その29 結局「あんた」も、私を見捨てるんだね
一瞬魔女の言葉の意味が掴めず、悠季は戸惑った。
「ちょっと待てよ。
何で俺がこの剣を? 本来、葉子が自分で……」
それを遮り、魔女は当然のように言い放つ。
「さっきも説明したでしょ。私一人じゃ、どうやっても強くはなれなかった。
どんなに頑張っても、誰一人私を認めてくれなかった。
だけど、一人じゃ無理でも、二人だったらどこまでも強くなれる。
だから、悠季に抜いてほしいんだ。私の、心の剣を!」
そう言われて、悠季は改めて剣を見つめた。
嫌な予感がする。
――葉子自身ではない俺が不用意にこの剣を抜いてしまえば、一体葉子に何が起こるのか。
剣は全てを拒絶するかのように禍々しい光を放ちながら、静かに突き刺さっている。まるで悠季の不安を見透かすかのように。
「俺が抜いてどうするんだよ。そもそも『光の聖女』の存在さえ、お前は疑ってたんじゃないのか。
聖女がいないんだったら、剣を抜く必要なんてない。この世界に何が起こるかも分からないのに、俺が勝手に抜いちまうわけにはいかないだろ」
そんな悠季の言葉に、魔女はほんの少しだけ失望の色を見せた。
「悠季――
私と貴方は、二人で強くなってきたでしょう?
貴方が強くなってくれる限り、私もどこまでも強くなれる。そうやって、私も貴方も強くなってきた。そうでしょ?」
「そうだけど!」
「光の聖女はいなくても、剣はここにある。
これは、私が強くなる為の剣なの。この剣さえ抜けば、私はきっとどこまでも強くなれる。
本来あるべき自分になれる!」
そんな魔女の言葉に呼応するが如く、ギラギラと光を放つ剣。
「もう、仕事でミスなんかしない。先輩やみんなにバカにされることもない。
親からだって認められる。誰にも脅かされることなんてない。
自立した人間になれるはずなの。だから、ねっ?」
魔女はにっこり微笑み、悠季の背中をそっと押す。
いいのか。大丈夫か。
悠季は何となくあと一歩を躊躇っていたが、背後の魔女の笑顔は退くことを決して許さないように思えた。
――仕方ねぇ。
ここで何もしなかったら、何も進まないだろ。
そう腹を決めた悠季は思い切り深呼吸し、剣に右手を伸ばす。
しかし触れようとしただけで、柄から放射された光がバチッと音をたて、その手を弾き飛ばした。
「……ぐっ!?」
まるで電気を喰らったような衝撃が、肘までを強く痺れさせる。
同時に脳裏に流れ込んできたものは、叫び。
――嫌。いや。イヤ……!
駄目。やめて。私、こんなの嫌……!
間違いない。これは、葉子の声。葉子の悲鳴だ。
これ以上踏み込まれるのを、強く拒んでいる。
――来ないで。
貴方は絶対に、これ以上来ないで!
本当の自分なんか見せたら、貴方は……!!
叫びと共に、剣から放たれる光は加速度的にその勢いを増していく。
そのさまはまるで、誰をも寄せ付けぬ雷を一斉に放射しているようにさえ見えた。
――何も見せたくない。
こんなところ、誰にも見せたくなかったのに!!
あまりに悲痛に響きわたる叫び。
これは――どうやっても、無理だ。
そう判断した悠季はすぐさま、背後の魔女を振り返る。
「こいつはヤバイぜ……
とりあえず、葉子。一時撤退だ」
「えっ? どうして??」
すぐ後ろで悠季の背広をさりげなく掴みながら、きょとんと首を傾げる魔女。
何言ってる、この剣の状態が見えないのか。葉子の叫びが聞こえなかったのか。
そう怒鳴りそうになったが、何とかこらえた。
「見てみろよ、この剣を。とても触れる状態じゃねぇ。
葉子は明らかに嫌がってる。剣を抜かれることを」
「だからって、剣を抜いちゃ駄目ってことにはならないでしょ?」
「駄目というか、無理だって。少なくとも、葉子自身が納得しない限りは!」
「葉子は、私だよ? 葉子の中の弱さが、本当の自分になるのを拒絶してるだけ。
どんなに痛くても苦しくても、弱さを克服して剣を抜かなきゃ。
悠季だって、そうして強くなってきたんでしょ?」
「俺と葉子は違う!!」
思わず口走る悠季。
自分が強くなった方法で、葉子も強くなれるとは限らない。それに――
自分が『奴』に強くさせられた方法は、酷いリスクも伴った。『奴』の実験で、どれだけの子供が酷く苦しみ、殺されていったか分からない。
俺はあの地獄で、たまたま生き残れただけの話だ。
しかし魔女は少しだけ眉を顰めながら、それでも悠季の背中を押していく。
「私と貴方は同じだよ?
私と貴方は二人で一人。ケイオスビーストとの戦いでも分かったでしょ?
だから、大丈夫。悠季が剣を抜いてくれるなら、私、もっと強くなれるよ!」
だが悠季はもう決して、首を縦には振れなかった。
無理矢理この剣を引き抜くのは、葉子の心を破壊し、尊厳を踏みにじるに等しい。
確証はないが、そんな気がした。
――もしやベレトが、そうさせるように仕向けているのか。
スレイヴと化してしまったベレトが、葉子を壊そうとして。
だったらなおのこと、ここで強引に剣を抜くわけにはいかない。
葉子の為にも……ベレトの為にも。
「なぁ、葉子。
俺は別に、剣を抜くなと言ってるわけじゃねぇ。
光の聖女を見つける為に、他の魔女たちも頑張ってるんだろ? あいつらと話し合ったら、他にも色々な方法が見つかるかも知れない。本当の自分になる方法が。
何も今、無理矢理やらなくったって――」
悠季は魔女を見据え、必死で説得を繰り返す。
しかし。
魔女の笑顔が、ふっと消えた。
まるで仮面のように、あっけなく剥がれ落ちる微笑み。
そのかわりに紅の瞳に宿ったものは、どこまでも冷たく相手を射抜く氷の眼差し。
葉子の中にこんな冷たさが宿っていたこと自体が信じられないほど、その視線はどこまでも冷酷に、悠季を見下げ
――悠季を、侮蔑していた。
そして、その唇から漏れた言葉は。
「あぁ、そう。
結局あんたも、私を見捨てるんだね?
だから田中のゲス野郎からも、助けてくれなかったんだ?」




