6 不可思議堂
不可思議堂は、魔術に纏わる様々な品を取り扱う魔術雑貨店だ。
楽人が無骨なと言っていたのは事実なようで、店内には長剣やランスなどの西洋風の武具のレプリカや、スカルモチーフの装飾品が多く、どちらかというと男受けしそうな雰囲気だ。
その他には、店先のチュパカブラの仲間達だろうか? 見たことの無いような生物を模した置物やグッズなども置かれている。
「ねえ、これは何?」
沙羅は商品棚に陳列されていた掌サイズの赤い石のような物を手に取り、店員である楽人へ尋ねた。ルビーのような光沢のある赤では無く、血のような少し黒味を帯びた赤色で、どことなく禍々しい気配を感じるような気がする。
「ああ、それは南米で数百人を死に至らしめたと言われる呪いの石――」
「ひっ!」
楽人の説明を最後まで聞くこと無く、沙羅は思わず石を落としてしまいそうなったが、大事な店の商品なので手を震わせながらも元の棚へと戻した。
「――のレプリカだから安心して」
「何だ、偽物か」
沙羅はホッと一息つきながらも、呪いの石のレプリカなど買う人がいるのだろうかと疑問に思う。
「本も置いているんだね」
気を取り直して沙羅は、ブックスタンドに置かれた子供向けの絵本らしきものを手に取る。海外の作品なのだろうか? 文章は全て英語で、ウサギやキツネなのどの動物が、メルヘンチックなタッチで描かれている。
「これは、どういった内容なの?」
「ああ、それはアメリカで絵本に偽装して出版された呪いの書――」
「ひっ!」
沙羅は目にも留まらぬスピードで本を閉じ、スタンドへと戻した。
「――という触れ込みで出版された正真正銘の絵本。害は無いよ」
「何だ、ただの絵本か」
そうは言いながらも、沙羅は二度とその本を手に取ることは無かった。
「沙羅さんも楽しんでいるようで、何よりだわ」
「……あれは楽しんでるのか?」
舞花の素っぽい感想を、灯夜は苦笑いを浮かべて聞いていた。
「それよりも楽人、ちょっと聞きたいことがあるんだが、少しいいか?」
「今日は予約も入ってないし、構わないぜ。ただし、客がいない間だけだがな」
「それは大丈夫だろ。今日はもう誰も来ないって」
「ナチュラルに失礼な奴だな。否定出来ないのが悲しいところだが……」
不可思議堂に買い物にやってくる買い物客は日に数える程しかない。品揃えは店主の趣味で決められており、先程沙羅が手にしていたような曰く付きの品のレプリカだったり、未確認生物関連のグッズだったりと、いまいち一般の客層には受けにくい謎のチョイスばかりだ。
そのため不可思議堂は業務は現在、本業である雑貨の販売よりも、元々はサービスとして始まった特殊なアイテムや魔術武器の鑑定、修理などがその多くを絞めている。
「とりあえず応接室の方で話しを聞こうか」
鑑定などの依頼者の応対用に、茶菓子などを一式そろえた応接室が店舗の奥にある。込み入った話しなら、そこでするのがベストだ。
「舞花、俺は灯夜と少し話してくるから、沙羅ちゃんに少し店の中を案内してやってくれ」
「分かったわ」
「来客があったらすぐに俺を呼ぶように」
そう念を押して、楽人は灯夜を連れ立って奥の応接室へと向かった。
「今日は、店長や贄川さんはいないのか?」
普段なら店主と贄川という名の男性定員、アルバイトの楽人の三人がこの店にはいるはずなのだが、今日は楽人の姿しか見えず。二階の店主の居住スペースにも、人の気配は感じられない。
「店長は昨日から買い付けだとか言って海外に飛んじまったよ。贄川さんは出張鑑定の依頼があって、夜までは戻らない」
贄川の不在はたまたまだったが、店長が買い付けのために店を空けるのはざらで、古今東西の魔術的なアイテムに加え、各地のUMAグッズなど、趣味的なものも一緒に仕入れて帰って来る。
「客足が無いとはいえ、お前一人じゃ大変だな」
