21 覚悟の一撃
「行かせるかよ!」
兵頭邸へ向かって飛び立とうとした炎の魔人に向かって、涼成は魔術紋により生み出した衝撃波を叩き込む。だが、素材が炎そのものである魔人の体は、衝撃波に裂かれようともまた元の形状へと戻り、決定打には至らない。
灯夜の妨害を受けたことで、炎の魔人は邪魔者である灯夜の排除を最優先に考え、灯夜への攻撃を開始した。
炎の魔人は燃え盛る左腕を灯夜目掛けて振り下ろす、人の身でまともにその一撃を受ければ惨事は必至だが、灯夜の右腕は、それ自体が魔術に対抗出来る協力な武器だ。
「上等だぜ!」
灯夜は正面からその攻撃を向かい打ち、炎の魔人の拳と灯夜の銀狼の拳が衝突。瞬間的に凄まじい衝撃波が巻き起こり、ヘリポート上にいた涼成や帆乃夏もその感覚を肌で感じ取る。
「厄介な奴だ!」
銀狼の右腕のおかげで力では競り負けていないが、凄まじい熱気が灯夜の体を襲う。魔術に耐性のあるはずの銀狼の腕をもってしても、その熱量を無に帰すことは叶わない。生身でこの一撃を受けていたなら、火傷どころか腕が焼け落ちていたことだろう。
「悪いが、これ以上熱いのはごめんだ」
灯夜は炎の魔人を押し戻すべく、賢者の左腕に刻まれた魔術紋によって足に強化系の魔術を付与、強靭な脚力でヘリポートを踏みしめ、銀狼の拳で炎の魔人を確実に押し返していく。
「うらあああ!」
左足を軸に踏ん張り、銀狼の拳をさらに力強く打ち出す。この一撃で均衡は完全に崩れ、灯夜の一撃を受けた炎の魔人の左腕は大きく損壊した。
しかし、素材が炎であるため、先程のように体はすぐに再生してしまうだろう。あれを確実に葬るには、より強力な一撃で体全体を吹き飛ばすか、ピンポイントで弱点を突くしかない。
「もう一撃!」
再生の間を与えずに、灯夜は強靭な脚力で跳びあがり、今度は頭部目掛けて銀狼の右腕を振り下ろす。炎を生物的な形状に留めている以上、それを支える核がどこかに存在しているはずだ。それさえ壊すことが出来れば炎の体は瓦解し、涼成の魔術も強制的に終了するはず。
腕や足などの直接戦闘を行う部位は損壊リスクが伴うので、核とするには不安要素が多い。そうなると、胴体か頭のどちらかということになるが、それは攻撃してみなければ分からない。
足を使う素振り見せない、左腕はまだ再生しきれていない、右腕からの攻撃は魔術紋を使って耐熱効果を与えた左腕でしのげる、頭への一撃は通せると灯夜は確信した。
だが、人型をしていていも相手は人では無いということを、灯夜は失念していた。
「何だと……」
意図せぬ場所から炎の魔人の攻撃が発せられ、攻撃体勢だった灯夜は回避行動に移れない。
灯夜が失念していた炎の魔人の攻撃手段。炎によって形作られた長い尾を振るい、不意打ちをしかけてきたのだ。正面から拳を打ち合った時には見えなかった。こういった状況まで想定して、尾の存在を他の炎の中に隠していたのだろう。
直撃の瞬間、激しい痛みと熱感が灯夜の腹部を襲い、灯夜の体を吹き飛ばした。
「ああああああ!」
「灯夜さん!」
打たれた瞬間に裂傷が生じ、同時にそれが焼かれる。生身に受けたその痛みは想像を絶するもので、灯夜の意識が飛びかける。
「痛えな……」
ここで処置をしないまま意識を失ってしまえば、それこそ致命傷になりかねない。灯夜は脂汗を滲ませながらも、魔術紋により治癒魔術のイメージ浮かべ、患部へと左手を添える。傷口を塞ぎ、痛みと熱感も和らいだ。これでまだ戦える。とはいえ、あまり戦闘を長引かせるのは得策じゃない。自身の傷のこともそうだが、何よりも涼成の体力が持たない。
「……流石に堪えるな」
涼成は再度吐血し、口元から滴った血がヘリポートへと落ちた。よく見ると、右目からも血が涙のように滴り落ちている。
