ゼロでも戦う理由
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僕は部屋に戻り、ベットの上でカードデッキを眺めた。
「僕の……欠陥か」
レイスとなったことで力を得た。けど、その力は本物の魔術師には遠く及ばない。
原因はわかっている。魔札の作成技術が向上しても、それを使うだけの魔力量が足りてないのだ。
『限界なき意思の剣』も『その刃は燎原の如く』も強力な魔法だ。けれど、どんなに強い魔法を持っていても使いこなせないんじゃ……その力の真価を引き出せないんじゃ意味がない。
持久戦では勝ち目のないエセ魔術師……それが今の僕だ。
魔力量を増やす方法はある。桐生さんの死霊魔法の恩恵を受けることだ。だけど僕は力よりも想いを大切にすると決めたんだ。この選択を曲げるつもりはない。ならば今自分にできることで創意工夫するしかない。
今の僕が使いこなせる魔法はせいぜいBランク程度。Bランクの魔法を新しく生み出しても……Aランク魔法である『限界なき意思の剣』の下位互換になるだけだ。創っても役に立たない魔法になるのが目に見える。
「できるのは……足りないカードの補充くらいか」
僕はケースから白紙のカードを引き抜き力をこめる。
そんな折だった。部屋にノックの音が鳴りはためいたのは。
慌てて注力をやめ、ドアを開ける。そこにいたのは……桐生さんだった。
「話……あるの。いいかな?」
「あ、うん」
無下に断る理由がなかった僕は彼女を招き入れる。あれ以来どう接していいかわからなかったが……桐生さんからきてくれたのは好都合だ。もしかしたら愛梨彩と和解させるきっかけになるかもしれないし。
「太刀川くんも……教会襲撃しにいくんだよね?」
僕のベットに腰を下ろして、桐生さんが尋ねる。僕はそれを呆然と立ったまま聞く。話の内容は僕の予想していたこととは違った。
「まあね。相棒だけいかせるわけにもいかないし。それじゃスレイヴとして本末転倒でしょ?」
「この前初めて戦闘経験してわかったの。これは本当に命のやり取りなんだ。殻が壊れたら本当に死ぬかもしれないんだって。その時、私死にたくないって思った。どうしてこんなことに巻きこまれなきゃいけないのかわかんなかった」
「そうだよね、普通。怖いし、死にたくないと感じるよね。だから桐生さんはここで待っていれば——」
「どうして……どうしてそんなこと言えるの!? 太刀川くんだって普通の人間なんだよ? そこまでして戦う必要なんてない。この前の戦闘だってギリギリだったじゃん!」
僕の言葉は桐生さんの口からとめどなく溢れる想いに遮られてしまう。
「僕にも叶えたい願いがあるんだ」
「それって生き返ることでしょ? なら私の死霊魔法を使えばできることじゃん。わざわざ太刀川くんが傷つきにいく理由なんてないよ!! 魔導教会のことなんてほかの魔女に……できる人に任せればいいんだよ!」
桐生さんが詰問するようにまくし立ててくる。
僕も彼女と同じ普通の人間だ。ただの高校生で、巻きこまれた側の人間だ。一般人がここまで魔女の世界に立ち入る必要性はない。生き返る方法があるならそれに頼って逃げ出してしまえばいい。
「お願い太刀川くん。私と逃げて。もうこんなこと続ける必要なんてないよ。逃げて逃げて……どこか安全なところを見つけて二人で暮らせば——」
けど、だけど——
「ごめん、それじゃダメなんだ」
僕はきっぱりと言い放つ。桐生さんの厚意は嬉しいけど、それはできない。
だってただ生き返るだけじゃ……意味ないんだ。僕だけが普通に戻って、なにごともなかったようにのほほんと高校生として暮らすことはできないんだ。
「どうして……? 私、わかんないよ。傷つく意味がわかんないよ」
「守りたい人が、人たちがいるんだ。そしていつか……ここのみんなと幸せに笑える日を迎える。それが僕の願い。だからそのためならいくら傷ついても平気なんだ、僕は」
最初の頃の僕だったら生き返れればそれでよかったのかもしれない。けど、今の僕の願いは——違う。
魔導教会を倒して、みんなが笑って暮らせるような平和な世界を作る。そして……愛梨彩を普通の人間に戻す。逃げ出したらなに一つ叶わないんだ。
「そう……なんだ。太刀川くん強いんだね……私と違って」
桐生さんは憂いのような表情を湛えていた。僕はその顔色の真意を察することができず、押し黙るしかなかった。
「ごめん、準備中に邪魔して。私、部屋戻るね」
「あ、うん」
「気をつけてね。それじゃ」
打って変わって彼女は笑みを見せ、部屋を後にした。
桐生さんがいなくなり、部屋には僕一人。自然と先ほどの会話が脳裏を過る。
——「どうして……どうしてそんなこと言えるの!? 太刀川くんだって普通の人間なんだよ? そこまでして戦う必要なんてない。この前の戦闘だってギリギリだったじゃん!」
桐生さんの言葉が今になって突き刺さってくる。
僕は弱い、普通の高校生だ。魔力もゼロ。たまたま力を得て魔術師のマネごとができるようになっただけの人間だ。
僕が戦わなくてもフィーラ、ブルームと愛梨彩……魔女の三人は上手く立ち回れるかもしれない。緋色だってフィーラとの息ぴったりのコンビネーションという強い武器を持っている。仲間はみんな強いやつばかりで、僕だけ特別なものはゼロ。
それでも——
「今さらこの生き方は変えられないんだ。愛梨彩を守るために戦うと決めたあの日から……それは変わらないんだ。それが僕の貫き通したい、折れない意思だから」
例え微力だろうと、エセ魔術師だろうと僕は戦う。「弱いから」っていうのは戦わない理由にならない。弱くても運が悪くても……譲れないものがある時には戦わなきゃ。
だから今できる最善を尽くすんだ。僕は再び白紙のカードへと向かっていた。
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