域に、図らずも悠季が侵入してしまったが為に、葉子は意識を失った。
それも――炎の魔女の特徴から考えて、恐らく葉子が『悠季にだけは』最も見せたくなかった領域に。
みなとが呟く。
「兄さんの言った、『光の聖女』。
それがもしかして、葉子さんを眠らせちまった原因だったりするんスかね?」
この場にいる全員に悠季は、魔女たちや光の聖女の存在は話していた。勿論、魔女たちがぶちまけた本音は何とか巧妙に隠し通してだが。
みなとと三枝は揃って顔を見合わせた。
「それにしても……5人の魔女っスか。
勿論、沙織さんの心にも似たような存在は結構いましたけど――
さすがに、兄さんが参るほどドロッドロのもんは見なかったというか、見られなかったスね」
「それが当然なんだよ、通常のサイコダイブではな。
それほどの深層に意図せず行きついちまったんだ、神城は。
どんな本音をぶちまけられたかまでは聞かんが、その『炎の魔女』には滅茶苦茶にヤラれたんだろ? 今までの信頼がぶち壊れるレベルで」
あまりの現実を前に、肩を落としてうつむくしかない悠季。
自分のせいで、自分がサイコダイブに失敗したせいで、葉子は人事不省となった。
しかもそれが、自分かかつてその命を絶った親友の手によるものだったなんて――
そうとしか解釈出来ない状況だ。とても三枝のように飄々とは捉えられない。
「……すまねぇ。
それ以上は、何があっても話せない」
「いいって。だいたい想像はつく」
三枝は一度深く息を吸い込んでから、改めて悠季を見据えた。
「神城。一つ忘れちゃなんねぇのは、炎の魔女だけが天木葉子の本心じゃねぇってことだ。
確かにその魔女は天木葉子の一部でもある。だが、それが全部じゃない」
反射的に思い出したのは、突如現れて悠季を救った、風の魔女の言葉。
――あたしが本当にそんな性格だったら、そもそもイーグルを助け出そうとするわけ、ないじゃん!!
考えてみれば、葉子の世界に登場した魔女は全員違っていた。
性的欲求を露わにする水の魔女。
社会への同調を重んじる土の魔女。
未来に絶望しきっていた闇の魔女。
自堕落な風の魔女。
自立の為ならどんな犠牲も厭わない、炎の魔女。
どの魔女も、葉子を構成する非常に大事な存在だ。
どの魔女が欠けても、葉子は葉子でなくなってしまう。
それは魔女たちとの触れ合いや衝突を通じて、悠季も何となく理解していた。
だとしたら――
魔女たちが求める、『光の聖女』とは何なのか。
そもそも『光の聖女』への反応も、魔女たちはそれぞれで違っていた。
土の魔女は必死で求めていたが、水の魔女についてはよく分からない。
風の魔女は面倒がっているようにしか思えない。
闇の魔女は冷笑していただけ。
炎の魔女は存在自体を信じていないのに、剣を抜くことに執着していた。
魔女たちは全員何らかの形で『光の聖女』に対する思惑はあるのだろう。それが過剰な信頼か、徹底した不信かは別として。
一番強く信じているのは間違いなく土の魔女だ。彼女の力は葉子の中でも非常に強いのだろう――
一撃で水の魔女を叩きのめすし、風の魔女を押さえつけるのは日常茶飯事らしいし、闇の魔女からははっきり嫌われ、炎の魔女からさえ恐れられている。
そして土の魔女は、葉子の現実の性格にも一番近いように思える。他の魔女たちの暴走、つまり他の欲求をひたすらに抑え込み、現実社会と迎合するよう形作られた性質。
そんな彼女が信じ求めるものが、『光の聖女』。
自立して一人でも生きていける、完璧な人間。
悠季にしてみれば、そんなものは夢物語だとしか言いようがないが。
葉子が幼い日に経験したという成功体験らしきものを考えれば、信じてしまうのも無理はないと言える。
手元のノートPCを眺めながら、三枝はさらに分析していた。
「『光の聖女』か――
それが恐らく、天木葉子の最深部に通じる鍵。糸目の言う通り、彼女を眠らせた原因でもあるんだろうな。
だが同時に、彼女を目覚めさせる鍵でもある。その周辺で、多分ベレトも待っている」
「えっ!?」
悠季は勿論、みなともぱっと顔を上げた。
「ってことは、『光の聖女』を探し当てて改めてきちんと調べれば、葉子さんは戻ってくるんですかい!?」
「絶対じゃないが、可能性は高い。
少なくとも、何もせず時間経過を待つよりはずっといい解決策だろうよ」
「だ、だけど!」
三枝の言葉に、悠季は思わず立ち上がってしまう。
「待てよ。さっきも言った通り、『光の聖女』にたどり着くには剣を抜かなきゃならない。
俺も抜こうとしたけど、葉子自身に思い切り拒絶されて無理だった。
あれは葉子本人にしか抜けないんだろうし、他の奴が抜こうとしても徹底的に拒否されるし、それでも無理に抜こうとしたら葉子が今度こそ本当に壊れちまうんだろう。
剣に触れた時、俺はそんな気がした」
「兄さんの勘なら……そりゃ多分間違いないんでしょうね。
でも、だったらどうすりゃ……」
肩を落として考え込んでしまうみなと。
しかしその時、改めて三枝が悠季を見据えた。
「神城。
何故、お前が拒絶されたと思う?」




