1 久世姉弟
※今回から始まる物語は3章では無く、2章と3章の間を描いた作品となっています。詳しくは後書きにて。
真名仮中央病院での戦闘から1週間後。
この日、久世灯夜は一つの覚悟を決めていた。
それは、同居している姉―――朝陽に、主治医である九頭竜に宣告された自身の体に起こっている異常――力を使い続けることによって生じるリスクについて、包み隠さずに伝えることだ。
まだ、瑠璃子や沙羅たちに話すかどうかは決めていない、だけど、少なくとも一緒に暮らす家族である朝陽には、真っ先に打ち明けなければいけないと思った。
大学の研究室に所属し、家に戻らない日も多い朝陽が今日は休みで家にいたので、話すには丁度良い機会だ。
「姉貴、ちょっと話したいことがるんだけどいいか?」
「どしたの、改まって」
「割と大事なことかな」
「そっか、なら真面目に聞かないとね」
風呂上がりに下着姿でアイスキャンディを頬張っていた姉の朝陽に、灯夜は神妙な面持ちでそう切り出す。朝陽の方も最初こそ軽めの反応を見せたが、いつになく真面目な灯夜の表情を見て、何かしらの決意を感じ取ったのかアイスを食べる手を止めた。
「この間の検査の結果なんだけどさ……あまり良くなかった」
灯夜の両腕のことや、時にはその力を使って体を張って街を守っていることを、とうぜん朝陽も知っている。だからこそ、その言葉だけで状況はある程度は理解出来ていた。
「もしかして、今も体調が悪かったりするの?」
「いや今の所は大丈夫だし、すぐさま体がどうこうなるものでは無いみたいだ……でも九頭竜先生が言うには、このまま力を使い続ければ、寿命を縮めることになるかもしれないってさ」
「力を使わなければ?」
「人並みには生きられるんじゃないかな」
「……そっか」
灯夜からの告白を聞き終えると、朝陽はアイスを再び口に含んだ。頭の中を整理するために、冷たいものを欲したようにも見える。
「この話を知っている人は他には?」
「姉貴と九頭竜先生だけだよ。家族だし、一番最初に伝えなきゃって思ってさ」
「……灯夜は強いね」
「えっ?」
唐突に朝陽が、食べかけのアイスキャンディを灯夜の口に放り込んできた。何事かと思い、灯夜は一口分を噛み切ると、朝陽はアイスキャンディを灯夜の口から離した。
「急に何するんだよ」
灯夜はアイスの欠片を飲み込んだ瞬間に抗議した。真面目な話しをしているのだし、あまり茶化されるのは不愉快だ。
「ご褒美」
「はっ?」
「……一週間も一人で抱え込んで、大変だったよね」
「姉貴……」
慈愛に満ちた表情で、朝陽はそう語り掛けた。その表情を見ている内に、灯夜は自身の中に溢れていた不安感のようなものが微かに和らぐのを感じていた。
「ごめんね、直ぐに気付いてあげられなくて」
「いや、言わなかった俺が悪いんだし、いいよ」
普段は陽気でちょっとウザったいと思うこともある姉だが、こういう時に本気で向かい合ってくれる。やはりこの人は、自分のことを本気で心配してくれる家族なんだなと灯夜は改めて感じていた。
「灯夜はこれからどうするつもり?」
「……まだ分からない。早死にはしたく無いけど、だからといって有事に黙りこけてるのも性に合わねえし」
「これからは危険なことをするなって、私がこの場でお願いしたらどうする?」
朝陽の眼差しは真剣そのものだった。灯夜が朝陽のこんな表情を見るのは、両腕を失った事件の直後に家族会議を行った時以来になる。
「姉貴が止めろと言うなら、俺は戦いから身を引くよ……でも、例えば何か事件が起こったりしたら、なんだかんだで飛び出しちまうような気はする」
嘘はつかないと決めていた。故に、自身の中に眠る衝動を否定することは出来なかった。
強力な力を持つこの両腕。果たして、こんな物を背負ったまま今後の人生を平穏に暮らしていくことなど出来るのだろうか? 守るために使ってこその力なのではないか?
