22 決戦の地へ
「俺は今から、セントラルビルへ向かうよ」
関係機関への連絡を終え、再び電話口へと戻って来た瑠璃子に対して、灯夜は一つの覚悟を口にした。
『灯夜くんは今、廃工場地帯にいるのよね?』
「ああ、そうだけど」
『丁度よかった、実は応援に警備部の人間を送ったところだったの。事情を知らせておくから、彼らが到着したら、セントラルビルまで送ってもらいなさい』
「そいつは助かるよ。さっきの戦いでけっこうダメージ貰っちまって、移動魔術で向かうのはきついなと思ってたところなんだ……」
灯夜はその場に座り込み、先程の戦闘で負った脇腹の傷を押さえた。銀狼の右腕はまだまだ余力を残し、白衣の賢者の左腕の貯蔵マナ量にも余裕がある。少なくとも腕だけならばまだまだ戦えるが、ベースである体の方が限界に近い。
『灯夜くん! 大丈夫なの?』
電話口に灯夜の異変を感じ取り、瑠璃子は心配から声を荒げた。
「このぐらいならまだ大丈夫さ。でも、流石に明日は学校休むかも」
『そんなの当たり前よ……ううん、それだけじゃ足りない。この一件が片付いたら、私が灯夜くんの望みを何でも叶えてあげるから』
「……年頃の男子にそういうことを言うもんじゃないぜ。瑠璃ちゃん」
瑠璃子の生真面目すぎる性格に、灯夜は思わず苦笑した。瑠璃子ほどの美女に何でもするなんて言われてしまったら、勘違いしてしまう男は多いだろう。
『私、灯夜くんとなら……構わないわよ』
「何ですと!」
年頃の男子の理性など軽く吹き飛ばしてしまいそうな爆弾発言に、灯夜は思わずその場から、脇腹の痛みも忘れて立ち上がる。もちろん、過激な要求をするつもりなど灯夜にはまったく無かったのだが、そんな理性が揺らぐ程の衝撃を受けていた。
「それも悪くは……いやいや!」
灯夜は必死に邪念を振り払う。瑠璃子に対しては、女性としても教師としても好感を持っているが、仮にも教師と教え子だ。こういう形でそういう関係に進んでしまうのは、あまりよろしくないだろう。
「……今度ご飯でも奢ってよ。今回はそれでいい」
少しの間を置いて、灯夜は瑠璃子にそう告げた。彼が自身の中の煩悩に打ち勝った瞬間だった。
『やっぱり灯夜くんは真面目だね。そこが魅力的』
ある程度は灯夜の返答を予測していた瑠璃子は電話口で笑っていた。灯夜となら構わないというのは決して冗談では無いが、そこで思い留まる灯夜のことも瑠璃子は好きだった。
「お、俺が一人前の男になったら……そ、その時に俺の方からお誘いするから」
自分で言いながら赤面しつつも、灯夜は男らしくそう告げた。
いつか瑠璃子の中の罪悪感が晴れた時には、改めて一人の男として彼女との関係を深めていきたいと、灯夜はそう考えている。
『まずは、お互いに明日を迎えないとね』
「そうだね」
灯夜が瑠璃子の言葉に力強く頷いたのとほぼ同時に、静寂に包まれていた廃工場地帯に車の走行音が響き、二台分の車のライトが周囲を照らしてた。瑠璃子の派遣した警備部の人間が到着したようだ。
「どうやらお迎えが到着したらしい。瑠璃ちゃんはこれからどうする?」
『私は最悪の場合に備えて、龍脈の近くで待機する。状況が状況だから、灰塚さんにも来てもらうわ。万が一、バニシアの超高度魔術が放たれた場合は、私達が可能な限り迎撃する。確実とは言えないけど、刺し違える覚悟なら、龍脈を覆う障壁を破られない程度までは威力を減退させられるはず』
「……大丈夫、俺が絶対に撃たせないから」
本来超高度魔術に対抗するには同様に超高度魔術をぶつける他無い。いかに瑠璃子と灰塚が優秀な魔術師であろうとも、通常魔術だけでそれに対抗することは難しい。仮に威力を減退させることに成功しても、それは二人の死を代償とすることになるだろう。灯夜にとっての勝利とは、超高度魔術を放たれる前にバニシアを止めることでしかありえないのだ。
『……ありがとう、灯夜くん。頑張って!』
瑠璃子からのその言葉は、灯夜にとっての何よりの励みになった。
「行ってくるよ。瑠璃ちゃん」
最後にそう言い残し、灯夜は静かに携帯端末をポケットへとしまった。次に瑠璃子に連絡するのは、レイスの計画を潰したという結果報告の時だ。
瑠璃子から遣わされた車両が停車したのを見計らい、灯夜は廃工場の外へと歩み出た。
外には警備の車両が二台とバイクが一台停められており、車両から警備部の正装である黒スーツに身を包んだ、数名の屈強な男達が姿を現した。
