013 始まりの小屋
対人兵器との遭遇と撃破からさらに一時間ほど歩いた頃、森が途切れた。
「ここが……」
森が途切れるということは、そこには空を塞ぐものがないということ。
鬱蒼と木々が生い茂る森を抜けてみたユウたちにとっては、久々の陽光であり、それはあまりにもまぶしく感じた。
目を細めつつ、広場になった場所を見る。小屋だ。
きっと、カロンの話にあった、フィニスというかつての調停者と過ごした場所。だが、あの話でフィニスの最後については言及されていなかった。果たして、今彼はどうしているのか。
でも、その謎も答えはすぐそこにある。
そして、恐らくアリスはその結末を知っているのだろう。伺い見た横顔は郷愁といくばくかの憂いを含んでいた。
「なんじゃ?」
長い間見ていたわけではないが、視線に気づいたようだ。
「いよいよだな、と思って」
「そうじゃな。カロンにとっても、そしてあるいはお前にとっても、ひとつの始まりなのかもしれない」
「あたしにとって?」
「予感じゃが、な。カロンは、まあ、再出発じゃな」
再出発。いつか彼自身も言っていた。自分と出会ったことでもう一度歩きだそうと考えた、と。
そして、さらにこれで何かが変わるのだろうか。
「行きましょうか」
カエデの促しにユウたちは小屋へと歩き出す。
広場そのものは広大という程ではない。すぐに扉の前へとたどり着き、取っ手に手を掛ける。
躊躇。しかし、それを振り切り、引き開ける。難なく扉は開き、薄暗かった小屋の中に陽が差し込む。
茫洋としていた景色に色彩と輪郭が与えられ、ユウはぬくもりに満ちた空気を感じた。
「温かい……」
思わず、そう呟いてしまう程に。
「ええ、確かに」
カエデもそれに同調し、目を細める。
「でも、それ以上に濃いですね」
「濃い? 何が?」
言われ、空気の濃さかと思って匂いを嗅ぐが、森林の発する瑞々しく清澄な空気と木材で作られた家屋独特の匂いを感じるだけだ。
「いえ、そうではなくてですね。壁を見てください」
壁? と思いつつ、視線を巡らせると、それらはすぐに目に付いた。
「あっ……」
なんで気が付かなかったのかという程に、壁や床の至る所に書きつけられた魔法陣や文の羅列。
効果を発揮する一歩手前まで書かれたものもあれば、基礎式の段階で放置されたものもある。だが、それらの集合は魔法の基礎を身に付けただけのユウでもわかるほど、“濃い”。
認識した途端に、空気の密度が森の中とは段違いなほど重い。
ようやく理解した。ここがどういった場所なのかと。『調停者』が次代へと継ぐための知識。そして、それへさらに上積みされたカロンの魔法技術の一端がここにある。
一端だとしても、魔法に関わるものなら垂涎ものの知識がここには集約されている。
「やっぱりカロンは……」
「天才、いえ、それ以上ですね」
今すぐにここにあるすべてを修得することはおそらく無理だろう。しかし、ユウはカロンの弟子だ。唯一の、と言ってもいい。
「頑張らなくちゃ」
師匠の立ち位置を改めて実感し、ユウは決意を新たにする。そして、そのためにはやることがある。そもそも、それがここに来ることになった経緯であるのだから。
「じゃあ、忘れ物をすぐに持って行こう」
「そうじゃな。案内する」
アリスの先導で居間を通り過ぎ、狭い廊下に並んだ扉の一つへ。
「ここ?」
ユウの確認に精霊は小さく頷き、取っ手に手を掛ける。
開いた扉の向こう。寝室だ。決して広くはなく、小さな物書き机と簡素な寝台、そしてわずかばかりの物を入れるための物入れ。
簡素だが、しかしここも濃い。居間以上に、かもしれない。
ここがカロンの寝室なのは恐らく間違いないだろう。
そして、その中にあって、なお存在感を示すものが一つ、寝台の上に鎮座していた。
黒色でありながら、金属の光沢を宿した腕。そう、腕だ。義手、もしくは籠手と言い表すのが適切であるはずなのだが、そう言うのには強烈な違和感が付きまとった。
「これ、は……?」
問いかけに、アリスは目を細めて、
「あやつの腕じゃ。正確には、かつて四聖竜を屠った際に使い物にならなくなった自身の腕から精製した籠手の形状をした魔法具じゃがの。だが、お前たちが感じる通り、あれは生きていると言っても差し支えない」
そうか。違和感の正体が彼女の言葉ではっきりした。
生きている。まさしくその通りで、その籠手からは生命を感じていた。脈動しているわけでもなく、蠢いているわけでもないが、そこに宿っているのは確かに生命で、そして、それはユウの知りうる限りのカロンに相似している。いや、本人の物なのだから、当たり前の話ではあるのだけれど。
「忘れるには大きすぎるものですね。精霊を宿す器として、存在を確たるものとするための肉体が欠けた状態というのは、あまりにも安定を欠いています」
「じゃから、精霊の力を行使すると肉体に多大な影響が出る。だがまあ、あやつとしては戒めのつもりじゃったのだろうからな」
「精霊を殺した罰としての、ですか?」
「まあ、の」
精霊廟の影響下にあるフロイスでは精霊殺しは重罪だ。だけど、それは人間が行った場合の話。半分が精霊である宿し子はどういう立ち位置になるのか。
複雑。恐らくその一言に尽きる。一種同族殺しであり、しかし、人間の側面から見れば紛れもない大罪。
きっと、精霊廟は彼の存在を持て余しただろう。多分に、彼の在籍していた学園も。
ユウの知っている事実として、カロンは自ら学園を辞し、半ば廃墟となった魔法街に籠ったという。リックから聞かされた、彼にまつわる経歴のひとかけら。
「…………」
本人こそが、もっとも戒めを欲したのかもしれない。腕をつなぐ鎖も恐らくはその一環なのだろう。
多分、そのことに関してユウが口を出せることはない。罪を感じるな、などということは論外だし、かといって一緒に背負うとも言うことはできない。出来るとすれば、ただそばにいること。感情のひとかけらを分かち合うこと。そして、弟子として、誇れるようになること。
「帰ろう」
ユウはこれからもカロンといるために、そう短く二人を促した。
二人は何も言わず、小さく、確かに頷いた。




