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014 存在の魔法陣

 カロンが待っている。

 気は急いても、森を抜けるのは時間がかかる。

 さらに、森を抜けても街まで徒歩で戻る必要がある。

 と思ったのだが、


「帰りは馬車に乗りましょう」


 というカエデの提案で、ユウとカエデだけ先に馬車に乗ることになった。アリスはというと、朝方言った通り、本当に酔いやすいらしく、一人歩いて帰るという。だが、それ以外にも事情がありそうだった。

 精霊に見送られ、ユウたちは行きの半分以下の時間で森の近辺から街の東門まで辿り着き、一路旧魔法街の雑貨屋へと急ぐ。


「カロン!」


 飛び込んだ寝室に横たわる彼は隠しもせずに顔を顰め、


「大声を出すな。頭に響く」


 そう苦情を言う。

 この分なら、平気そうだな、と思ってしまうユウだったが、それでもやることがある。


「これ、取って来たよ。どうすればいいの?」


 黒の籠手の籠手を鞄から取り出して見せると、彼は布団から腕を出して受け取る。


「ま、アリスからなんとなくは聞いてると思うが、これは私の体から造ったものだ」


 つまり、


「これで不完全な器を補える」


 辛そうな動きで身を起こそうとするのを手伝う。そして、彼は受け取った籠手を左手に装着した。

 途端、籠手とカロンの体から同時に濃紫の魔法陣が展開する。しかし、カロンから現れた陣は一部が欠けており、


「本当は他者に見せることなど滅多にないが、これが私自身の魔法陣だ。こういう部分があるから、人よりも精霊に近いといえるのだがな」


 魔法の面から人間と精霊を定義した場合、固有の魔法(陣)を有しない者を人間、対して有する者を精霊と定義する。人間でありながら、魔法陣を有するが故に、『宿し子』と呼ばれる。カロンや学園の授業で教えられた。

 だが、その定義の根源たる魔法陣をこの目で見たのは初めてだ。いや、彼の言うとおり、それは滅多に人に見せるものではないのだろう。

 カロンは自身の魔法陣に触れ、圧縮された状態を解く。さらに、籠手の魔法陣も同様にし、


「切り離した部分をこれから繋ぎなおす」


 簡単そうに言うが、とてもそうは思えない。カエデもそれは同様のようで、見つめる視線は厳しいものだ。いや、彼女の瞳はそうではない。


「カエデちゃん?」


 名を呼ぶと、肩を震わせ、


「え? あ、ごめんなさい……」


 謝罪と共に視線を逸らす。


「?」


 ユウにはわからなかったが、カロンはその意味がわかっているらしく、


「お前になら()られていても構わない。だから、この場にいることを許している」

「とは言いましても……それは根源。そして、わたしの目は読み解くことを得意とします。ただ見るのとは訳が違いますから」

「ま、どっちでもいいさ。だが、お前の立場上、知っておいて損はないと思うがな」


 親切で言っている、と付け加え、しかし、彼女の返事を待つことなく作業を再開した。

 二つの魔法陣を近づけ、指に同色の光を灯す。

 その光で二つの魔法陣を縫い合わせるように、繊細に紋様を描いていく。

 作業時間として数分。淀みなく描かれた紋様は元々そうであったかのように二つの魔法陣を結び付けていた。


「凄い……」


 ユウは素直に感心していたが、カエデは複雑な表情で、


「無茶が過ぎます。一歩間違えば、己の存在を歪めるのですよ?」

「お前は予めわかっている魔法陣の敷設を間違ったりするか?」

「い、いえ……しませんが」

「それと一緒だ。私は切り離し可能な部分を選定し、再度繋ぐときに必要な魔法陣も用意してから事に臨んだ。万に一つも失敗はない」


 ため息。


「自信があるのは結構ですが、少しはご自愛ください。第一、欠けた状態で無茶をするなど、死にたがりのすることですよ?」

「その無茶がなければ、死ぬのは私一人ではなかったからな。仕方がないだろう」


 このまま続けさせるとキリがなさそうだったので、


「ところでさ」


 ユウは強引に割り込み、


「もし、今回の事が精霊廟の総意で行われたことだとしたら?」


 そもそもの事件に対しての意見を求める。

 カロンは少し考え込み、


「それこそ、万に一つの可能性だが、そうであったならばグランベルは精霊廟と事を構えるだろう。しかし……」


 言い淀む先をカエデが引き継ぐ。


「あり得ないでしょう。グランベル市は魔法研究の中心とも言える地で、しかも精霊に対して敵対行動をとっていない。とすれば、精霊廟として動く要因がないのですから」

「まあ、さらに言えば、学生を殺戮するという蛮行自体、奴らの手口とは思えない。精霊の関わる事案に対して強硬な策をとることはあるが、それ故に動きは慎重だ。世界的な機関であることもその動きに枷を付けている」


 ということは、カロンが再開した司祭本人の意思によるものか。


「どちらにせよ、解せない。意思の大元がどちらであれ、『人間』として価値のある行動とは思えない」


 その『人間』という言葉を強調する物言いに、カエデは敏感に反応する。声を抑え、確認するように、


「では、これは裏で精霊が糸を引いていると?」

「お前達も聞いていただろ? アリスのもたらした情報を」

「あっ……」


 そうだった。この大事で忘れていたが、彼女は確かに言っていた。精霊の過激派、すなわち人類排斥派の集会があったと。


「だとしたら……」


 知らず、体が震える。


「精霊廟はその尖兵……?」


 だが、それが精霊の望みだとしても、彼らはそんな理由で人を殺すのか。信じたくはない。


「だからこそ、市長は使者を送った。対策はしておくべきだが、先手を打って非難されるのは私たちの方だ。今は待つしかない」

「そう、ですね」


 カエデは腰の刀を握りしめ、瞳を伏せる。


「フォルに伝えてきます、今の状況を。なにか情報を得ているかも知れませんし」


 カエデは身をひるがえし、カロンの返事を聞くことなく部屋を後にする。


「カエデちゃん……」


 ユウは声をかけることもできず、ただ見送るしかなかったが、


「心配なら行ってやれ。それが友人だろ?」


 カロンの声に背中を押され、ユウはカエデを追いかけて部屋を出た。

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