「兄さん、もうやめて! 兄さんと灯夜さんが戦う理由なんて無いし、このままじゃ二人とも……」
帆乃夏は涼成に懇願するが、涼成はまるで聞こえてすらいないかのように、自身の使役する炎の魔人だけを見つめていた。今の兄が何を思っているのか、血を分けた兄妹である帆乃夏にも分からない。
「大丈夫だ、もうすぐ終わる」
力強くそう宣言したのは灯夜だった。応急処置をしたとはいえ、痛みも残り体力も相当削られている状況にありながらも、灯夜の意志は揺るがない。
貰った一撃は痛手だったが収穫はあった。弱点が頭では無く胴体の方ならばわざわざ攻撃を妨害する必要は無かったはず。頭が弱点だったからこそ、隠していた尾を使って迎撃したのだろう。相手の行動が弱点の在処を教えてくれた。
「その首貰うぜ」
挑発的に言ってみせると、灯夜は移動魔術の発動で高速移動し、一気に炎の魔人の背後まで回り込む。治癒直後の高速移動は体への負担が大きい。次など考えず、この一撃で決める。
背後から頭を狙う灯夜の動きに反応し、炎の魔人は手足よりも自在に扱える尾を持って灯夜の迎撃を試みる。
だが、二度も同じ手にかかるほど、灯夜は甘い男では無い。
「邪魔だ!」
持ち前の反射神経をもって、灯夜は魔術相殺の効果を付与した左手でその尾を受け止め握り潰した。これで尾は封じた、今ならがら空きの後頭部目掛けて銀狼の右腕を叩き込めばそれで決着がつく。
灯夜は銀狼の右腕の持ち前の怪力をもって、渾身の一撃を叩き込む。
直撃コース。炎の魔人の頭部は完全に破砕される――はずだった。
「まじかよ!」
直撃する寸前に、炎の魔人の背から大きな炎が焚きあがった。このままの勢いで頭に拳を叩き込めば、相手を打ち倒すと同時に灯夜の体は炎に焼かれることになる。
だが、灯夜は決して拳を退こうとはしない。今が好機であることに変わりは無い、リスクを負ってでも勝利を得なければいけない。
「上等だぜ!」
焚ける炎にも怯まず、負傷覚悟で灯夜は突っ込む。銀狼の右腕が炎の壁を突破、いよいよ灯夜の生身の部分が炎に接っするが、
――あれ、熱く無い?
自身の体に対魔術用の障壁を展開する間など無かった。にも関わらず、痛みも熱感も感じない。
状況はいまいち呑み込めないが、灯夜にとってはチャンスであることに変わりは無かった。これで体は怯むことなく、渾身の一撃を叩き込むことが出来る。
「今度こそ終わりだ!」
灯夜の渾身の拳が、炎の魔人の後頭部に炸裂。頭をかたどっていた炎を掻き消し、勢いそのままに、剥き出しになった紅い魔術の核を完全に粉砕した。
頭部ごと核を失った炎の魔人はその形状を保つことが出来ずに崩壊、霧散した炎は夜の闇へと消えていった。
「終わったか」
灯夜は消えゆく火の粉を右手で握りつぶす。これで、炎の魔人をかたどっていた最後の一片まで、炎は消滅した。
「見事だよ……」
息を乱した涼成は、汗を浮かべながらも最大限の賛辞を灯夜へ送る。
そして――
「……うあっ!」
涼成の口から大量の吐血、今までとは異なり流れ出る血は一向に止まる気配を見せない。最早立っていることさえもままならず、涼成はその場にうつ伏せに倒れ込んだ。
肉体の限界は、炎の魔人を生み出した時点でとうに超えていた。例え灯夜がどれだけ素早く炎の魔人を倒そうとも、すでに手遅れだったのだ。
涼成は炎の魔人を生み出した時点で、自身の終わりをすでに覚悟していた。
「嫌! 兄さーん――」
「おい! 死ぬんじゃねえぞ!」
帆乃夏と灯夜が、倒れる涼成の元へと駆け寄った。
二章も大詰めですが、残りの話には弓原の雇い主の正体など、まだまだ重要な要素が残されていますので、お楽しみに。
今後の展開などについては、二章最終話の後書きにて報告しようと思います。




