表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/63

2 出会いは昼食時に

「やっと終わった」


 午後一時を回ったころ、真名仮中央病院にいた灯夜とうやは、全ての検査を終えたところだった。特に長引くでも早く終わるでもでも無く、毎月の検査とだいたい同じくらいの終了時間だ。


「それでは、検査結果は後日お知らせしますね」


 看護師にそう告げられ、灯夜はようやく検査から解放された。

 いつも通りなら一週間後くらいに呼び出しがあり、主治医である九頭竜くずりゅうから詳しい説明を受けることとなるだろう。


「何か買っていくか」


 私服に着替え終えた灯夜は、昼食を院内の売店で買うことに決めた。

 ちなみに、五月も中頃に入ればスタジャンでは熱いので、今日の灯夜の服装は、白ベースに袖から紺色に切り替わった長袖のカットソーにデニムパンツというラフなものだ。

 売店でおにぎりを二つと飲料を購入し、灯夜はそのまま病院の敷地内にある庭へと向かった。

 芝生の上に数台の木製のベンチが置かれているだけの簡素な庭だが、日当たりがよくとても居心地がいい。売店からも近く、庭内にも自動販売機が設置されているので休憩にはもってこいだ。

 庭に到着すると、灯夜は空いているベンチに適当に腰掛け、緑茶の入ったペットボトルを開け、喉を潤した。今日は天候にも恵まれているので、このまま昼寝でもしたくなるくらい気持ちがいい。

 二つ隣のベンチでは入院患者だと思われる寝間着姿のお婆さんが読書に耽っており、奥の方ではベンチを二つ使い、小学生くらいの男の子4人がカードゲームをして遊んでいる。


「隣、よろしいですか?」


 不意に後ろから声をかけられ、灯夜はペットボトルに口を付けまま振り返った。

 声を掛けて来たのは、灯夜と同い年くらいと思われる少女だった。

 瑠璃子るりこ沙羅さら舞花まいかなど美人はそれなりに見慣れている灯夜も、その少女を見た瞬間には思わず息を飲んだ。

 色白の透き通るような肌に絹糸のように流れる滑らかなセミロングの黒髪。少し儚げでイノセンスな雰囲気をを感じさせる美少女がそこには立っていた。白いブラウスにネイビーのロングスカートという服装も、少女の印象付けに一役買っている。