「お疲れ様です。雨音リーダーからお話しは伺っております」
班長と思われる黒服が灯夜へ駆け寄り、形式的に身分証を提示した。はなから疑ってなどいないが、警備部の人間で間違いない。
「その辺で気絶している二人は、来た時に確認済みかな? この建物の中にも一人いる。完全に気絶しているから大丈夫だけど、かなり強いリザードマンだから、一応は気をつけて」
「了解しました。我々が責任も持って本部まで連行いたします」
班長の黒服は灯夜からの報告に頷くと、すぐさま周りに指示を出し、数名の部下と共にレイスのメンバーの運び出しへと向かった。
「……それで、誰が俺をセントラルビルまで送ってくるんだ?」
黒服達が全員レイスのメンバーの運び出しに従事してしまったのを見て、灯夜は困惑した。ぐずぐずしている暇など無いのだが。
「こっちだ灯夜」
声のする方向を見てみると、バイクの人物がヘルメットのバイザーを上げて手招きしていた。その顔は、灯夜もよく知る友人のものだった。
「楽人か!」
「おう、迎えに来たぜ」
ニヒルに笑い、楽人は右手の親指を立てた。ちなみに、乗っているバイクは彼の私物だ。学校へのバイク通学は認められていないので、普段はあまり使用しないのだが、この日は瑠璃子の手伝いで警備部に向かう際にたまたま乗ってきていたので、より速い移動手段として自ら送迎役を買って出たのだ。
「けっこうやばい状況らしいな、とにかく乗れよ」
「ああ、頼んだぜ」
楽人からヘルメットを受け取り、灯夜はバイクの後部へと跨った。
「今から最短ルートでセントラルビルへ向かう。周辺の道路は封鎖してもらったから、飛ばせば七、八分で着くはずだ」
「道路の封鎖なんてよく出来たな。レイスのリーダーが行動を起こすって分かってから、まだそんなに時間が経っていないだろ?」
「舞花のおかげだよ。今回の一件を知るや否や、電話一本で道路の封鎖をやってのけやがった。今はお前が心置きなく戦えるように、セントラルビル及びその周辺にいる人達の避難を行っているはずだ。現場で落ち合うことになってる」
「流石だな、舞花は」
納得がいったところで灯夜はヘルメットを装着した。緊急事態とはいえ、着用義務は守らなくてはならない。
「行くぞ!」
その言葉とともにバイクは発進し、最終決戦の地となるであろう、真名仮セントラルビルへと向かって、夜の闇を駈けて行った。
灯夜と楽人が廃工場地帯を後にしたちょうどその頃、図書館の灰塚の元へは、瑠璃子から協力要請の連絡が届いていた。ある程度は想定通りの事態だったこともあり、灰塚は至って冷静にその話を受け止めていた。
「了解だ。私もすぐにそちらへ向かう」
迷うことなく瑠璃子へ返答すると、灰塚は受話器を置いた。
「何かあったんですか?」
ただならぬ雰囲気を感じ、沙羅は不安そうな表情を浮かべる。
「君も無関係ではないから正直に話すが、どうやらレイスのリーダーは今夜中に龍脈へ魔術を放ち、マナを暴走させるつもりのようだ」
「今夜なんですか! ついさっきレイスの目的やリーダーの正体が分かったばかりなのに」
これからようやく対策が練れると思ったら、実際にはすでにタイムリミットが近づいていたというのは、何とも非情な知らせだ。
「私はこれから瑠璃子くんのところへ向かうよ。詩月さん、君は少しでも遠くに逃げたほうがいい。もちろん最悪の事態だけは防ぐつもりだが、絶対とは約束出来ない」
灰塚は沙羅の瞳をしっかりと見つめ、優しくも力強い口調で告げた。
出来ることなら絶対に大丈夫だと言ってあげたい心境だったが、何が起こるか分からない状況でそれを口にするのは、ただの無責任でしかない。事実、灰塚自身も死を覚悟して現場に臨むのだから。
「私は、逃げません」
沙羅は迷いなく即答した。まだ引っ越してきたばかりではあるが、この街には母親がいるし、灯夜や楽人、舞花やクラスメイト達だっている。自分だけが早々に逃げるという選択肢は、沙羅の中には存在していなかった。
「……私も連れていってもらえませんか?」
例えどのような結末を迎えようとも、その全てを見届ける覚悟を沙羅は決めていた。アイドル時代もそうだったが、ここぞという場面での意志の強さは相当なものだ。
「命の保証は出来ないよ?」
「覚悟の上です……それに」
しっかりと顔を上げた沙羅の表情には、不安を感じさせない心穏やかな笑顔が浮かんでいた。
「久世くんがきっと、この街を救ってくれます」




