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14 矢祭涼成

「ありがとう、手間を取らせて済まないね」

「いえ、このぐらいは」


 灯夜とうやは、矢祭やまつり涼成りょうせいの車椅子を押し、彼の病室へと足を運んでいた。

 帆乃夏ほのかの兄がどういう人物なのかは少し興味があり、涼成の方も灯夜と少し話しをしたいとのことだったので、涼成の体調も考慮し、病室で話しをすることになった。


「いかんせん体調が優れないものでね、外は堪える」


 自嘲気味に笑いながら、涼成はベッドに腰掛け、灯夜にも備え付けの椅子に腰かけるように促す。


「それで、俺に話しというのは?」

「ちょっとしたお願いかな」

「お願いですか?」


 涼成は冗談めかした口調で切り出すが、その声色にはどこか悲哀のようなものを感じさせる。彼にとっては覚悟が必要な話しなのだろう。


「帆乃夏と、これからも仲良くしてあげてほしいんだ」

「えっ?」

 

 予想外の申し出に、灯夜は一瞬言葉に詰まってしまう。

 決して帆乃夏のことが嫌いなわけで無いし、申し出を断ろうというつもりも無いが、何故、今自分にそのようなことを頼むのかという疑問が真っ先に浮かんできた。


「おっと、唐突過ぎて驚かせてしまったかな?」

「ええ、まあ」


 灯夜はバツの悪そうな表情を浮かべて頭を掻いた。悪い方に誤解されていなそうなのが幸いだ。


「……残念だけど、僕の命は残り少ない。残される妹のことが心配でね」

「……はい」


 涼成が余命幾ばくもないということは、矢祭兄妹の現状を調べていた瑠璃子から聞いて知っていた。

 妹を残していく涼成の気持ちを思えば、先程の申し出の意味はとても重いものとなってくる。


「君と帆乃夏が出会ったばかりなのは僕も承知しているけど、僕ら兄妹には親類はいないし、帆乃夏は僕のためび学校を休学した影響で友達とも疎遠だ。僕以外で、今一番帆乃夏と関わりを持っているのは君だ。だから、これからも帆乃夏とは仲良くしてあげてほしい」

「大したことは出来ないかもしれませんけど、友達として、支えてやるくらいのことはしますよ」


 灯夜は即答した。先程は突然のことに驚いてしまったが、元より断る理由も無い。涼成の覚悟を知ればなおのことだ。


「ありがとう……」


 涼成は心底安心したような表情で、そっと息を撫で下ろした。それだけ、妹の帆乃夏のことを大切に思っているということだろう。

 だが、涼成の憂いはまだ消えていない。彼には、もう一つだけ気がかりなことがあった。


「灯夜くん、帆乃夏は例の事件について疑われているのかい?」

「あいつから聞いたんですか?」

「いや、あの子は優しいから僕に心配をかけるようなことは絶対に言わないよ。たまたま事件の噂を耳にする機会があってね」


 涼成の憂いの正体は、帆乃夏が一連の事件の容疑者として捕まってしまうのではという不安だ。妹を残して先に逝ってしまう者として、気にせずにはいられない。


「君はどう思ってるんだい?」

「俺ですか?」

「ああ、君の意見を聞きたい」


 灯夜は難しい顔をして考え込んだ。病床の涼成を思えば安心するような言葉の一つでもかけてやりたいが、そのような言葉は、涼成も望まないだろう。


「状況だけ見ればあいつは確かに怪しいですけど、俺はあいつが犯人では無いと思っています、いや信じているといった方が正確かな」

「理由は?」

「あいつが犯人だったら嫌だなって思うからですよ」


 感情論と言われればそれまでだが、灯夜にとって一番の根拠は、帆乃夏には犯人であってほしく無いという願いそのものなのだ。


「そうか、妹を信じてくれてありがとう」

「いえ、俺は自分の考えを言っただけですから」


 涼成は深々と頭を下げた。この少年と話しをすることが出来て良かったと、涼成は心の底から思っていた。


「おっと、もうこんな時間か、あまり引き留めておくのも申し訳ないね」


 壁にかけられた時計を見て、涼成が申し訳なそうに苦笑した。自分の都合で灯夜を付き合せてしまったので、あまり長く拘束しておくのは気が引ける。


「君と話せてよかったよ」

「俺もです」


 灯夜は椅子から立ち上がり、帰り支度を始める。沙羅には用事があるからロビーで待っていてくれと一応は伝えてあるが、あまり長く待たせておくのも申し訳ない。


「最後にお願いしたいんだが、そこの本棚から本を一冊取ってくれないかい? 立ち上がるのが少し大変でね」

「いいですよ」

 

 灯夜は快諾し、鍵付きの小さな本棚に手を触れる。


「赤いカバーの本を頼むよ」

「これですね」


 本棚の一番右端に涼成の所望した本はあった。赤い革の装丁が施された大き目の洋書で、よく目立っている。


 ――何だろ、この感覚?


 赤いカバーの本を左手で掴んだ瞬間、灯夜の頭の中に不思議な感覚が走った。初めて手にする物であるにも関わらず、それを知っているような感覚、いわゆるデジャブに近いものであった。


「どうかしたかい?」

「……いえ、何でもないです」


 涼成に声をかけらた瞬間に、不思議な感覚は頭の中から消え、我に帰った灯夜は涼成に本を手渡した。


「それじゃあ、俺はこれで」

「うん、ありがとう、灯夜くん」


 病室を出ようとする灯夜の背中に、涼成は最後にもう一度声をかけた。


「また会えるといいね」

「そうですね」




 涼成の病室を後にし、沙羅を待たせているロビーへ向かう途中、灯夜は先程本を手にした時の感覚について、考えを巡らせていた。

 

 ――さっきのあれは、まさか。


 本に触れたのは左手だった、ひょっとしたらそのことに意味があったのではと灯夜は考えていた。

 

 灯夜の左腕は白衣の賢者の物だ。灯夜自身には憶えが無くとも、この左手にはあの本についての記憶のようなものが存在していたという可能性はある。


 偉大なる魔術師である白衣の賢者の記憶に残ってる書物があるとすればそれは……




「あっ、久世くん」


 考え事をしている間に、灯夜はロビーまで到着していた。

 玄関側の椅子に腰かけた沙羅が、灯夜の姿を見つけて手を振っている。


「悪いな、待たせて」

「ううん、さっきまで帆乃夏さんとお話ししていたから平気」

「そっか、楽しかったか?」

「うん、帆乃夏さんって真面目な人だけど、話してみると意外とお茶目な面もあって」


 沙羅は屈託の無い笑顔でそう語った。元々沙羅は嘘をつくようなタイプでも無いし、帆乃夏と過ごす時間が、本当に楽しかったのだろう。

 その笑顔を見て、灯夜は涼成に言われた『これからも帆乃夏と仲良くしてあげてほしい』という言葉を思い出していた。

 自分だけじゃない。沙羅も帆乃夏の支える良き友人となってくれるかもしれない。


「……帆乃夏さん、犯人じゃなきゃいいな」

「そうだな」

 

 不安気な表情を浮かべる沙羅の言葉に、灯夜は短く頷く。

 例え望まない結末を迎えることとなったとしても、事件の顛末をしっかりと見届けなければいけない。

 灯夜は改めて、強くそう思った。





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