16 火種
「矢祭帆乃夏さんだね。悪いが、この先は通せない」
左文字が灯夜の前へと歩み出て、その大柄な体躯で帆乃夏の前へと立ち塞がった。
今の所は状況証拠しか無いが、容疑者の筆頭である帆乃夏を兵頭邸へと立ち入らせるわけにはいかない。
「私はたまたまここを通りかかっただけですよ。天罰が起こらない保証はしませんが」
帆乃夏が無感情に言った瞬間、事態は動いた。
「魔術の気配!」
最初に異変に気付いたのは灯夜だった。不意に灯夜と左文字の後方、兵頭邸の塀の部分でマナが活性化し始め、灯夜と左文字が身構えた次の瞬間、爆音と共に外壁がはじけ飛び、大きな風穴が空いた。
「くそっ、やはりトリガー無しで」
灯夜が困惑気味に帆乃夏の様子を伺うが、そこで思わぬ様子の帆乃夏を目にすることとなる。
「……今のは何?」
タイミング的に考えて、帆乃夏が攻撃を行ったと考えるのが自然だが、とうの帆乃夏自身が今目の前で起こった爆発を困惑気味に見つめていた。それはまさしく、たまたま事故現場に遭遇した通行人の表情だ、
「久世くん、もう一撃来るぞ!」
「分かってますよ」
塀が破られ、視界に映るようになった家の外壁部分で今度はマナが活性化し始めた。
兵頭の周りは瑠璃子たちが固めているので、そうそう危害は及ばないだろうが、だからといってこれ以上の破壊行為をただ眺めているわけにはいかない。
「やらせるかよ!」
灯夜の賢者の左腕に刻まれた魔術紋により移動魔術を発動し加速、魔術の効果発動の兆候が見られる外壁付近まで接近し、今度は銀狼の右腕を発動させる。
「潰れろ!」
魔術が発動により爆発が起こる寸前に、灯夜は銀狼の右手を使って魔術の火種を握り潰した。屈強な銀狼の右腕と、ピンポイントで魔術の力の核を察することの出来る賢者の左腕を持つ灯夜だからこそ可能な芸当だ。
「灯夜さん、その腕は……」
灯夜の両腕の真の姿を目にし、帆乃夏は驚愕に目を見開いた。魔術紋が刻まれていることを除けば普通の人間と大差ない賢者の左腕はまだしも、銀色の獣毛に包まれた屈強な銀狼の右腕が肩から生えている様は、一般人である帆乃夏の瞳には異形として映っていることだろう。
「くそっ、まだ来るのか」
周囲のマナの活性化が止まらない。二撃、三撃と続けざまに爆発の兆候が現れ、その火種を灯夜は銀狼の右腕で掻き消していくが、右だけではカバーしきれず、今度は相殺効果のある魔術を左手に発動させ、両手を駆使して魔術による爆発の発生を防ぐ。
「しまった!」
同時に消滅させるのが難しい二か所の地点に火種が発生、近くの火種を右手で消滅させ、灯夜はもう一か所へと駆け寄るが、爆発の発生前に潰すのが難しい距離感だ。
「ベロ・ユル!」
灯夜へと追いついた左文字が、火種の発生地点へ飛び込み魔術を発動。強烈な風圧を生み出すまでに強化された重い回し蹴りを放ち、爆発の火種を跡形も無く吹き飛ばした。
「やりますね、左文字さん」
「当然、これでも警備部だ!」
着ていた黒いジャケットを放り投げると、左文字は背後に感じた新たな魔術の気配に対して回し蹴りを放った。
「そんな……私はただ、あの男に天罰が下ればそれでいいのに」
現状に対して最も混乱しているのは、帆乃夏であった。
灯夜と左文字の奮戦のおかげで、最初に塀が吹き飛んだ爆発を除けば大きな被害が出ていないが、一度でも仕損じれば先程のような爆発が起こり、灯夜や左文字、家の中の者達にも大きな被害が及ぶことは目に見えている。
帆乃夏はただ、最後の罪人である兵頭に天罰が下るかどうかだけを確かめられればそれで良かった。なのに、自分が天罰だと信じている現象は、兵頭だけではなく、それを護ろうとしている灯夜達にも牙を剥いている。兵頭以外の人間が傷つくことなど帆乃夏は望んではいないのに、帆乃夏の願いを聞き入れることなく、爆発の火種は発生し続ける。