「一言多いんだよ」
とはいえ、退屈していたのも事実なので、灯夜達の来店はちょっとした暇つぶしにはなっている。
「それで、話しってのは、例の事件についてか?」
「ああ、楽人の方にも情報は来てるだろ?」
昨日、灯夜が瑠璃子から事件の概要の説明を受けた際、後々鑑定が必要になった時のために、楽人へも連絡しておくという話しは聞いていた。
「心臓が燃えたってやつか。捜査は難航しているらしいな」
魔術犯罪はトリガーを唱える必要性があることから本来目立ちやすい。だが今回の事件は、深夜に起こった一件目はともかく、二件目は白昼のオフィス街のど真ん中、衆人観衆の中で事件は起こった。直接犯人の顔を見ていなくとも、トリガーらしき言葉を聞いた人や、怪しい動きをした人物を目撃した人がいてもおかしくないはずなのに、有力な情報は何一つ得られていない。そのため警備部の方では現在、警察と連携しつつ、被害者同士の接点を洗い出す方向で捜査を進めている。
「犯人は、本当に魔術師なのか?」
灯夜の中には、何らかの疑念が浮かんでいるようだった。
「どういうことだ?」
「例えば、特殊な武器を使ったとか」
「なるほど、それで俺を訪ねてきたわけか」
警備部から魔術武器の鑑定を依頼されるほどに博識な楽人ほど、この話題に適した人物はいない。
「ほら、レイス事件の時にお前が使った銃弾があっただろ? 例えばああいった感じの物を、被害者に打ち込んだとかさ。それなら魔術師以外の人間でも可能だし、トリガーも必要ない」
「それは、まずあり得ないな」
楽人はそう断言した。魔術武器が使用されたと考えにくい理由は大きく分けて二つある。
「確かに俺の使った弾丸のような特殊な物を使えば、トリガーを使わなくても魔術的な効果は得られるが、冷静に考えてみろ。街中で被害者に向けて武器を構えたり、銃声が鳴ることの方が、トリガーを唱えて魔術を発動させるよりよっぽどリスキーだろ」
「……それはそうだな」
灯夜の意見は、トリガー無しで魔術的な効果を発揮することに囚われており、犯人らしき人物の目撃性が皆無だという最も大事な部分についての考察が、完全に抜け落ちてしまっている。
「さらに言うなら、人の心臓を燃やして殺す程の武器なんて、見たことも聞いたことも無い。そんなものが存在したら、素質や修練なんざ関係無く、誰でも強力な魔術師になれちまう」
楽人の銃弾も、せいぜい相手の意識を奪うのがせいぜいで、相手を殺傷出来る程の威力を有してはいない。それこそが、魔術師で無い人間が魔術的な力を扱う限界ということだ。
「……となると、他にトリガー無しで魔術を発動する方法があるとすれば」
灯夜は神妙な面持ち、自らの左腕を見下ろす。
可能性は低いだろうが、意識するだけで魔術を発動できる魔術紋は、今回の事件の条件に合致する。
人を殺傷できる程の威力の魔術を放てる魔術紋を持つ者など、世界には数える程しかいないが、事例が存在する以上は、有り得ないとは言い切れない。
「もしも魔術紋が事件に絡んでるなら、厄介なことになるな」
「違うことを祈ってるよ。魔術紋を持っている俺が言うのもなんだけど、対処法がまるで分からん」
大仰に手を上げて、灯夜はそんな希望を口にした。
「楽人くん、お客さんだよ」
「了解」
沙羅から呼ばれ、楽人は慌てて応接室の椅子から立ち上がった。まだ勤務中なので、仕事を優先しなければいけない。
「話しはこれで終わりでいいよな?」
「ああ、俺の方から以上だ。悪かったな、仕事中に」
足早に応接室を後にし、楽人は接客のために店舗の方へと戻っていった。
「……売れちゃったよ」
会計を終えて店を出た客の背中を見送り、沙羅は思わず瞬きを繰り返していた。
たった今目の前で売れていったのは、先程沙羅が、こんなものを買う人がいるのだろうか? と内心思っていた、例の呪いの石のレプリカだった。




