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12 朗読

 「……いてくれるといいんだがな」


 翌日の午前1時過ぎ。

 灯夜とうやは学校を早退し、真名仮まなかり中央病院を訪れていた。矢祭やまつり帆乃夏ほのかに病院で接触するには、放課後では遅すぎると考えたからだ。

 今回の行動派誰にも相談していない独断専行で、先日の検査の結果を病院で聞いてくるという名目で学校を出てきたはずだったのだが、


「ちゃんとお話しできるといいね」


 単独行動のはずが、どういうわけか隣には沙羅さらも一緒だった。平日の日中に制服だと目立つと考えたのだろうか? 沙羅はスクールシャツの上にロング丈のカーディガンを着て隠すことで、私服っぽくカムフラージュしている。


「それで、何でお前も一緒なんだよ」


 学校を出てきた時までは確かに一人だったはずなのに、学校近くのバス停から病院方面へ向かうバスに乗ろうとした際に、突然沙羅が現れ一緒にバスに乗り込んできた。

 バスの中で灯夜は説明を求めたものの、公共の乗り物の中でお喋りをしていたら他の乗客の迷惑になると沙羅が突っぱねたため、説明は病院へ着くまでのお預けとなっていた。


「久世くんのことだから、昨日の話しを聞いたら矢祭さんに会いにいくんじゃないかと思って、着いてきちゃった」

「……よく分かったな」

 

 誰にも今日の行動を悟られないようにと、灯夜は普段通りの自分を演じて朝から過ごしてきたつもりなので、沙羅の観察力の高さに素直に感心していた。


「久世くんってば、分かりやすいもの。今日は珍しく授業中にも寝ないでずっと考え事していたでしょ?」

「授業中に寝てない俺って、そんなに珍しいか?」

「うん」


 一秒とかかわぬ沙羅の即答。灯夜は気づいていないが、学校では生徒、教師を問わず、『久世灯夜が珍しく真剣な表情で起きている』とちょっとした噂になっていた。


「ちなみに、楽人がくとくんや瑠璃子るりこ先生も気づいているよ。私が久世くんの様子が気になることを伝えてたら、お目付け役として付いていきなさいって、瑠璃子先生が背中を押してくれたし」

「……つまり、俺が矢祭と話してみることには、みんな賛成してくれているってことか?」

「たぶん、そういうことだと思うよ。一連の事件の犯人が矢祭さんだとしたら、それは許されないことだけど、これから起こるかもしれない事件を未然に防げるのなら、それはきっと、矢祭さんのためにもなるはずだから」

「……俺は、あいつを止めに来たわけじゃない。話しをしにきただけだ」

「その二つは意味が違うの?」

「あくまでも、決めるのはあいつ自身だってことだよ」


 復讐を肯定する気など無いが、だからといって帆乃夏に『復讐なんてやめろ』などと軽々しく言う気には、灯夜はなれなかった。

 復讐者の心に届くような言葉を持つものがいるとすれば、本人にとっての大切な存在を除けば、それは実際に復讐を成した経験者くらいしかいないだろう。

 それでも、灯夜はこうして帆乃夏に会いに病院へとやってきた。まずは、彼女とゆっくり話しをしてみなければいけない。




 病院の三階にある小児病棟を灯夜と沙羅は訪れた。看護師の詰所で矢祭帆乃夏が来ているかを尋ねてみると、病棟の奥にある入院中の子供達のために季節の行事を行ったりするスペースで、今日は本の朗読を行っているという。

 帆乃夏は看護師たちの間でもとても評判が良く。彼女のおかげで笑顔を取り戻し、前向きに治療に向き合うようになった子も多いという。

 彼女の献身さを見て、誰もが心優しい天使のような少女だと言う。その評価はきっと正しいのだろう。


「――そして、王子様は優しさを取り戻したのです」


 簡易的な教室となっていた病棟の奥のスペースでは、20人程の入院患者の子供達を前に、帆乃夏が穏やかな表情で一冊の本を朗読していた。

 あまり見たことの無いタイトルだったが、どうやら子供向けの海外の文芸作品の日本語版らしい。

 観客は小学生が中心だ。朗読が退屈で、落ち着きのない子の一人や二人いそうなものだが、子供達は静かに帆乃夏の朗読に聞き入っている。

 帆乃夏の朗読が上手で魅力的なことはもちろんだが、何よりも子供達は帆乃夏のことが大好きだから、素直に彼女の声に耳を傾けることが出来るのだろう。


「少し、待ってようか」

「そうだな」


 この朗読の雰囲気を邪魔するのは無粋だなと思い、灯夜と沙羅はすぐには帆乃夏の声をかけず、スペースの隅で一観客として朗読を聞くことにした。

 実際、帆乃夏の朗読は高校生である灯夜と沙羅が聞いても、とても心地の良いものだった。もちろん本来の目的は忘れていないが、いつまでもこの朗読を聞いていたい感覚に囚われる。


