その30 私を助けてくれないのなら
「――えっ?」
一瞬魔女の言葉を信じられず、茫然としてしまう悠季。
その隙に魔女は思い切り、彼を突き飛ばした。まだバチバチと激しい光を放つ剣へ。
同時に悠季と魔女の間に、ガラスにも似た半透明の壁が一瞬で生成された。
「おい! 葉子っ!!」
悠季がどれほど叩いても、その壁はびくともしない。
その向こうで、魔女はそっと片手を伸ばす。その指先に宿るものは、どこまでも冷たく青い炎。
「あんたが剣を抜いてくれないなら。
無理にでも、私の一部になってもらうよ」
先ほどまでの可愛い声が信じられないほどの、凄味のこもった低い声。
魔女の指先で、青い炎が大きく揺らめく。
その瞬間、激しい電撃が悠季の背中をうった。
「ぐっ……!!?」
酷い衝撃と共に、壁の前でなぎ倒される悠季の身体。
それは勿論、剣から放射される無数の雷だった。
しかも一瞬だけでは終わらず、怒りの雷光は何度も何度も悠季を撃ち続ける。
「あ……ぐ……あぁああぁあっ!!」
同時に脳裏を駆け巡るものは、葉子の叫び。
――嫌、嫌、嫌、嫌ぁああああああっ!!
踏み込まないで! これ以上、何も見ないで! 聞かないで!
お願い、私を見ないで……言葉を聞かないで!!
まずい。
こいつは、ケイオスビーストの攻撃なんかよりもずっとキツイ……!!
悠季はとても立ちあがれず、そのまま壁の前で崩れ落ちてしまう。
その眼前に迫るものは、魔女の黒いブーツの爪先。
「私、言ったよね?
私がどんなにダメなヤツだって、悠季は私の味方でいてくれる。
だから私は、どんな悠季だって受け入れるって。
でも――」
倒れた悠季を見降ろすものは、ガラス玉のように感情を伴わない魔女の瞳。
荒ぶる雷はより激しく、悠季を撃ち続ける。その先の言葉を聞かせまいとするように。
それでも魔女の言葉は、残酷なまでに悠季の耳に届いた。届いてしまった。
「あんたが私を受け入れてくれないなら、話は別。
私を助けてくれないのなら、あんたなんかいらない」
あまりにも冷酷な宣言だった。
葉子の言葉とも、葉子の心から発せられた言葉とも思えない。
何かの間違いだ。サイコダイブの過程で狂いが生じたか、もしくは――
そう思い込もうとした悠季を、魔女の言葉がさらに抉る。
「私を救ってくれないのなら。
あんたなんて、ただのクッソ弱いコソ泥でしかないよね?
しかも、親友を殺した大犯罪者。クズでしかない!」
到底、信じられなかった。信じたくなかった。
その言葉の一つ一つが、鋭い氷の刃となって悠季の心を引き裂いていく。
「何言ってるんだ、葉子!
目を覚ませ。何かに操られているのなら――あうっ!?」
しかしそう叫ぼうとした悠季の言葉さえも、雷撃に邪魔されてしまう。
最早悠季の周囲は光の渦に包まれ、その全てが彼を攻撃していると言っても過言ではなかった。
荒れ狂う光に焼かれ、服ごと肌を引きちぎられ、全身ボロボロになっていく悠季。
そんな彼を、魔女はガラスの向こうで面白そうに眺めていた。嘲笑すら浮かべて。
「ね~え、悠季。
あんたが私を助けてくれるから、私はあんたを受け入れようと思ったの。
だって悠季は私の相棒。どこまでだって私の味方で、どこまでだって私を受け入れてくれて、どんなことがあっても私を助けてくれるもの!!」
「ぐ……あぁ……よ、葉……っ!!」
――やめて。
お願い、何も聞かないで。何も見ないで。
そんな葉子の悲鳴が、悠季の中でさらに反響し続ける。頭蓋骨を叩き割らんばかりに。
それでも何故か魔女の言葉は、より鮮明に悠季の耳へと響いていく。
「だってあんたは、私のことだけを見てくれるし。
今までだって、これからだって、ずっと私の為だけになんでもしてくれるもの。
あんたって、私にとって、滅茶苦茶都合がいいんだよ?」
呪いのように呟きつづける魔女。
言葉とは裏腹に、再び彼女は元の満面の笑顔を張り付けていた。
「だって悠季さえいれば、私、あの実家に戻されることないもの。
当面は生活の心配もないし、腐った先輩や上司からは守ってくれるし。
もしクビになったって、きっとついてきてくれるんでしょ?
私が怠けてたい時はご飯も作ってくれるし、洗濯も掃除も完璧だし!
その上結構イケメンだし、しかも他のクズ女からはろくに姿が見えないから浮気の心配もない。
そんなあんたと結婚出来れば、親も満足するでしょ? お給料、相当良さそうだしね?」
にっこり微笑んだその唇から、悪魔の言葉が吐き出される。
「そんな都合のいい存在、見捨てるわけないじゃない?
どんなクズ野郎だったとしたって」
嘘だ。
葉子は絶対に、そんな奴じゃない。もし本当にそうだとしても――
思わず叫びかけた悠季を、魔女の言葉はさらに叩きのめす。
「――そう。
だから私は、毅とだってあそこまで辛抱強く付き合ったんだよ?
あいつと付き合ってれば、当面は親から愚痴られることもなかったから。
自立してない駄目女とか、罵られることもなかったから。
どんなに自分が仕事出来なくても、毅が医者になれば何とかなるって思ってたから。
――それでも、あそこまでのクズとは思わなかったけどさ」
毅に対してはありったけの憎悪をこめて吐き出される、魔女の呟き。
そこには殺意さえ込められていたが、すぐに魔女はニコニコ笑顔に戻る。
「でも、もっともっと都合のいい存在のあんたが、都合よく毅からも実家からも私を助けてくれた。
乗り換えないわけ、ないよねぇ?」
その時ふっと、魔女と悠季を隔てていたガラス壁が消えた。
同時に剣からの雷撃もやみ、どさりとその場に倒れこむ悠季。電撃によって破られた服の裂け目から、黒煙がぷすぷすと上がっている。焼け焦げた皮膚から血が滲み、ワイシャツを赤黒く汚していた。
しかしそんな彼の髪を、魔女は容赦なく掴んで顔を引きずり上げた。
「だから私、悠季のこと、だぁいすきだったのにさ。
何で今、助けてくれないの?」
ドガッ。
黒いブーツの先端で、思い切り蹴り上げられる腹。
「ぐ……よう……っ!!」
「あんた、こないだだって――
私を助けてくれなかったよね?
私が田中のクズ野郎にパワハラされてたのに、なんで助けてくれなかったの?
私があいつらからどれだけパワハラ喰らってたか、あんたは間近でいつも見ていたくせに。
私を助けてくれないあんたなんて、ただの邪魔者。ゴミでしかない!」
そう指摘され、悠季は思い出す。
そもそもこのサイコダイブを始めるきっかけとなった、葉子のミス。
あれは確かに田中の言動も酷かったが、確認を怠った葉子の非が大きかったのは間違いない。だからこそ悠季も葉子を庇えなかった。
今回だけではない。悠季だって、闇雲に葉子を常時庇うわけではない。
彼女に落ち度がある場合はしっかりそこを指摘し、どうすれば改善するのかを共に考える。
それが相棒の役目であり、本当に葉子を助けることになると判断したから。
――なのに。
それが、ゴミ、か。