「あっ、すみません。驚かせてしまいましたよね?」


 キョトンとした様子の灯夜を見て、突然声を掛けてしまったせいだと思ったらしく、少女はおずおずと頭を下げた。


「あっ、いえ、大丈夫です。隣、どうぞ」


 逆に灯夜の方が恐縮してしまったが、少女を拒む理由も無いので、少し端の方へと寄ってベンチの上のスペースを拡張した。


「では、失礼します」


 少女は一礼して灯夜の隣に腰掛けた。何とも礼儀正しい。


「良いお天気ですね」


 手作りらしき弁当を膝の上に置いた少女が、そう語り掛けてきた。


「確かに」


 淡泊な返事となってしまったが、本当にそう思うのだから仕方が無い。


「私、病院でお昼を取る時にはいつもこのお庭で食べることにしているんです。流石に雨の日は無理ですけどね」

「俺も病院に来た日は、よくここで食べてる」

「いいですよね、ここのお庭」


 少女は笑顔で頷いた。共感を得れたことが嬉しいようだ。


「今日は誰かのお見舞いですか?」

「いや、月に一回、検査で通っててね」

「どこかお悪いんですか?」

「そういうわけでもないけど。昔、腕に怪我したことがあって、その経過観察でちょっと」


 流石に本当のことは言えないが、決して嘘というわけでも無い。検査に通うことになったのは昨年のあの事件以来なのだから。


「大変ですね」

「もう慣れた」


 灯夜は苦笑すると、ペットボトルの緑茶で喉を潤す。


「そういう君は、誰かのお見舞い?」

「はい、兄が入院していまして」


 そう言って少女は、憂い顔で入院病棟の方を見上げた。


「そっか」


 少女の表情を見て、灯夜はそれ以上は話を広げなかった。病院という場所だし、興味本位で触れるべき話題では無いだろう。


「あっ、帆乃夏ほのか姉ちゃんだ」

「本当だ」

「おーい」


 カードゲームをしていた少年の一人がこちら側へと気づいて手を振ると、連鎖反応のように他の少年達もこちらへと手を振ってきた。


「こんにちわ」


 少女は笑顔に戻り、少年達へと手を振り返した。


「知り合いか?」

「入院患者の子達です。実は私、兄のお見舞いに来る傍らに、ボランティアで入院している子供達に勉強を教えたり、本の読み聞かせをしたりしていまして」

「良い先生なんだな」


 少年達の笑顔を見て灯夜がそんな感想を口にしていると、少年達が少女の方へと嬉々として駆け寄って来た。


「こら、走ったら危ないよ」


 自分を慕ってくれることは嬉しいが、少年たちは入院中の身だ。怪我などをさせないために少女は注意する。


「ごめんごめん、でも、帆乃夏姉ちゃんに会うの、久しぶりだったから」


 短髪の腕白そうな少年は、申し訳なさそうに言いながらも、その表情は笑顔だった。


「ごめんね、最近少し忙しかったから」

「次はいつ勉強を教えてくれるの?」


 眼鏡を掛けた少年が、期待の眼差しで少女を見上げる。


「明後日の予定よ。他の子達にもそう伝えておいてね」

「わーい」


 少女のその言葉を受けて、眼鏡の少年の眼差しは期待から喜びへと変わった。


「ねえ、帆乃夏お姉ちゃん、この人だーれ?」


 おかっぱ頭の少年が、少女の隣に座る灯夜を見て、頭の中に疑問符を浮かべた。


「分かった、お姉ちゃんの彼氏だ」


 おかっぱ頭の少年は、少女から返答を得る前に自己完結してしまった。心なしか表情も満足気だ。

 ――何故そうなる? と灯夜は内心思ったが、相手は小学生だし、隣合った男女が会話をしているだけで、そう見えてしまうこともあるのかもしれない。


「俺は、たまたま隣に座ってただけだよ」


 灯夜は特にからかう様な真似もせずにそう言った。何の面白みも無い解答だが、それが事実だし、子供相手にユーモアを発揮できるようなスキルを、灯夜は有してはいない。


「ごめんなさい、この子が変なことを言ってしまって」

「いやいや、別に気にしてない」


 おかっぱ頭の少年の発言を少女は気にしているようだったが、子供の発言に気分を害する程、灯夜は心の狭い人間では無い。


「お姉ちゃんは、やっぱり綺麗だな」

「あら、お上手ね」


 他の三人より一歩後ろに立っていいた背の高い少年は、少女に見惚れていた。恋心とまではいかないまでも、年上の女性への憧れを感じさせる。

 少年達と少女のやり取りをどこか微笑ましく眺めていた灯夜だったが、不意にポケットの中で携帯端末がなっていることに気が付いた。


「すまない、電話だ」


 着信が入ったのを確認し、灯夜は少女達の邪魔にならぬように庭の端の方へと行き、通話を開始する。


「今、大丈夫だった? 今日は検査の日だよね」


 電話の相手は瑠璃子だった。


「大丈夫だよ、検査は終わった。それよりも、何か事件かい?」


 昨日瑠璃子が早退したので、タイミング的にその可能性が高いと思われた。


「うん、ちょっと厄介な事件が起こってて。あくまでも念のためなんだけど、一応灯夜くんとも情報を共有しておきたいと思って」

「瑠璃ちゃんの頼みなら、いつでも手を貸すぜ」


 瑠璃子のためなら例え火の中水の中(賢者の左腕を使えば、不可能でも無いが)という気持ちで、灯夜は意気揚々と答えた。


「・・・ごめんね、いつも頼ってばかりで。それじゃあ、これから迎えを寄越すから、少し話せるかな?」

「了解だ」


 満面の笑みを浮かべて、灯夜は電話越しに頷いた。瑠璃子と会える日は、自然とテンションが上がる。


「ちょっと用事が出来た。俺はこれで失礼するよ」


 たまたま隣に座っただけとはいえ、多少なりとも会話は交わしていたので、灯夜は少女に一言断りを入れた。灯夜が電話をしている内に、少年達は元のベンチに戻り、再びカードゲームに興じ始めたらしい。少女は弁当箱の蓋を開け、昼食の続きを取っていた。


「ご用があるのなら、仕方がありませんね。出来れば、もう少しお話ししたかったですが」


 社交辞令か本心かは分からないが、少女は名残惜しそうにそう言った。お気に入りの場所で同年代と話せて楽しかったのもしれない。


「機会があったらまたってことで、帆乃夏先生」


 悪戯心という程でも無いが、灯夜は少女のことをそう呼んでみた。


「ど、どうして私の名前をご存じで?」


 少女は目に見えて動揺している。意外と天然なのかもしれない。


「さっき、子供達が名前を呼んでた」

「そういえば、そうでしたね」


 慌ててしまったことが恥ずかしいのだろう、少女は納得がいくと同時に顔を紅潮させてしまった。


矢祭帆乃夏やまつりほのかです。私の名前」 


 きちんと自分からも名乗りたいと思ったのだろう。少女――帆乃夏はフルネームを灯夜へと教えた。


「俺は、灯夜、久世灯夜だ」


 昼食の入ったレジ袋を手に取り、灯夜も名乗り返した。相手がきちんと名乗った以上は、こちらもそれに返すというのが礼儀だろう。


「また、会えるといいですね、灯夜さん」

「そうだな」


 灯夜は検査と、その結果を聞くために最低でも月に二度は病院を訪れているので、院内で会う可能性も無くはないだろう。少なくとも、お気に入りの昼食場所は同じなのだから。


「それじゃあ、俺はこれで」


 帆乃夏に軽く手を振り、灯夜は庭内を後にした。


 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