012 入れずの森にて
腰の一刀を抜き放ちざまの一閃。戦闘の合間に“道”を見るだけの余裕はないため、踏込が出来ないが、猛然と襲いかかってきた腕、そしてその先に光る鉤爪を弾くことには成功した。だが、体を支える二本を除く残り七本の腕が代わる代わる軌道とタイミングをずらして巧妙に攻撃を仕掛けてくる。
「でも――」
ぬるい、と感じた。如何様にして、このような巧みな攻撃法を編み出したのかはわからないけれど、とにかくぬるい。
「二撃ですね」
呟き、実行する。獣の腕が如何に多くあろうと、所詮は腕だ。そのリーチなどたかが知れている。楓は時間差の攻撃を実現するためにたわめられている腕も含め、全てを軌道上に捉える一撃を放つ。切断力を魔法として実現することによって、ほとんど全ての腕を切り落とす。
続く動きは、瞬時に刃を引き戻してからの鋭い突き。狙いたがわず、顔の中心に位置する大きな目玉に突き刺さり、そのまま貫通。
「ギ――」
悲鳴にもならない短い断末魔の苦痛を滲ませる声を上げ、そのまま生命活動を停止した――筈だった。
グルン、と腕が関節を無視した動きで回り、上段から叩き落とすような一撃を繰り出す。
瞬時に反射的な選択で回避を行おうとして、森に弾かれることを思い出す。刀は敵の目玉に突き刺さったまま。魔法を使うには詠唱の時間が足りない。
瞬時に駆け巡るいくつもの思考が逆に体を動きを鈍くする。
目の前に迫る凶刃。
だが、時間さえも縫いとめるような鋭い声が樹々の間を貫く。
“――Hastam vento!”
破裂音の重なりが響き、獣の腕と言わずすべてが砕け、千切れ飛ぶ。この段になって、生物と思っていたものが歯車などで動く機構仕掛けの人形だということを理解した。
「偽獣機兵、じゃな」
勢いで引きちぎってしまったのか、鎖の切れた首飾りを前に構えたユウの横でアリスが鼻を鳴らす。
楓は聞きたいことがありすぎて少々混乱していた。
口をパクパクする彼女へ、アリスはため息をついて、
「少し落ち着け。後、不用意に動くなよ。ここまで来て弾かれたらアホらしく思うからな」
「え、ええ……」
目を閉じて深呼吸。葉擦れの音、樹の間を流れる湿度の高い空気の音、そして下草を踏んでこちらに近づく足音が二つ。そこに交じる微かな鎖の音が楓の意識を醒ます。
「今魔法を使ったのはユウちゃん……なのですか?」
「うん」
迷いのない、透明な瞳。もしかしたら、生き物を殺したかもしれない者が宿すには純粋すぎる色彩。
「でも」
しかし、楓が彼女の心を危惧する前にユウはネタ晴らしをした。
「先にアリスが教えてくれていたから」
「アリスさんが……そう、ですか」
安堵が体に満ちて、膝から抜けそうになった力を入れなおす。
「しかし、アレはなんなのですか? 精霊が放った守護用の番兵、でしょうか」
「いや、あれは人間が作った代物で、今なお作動していた生き残りに過ぎぬそれにアレはの」
アリスは憐れむような表情を見せ、
「人が人を殺すために造った兵器じゃよ」
その言葉で気づくことがあった。確かに、あの獣に見せかけた兵器では精霊は殺せない。そして、この入れずの森という立地。
森はグランベル市にほど近く、広大だ。かつての大戦時に、難所とは言え格好の進軍ルートはそうそうない。
「もしかして、この森全体に掛けられた魔法も?」
「本当は逆じゃったがな。入れぬようにするのではなく、出られぬようにしておったのがかつての森に掛けられていた魔法じゃ。じゃが、フィニスがその効能を逆転させて」
「それって、自分の隠れ家にするために?」
「ま、そういうことじゃ」
人と人とが相争った時代の遺物がこのような場所に色濃く残っていようとは。
そして、楓は己が未熟を恥じた。
「“道”を探すことに傾注しすぎて、全体が見えていなかったようです」
「まあ、そう卑下するな。かつては人間が組んだとはいえ、あのフィニスが手を加えたのじゃ。そうそう全体を見渡せるわけもない」
懐かしむようにかつての調停者の友人は笑う。
「再出発じゃ。カエデ、先導を頼むぞ」
その言葉に、楓は必要以上に力を込めて頷いた。