灯夜は自分自身がよく分からないでいた。
「灯夜は正直だね。面倒臭がりのくせに、正義感だけは一人前なんだから」
「そんな大それたもんじゃねえよ。ただ、俺なんかで助けになるならって思うだけで」
「そういうのを世間では正義感と呼ぶのだよ弟くん」
茶化すように言うと、朝陽はアイスキャンディを最後まで食べきり、残った木の棒を軽く舐めた。
「灯夜、言うまでも無いことだとは思うけど、これはとても重要な問題よ。結論を急がずに、しっかりと自分なりの考えを導き出しなさい。私で良ければ何度でも相談に乗って上げるし、あなたが戦いを止めるきっかけが欲しいのなら、私は喜んであなたに『止めなさい』と言うわ」
「ありがとう……」
こういう時の姉は、どうしてかっこいいのだろうかと灯夜は思う。朝陽は灯夜の問題を自分ことのように思ってくれる家族であると同時に、しっかりとした考えを持つ大人でもあるのだ。
「考え抜いた末の結論なら、私はあなたの意志を尊重してあげる。だから、必死に考え抜きなさい」
「そうだな、じっくり考えてみるよ」
心なしか、灯夜の口調は少しだけ明るさを取り戻していた。朝陽に告白したことで、肩の荷が下りたような気がする。
「……でもね、灯夜。一つだけ言ってもいい?」
「何だよ?」
「灯夜の意志は尊重するけど、私より早く死ぬのだけは許さないからね」
朝陽はわざとらしく視線を天井を見上げていたので表情までは見えなかったが、声には願いにも似た感情が混じっているような気がした。これは、灯夜の背を押すと決めている朝陽の中の、唯一の個人的願望なのだ。
「当たり前だろ。それだけは絶対に約束する」
灯夜は言葉でそう言い切った。いつも自分の味方をしてくれる姉。その姉の口にした願いなのだ。絶対に守らなくてはならない。
「じゃあ、私も長生きしないとね。それだけ灯夜も長生きできるってことになるから」
「そういうことだな、お互い長生きしようぜ」
灯夜が笑顔で朝陽の顔を覗き込むと、朝陽もまた笑っていた。
話しの山場を越え、姉弟の間から堅苦しさが消えた。
普段通りのどことなく緩い雰囲気が漂い始める。
「せっかくだから私も灯夜に一つ、告白しちゃおうかな」
「何だよ改まって」
灯夜の反応は、最初に灯夜から話しを切り出された時の朝陽によく似ていた。やはり姉弟である。
「実は最近恋人が出来たんだ」
「へっ?」
思わぬ話題に灯夜は頓狂な声を上げた。朝陽は整った顔立ちの美人で男性にとてももてる。高校時代などは人並みに恋愛し、恋人を家に招いたことなどもあったが、大学に進学し、勉強や研究に没頭するようになってからはすっかり男の気配など無くなっていた。
そんな朝陽からの彼氏が出来たという報告。実に数年振りの出来事だ。
「相手は同じ研究室の六波羅くんっていう男の子でね。これがまた見た目も中身も超イケメンなのよ」
「お、おう」
朝陽の熱気に、灯夜は思わず気圧されてしまった。月並みな感想だが、本気で恋愛しているんだなと灯夜は思った。
「こんど紹介するかね」
「ああ、楽しみにしておくよ」
姉の好きになった人なら、きっと良い人なのだろうと思い、灯夜は優しく頷いた。
「灯夜も早く彼女作りなよ」
「はいはい」
ここから先は扱いが面倒臭そうなので、灯夜は朝陽の言葉を適当にあしらうことにした。
久しぶりに新作を投稿させていただきました。
現在は3章のプロット作りをしているところなのですが、これまでより規模の大きな話しになりそうで、登場人物も多くなりそうです。
それに先駆け、存在が示唆されながらもまだ本編に登場していないキャラクターを登場させたり、一部のキャラクターの性格を掘り下げる場を設けようと、2章と3章の間の物語を書くことにしました。
一話完結式で数人分の物語を書く予定です。あくまでも章と章の間の物語ですので、それほど長い内容にはならないかと思います。
今回は第一弾ということで灯夜の姉『朝陽』と、名前だけですが恋人である『六波羅くん』を登場させてみました。二人は3章にも関わってくる予定です。
投稿ペースはまだ未定ですが、次回は沙羅に関係するお話になる予定です。