「――こうして優しい王子さまは、みんなの前から姿を消してしまったのです」


 朗読する本のページをめくる手を帆乃夏は止めた。


「おしまい」


 帆乃夏は静かに本を閉じ、それと同時に子供達から拍手が起こる。

 子供達の拍手の中には、灯夜と沙羅の拍手の音も混じっていった。


「灯夜さん、私の朗読は如何でしたか?」


 帆乃夏が微笑みを浮かべたまま、最後列にいた灯夜に問うた。灯夜と沙羅の存在には、朗読の最中から気がついていた。


「朗読のこととかはいまいち分からないけど、素直に凄いと思った」


 普段は寝てばかりの灯夜が途中参加とはいえ最後まで朗読に聞き入っていたのだ。それだけ帆乃夏の朗読には感じるものがあったということだ。


「あっ、この間の兄ちゃんだ」

「ほんとだ」


 帆乃夏と初めて会った日に、庭であった腕白そうな男の子と眼鏡の男の子が灯夜に向かって手を振って来た。


「おう、久しぶりだな」

「隣にいるのは彼女?」

「か、彼女!」


 一度眼鏡の少年に会っている灯夜としては、またませたことを言ってるよ、という程度の認識だったが、彼女扱いされてしまった沙羅の方は動揺して、熱くも無いのに顔を手でパタパタと仰いでいた。


「私にご用があって来られたんですよね?」

「ああ、少し話しがしたくてな」

「いいですよ」


 思ったよりもあっさりと、帆乃夏は頷いた。もしかしたら、灯夜が今日やってくることを予測して、覚悟を決めていたのかもしれない。


「えー、帆乃夏ねえちゃんともっと遊びたい」

「私も私も」

「ごめんね、あのお兄さんと少しお話しがあるの」


 帆乃夏は普段は、朗読や勉強が終わった後でも子供達とお喋りをしたり、簡単な遊びをしたりして子供達との時間を過ごしている。それがお預けとなると、子供達はとても残念そうだ。


「……困ったな」


 帆乃夏にすがる子供達を見て、灯夜は罪悪感に駆られる。


「ねえみんな、今日はお姉さんと遊ばない?」

 

 明るい声が発せられ、子供達の視線が注がれる。名乗りを上げたのは、人懐っこそうな笑顔を浮かべた沙羅だった。


「本当に?」


 沙羅に興味が湧いたのだろうか、小学校低学年くらいの女の子が、沙羅を見上げてカーディガンの裾を掴んだ。


「うん、本当だよ。何がしたいかな?」

「またご本を読んで欲しい」


 少女が提案すると、他の子供達も賛成の声を上げていく。子供達は朗読を聞くのが本当に好きなようだ。もちろん全員が乗り気というわけでは無いのだが、大半の子供達はワクワクとした笑顔を浮かべている。


「矢祭さん、朗読用の本って、ありますか?」


 流石に持参はしていないので、先程とは別の本が無いかを尋ねる。


「この階の本棚に何冊か置かせていただいているので、それでよろしければ」

「分かりました」


 沙羅は帆乃夏に示された本棚を覗き込み、子供達の意見も取り入れながら朗読する本を選ぶ。沙羅の明るさに惹かれたのか、自然と沙羅の周りに子供達の輪が出来上がっていく。


「悪いな」


 灯夜は沙羅に軽く頭を下げるが、沙羅は気にしないでという意味を込めて短く首を横に振った。


「ありがとうございます。あの、あなたのお名前は?」

 

 帆乃夏がペコリと頭を下げた後に尋ねた。繁華街で灯夜を見た際に彼の隣にいた女性だとは気づいていたが、まだ名前は知らない。


詩月うたつき沙羅さらです」

「私は矢祭やまつり帆乃夏ほのかです。ありがとう、沙羅さん」


 名前を知ったことで改めて礼を述べると、帆乃夏は子供達の方へと向き直る。


「ごめんねみんな。また後で、顔を出すから」


 そう言い残し、帆乃夏は灯夜の後に続いて小児病棟を後にした。



 

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