「危ない!」
叫んだのは帆乃夏だった。灯夜と左文字がいかに優秀といえども、同時に何発もの火種を処理し続けるのは限界だった。
事態を察した他の警備部メンバーたちも駈けつけようとしていたが、それも間に合わない。
「しまっ――」
「くそっ、左腕が間に合えば――」
二人が同時に取りこぼした火種が効果を発揮し、塀を吹き飛ばした時と同等の威力の爆発を、彼らの目の前で引き起こした。
「灯夜さん!」
灯夜と左文字の体は爆炎に包み込まれ、帆乃夏の視界から姿を消した。
至近距離であの爆発を受ければ、無事な姿を想像することは難しい。
自分の願った天罰が暴走し、無実の人間を巻き込んでしまった。その事実が、帆乃夏の胸に深く突き刺さる。
「……何でこんなことに」
本来の目的である兵頭への天罰を見届けること無く、帆乃夏は瞳に涙を浮かべたまま、逃げるようにその場から立ち去る。混乱のあまり、灯夜たちの安否も確かめることはしなかった。
帆乃夏が兵頭邸を離れると同時に、爆発の火種の発生も止んだ。
「大丈夫かい、久世くん」
「おかげで助かりましたよ」
むせながらも、灯夜と左文字は大した怪我も無く、煙の中から姿を現した。二人の周囲には、左文字の魔術により発生した障壁が展開している。攻勢に転じることの多い灯夜は防御系の魔術の発動イメージがあまり得意では無く、警備部所属で警護任務に就く機会も多い左文字の方が、こういった場合の対処は的確だった。
爆発の発生を察知し、兵頭邸の外壁周辺には瞬間的に瑠璃子が障壁を張ったようで、家屋への被害も外壁を少し焦がす程度済んでいた。帆乃夏がこの場を去ったことで攻撃も止んだので、とりあえずの危機は脱したといえる。
「おい、大丈夫か」
警備部の他の黒服たちが灯夜と左文字の元へと駆けつけてきた。瑠璃子ら数名のメンバーたちは念のため、まだ兵頭の周りを固めている。
「左文字さん、悪いですけどこの場は任せます。俺は、矢祭を追います」
「待ってくれ」
灯夜は左文字の返答も聞かずに駈け出そうとしたが、左文字が灯夜の肩を掴んで無理やり呼び止めた。
「止めないでください」
「止めるつもりは無いが、一つ大事なことを伝えないといけない。一連の事件の謎に関する情報だ。彼女を追うにしても、この情報は必要になる」
そもそも左文字が灯夜を捜していたのは、瑠璃子からの伝言を聞かせるためである。優先度の低い情報ならともかく、矢祭帆乃夏を追う上で、一連の殺人事件の謎に繋がる情報は不可欠だ。
灯夜もそれを理解したのだろう。左文字の瞳を見つめ、無言で頷いた。
帆乃夏は徒歩で逃走したようなので、手短に情報を聞いた後に移動魔術で追跡すれば、遅れはすぐに取り戻せる。
「雨音リーダーが過去に読んだという書物の情報と、一連の事件の情報を照らし合わせた結果、一つの可能性が生じた」
「可能性ですか?」
「矢祭帆乃夏は実行犯ではないと思われる。それどころか、魔術師ですら無いだろう」
「可能性は薄々感じてました」
トリガーや魔術紋が確認出来ないことに加え、帆乃夏には明らかに魔術的な知識が欠けているように感じていた。そんな人間に、人の心臓だけをピンポイントで燃やすなどという芸当はまず不可能だろう。
「彼女は視界を借りられたのではないかというのが、雨音リーダーと灰塚館長の見立てだ。恐らく、彼女の視界を共有し、別の場所から魔術を発動した人間がいる」
「魔術を発動した別の人間か……」
灯夜の頭の中でパズルのピースがはまっていく。
帆乃夏に関わりのある人物の中で、魔術を使う可能性のある人物を、一人知っている。
今回は久しぶりにちょっとしたアクション描写が入りました。こういう動きのあるシーンは筆が乗って普段よりも書きやすい気がします。




