第32話_弱者の嘆きと強者の行進
コロシアムの熱気とは裏腹にグワンを殺した足でそのままガルドは、自宅へ戻る帰路についていた。
(興行主だけは俺の家を知っている。必要最低限のものを持って早くこの国から出なくては......おそらく、興行主とチットン共和国の親衛隊から追われるんだろうな。)
「ああ、やっちまったな。でも後悔はない。あいつから今日受け取った金は、グワンのところに全てぶちまけてやったし、このコロシアムの生活にも飽きてきたところだったしな。」
そう独り言をつぶやきながらも走っていると、小さい木造の家の前に着いた。
(着いた。急いで準備しないとな。)
ガルドは家の中にあったコロシアムでためた金貨が入った袋と、棚の上に無造作に置かれていた一冊の古い本を手にとった。何も書いていない、無用の長物のはずだが、この時のガルドはなぜか手放す気になれなかった”異様な装丁の謎の本”だ。それを荷袋に押し込むと、ガルドは家を出ようとした。
「ガルドを殺せ。そしてあいつの首を国王のところまで持っていって考え直してもらうぞ。」
ガルドは家の外に出ると、そこには興行主、そして剣を持った6人が家の前で待機をしていた。
「早い到着だこと。こうなることも想定済みってところか?」
ガルドは剣を構えた6人に囲まれながらも笑いながら興行主の方を向いてそう言った。
「ああ。お前の強さだけは信用しているが、お前のそれ以外は全て信用していないからな。」
興行主がニヤリと笑うと、6人が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「そして、お前の強さはコロシアムという場での1対1の時だけに真価を発揮することも分かっているからな。ルールもないこの状態でどこまでやれるかな?」
ブンッ、ヒュン。
剣をふるう音だけが聞こえてくるが、ガルドの体に当たることはなく、空を切っている。
「お前らが集団でここにきたことだけは認めてやろう。だが......全員が同じ武器を持ってきていることが間違いだ。なんせ、全員が同じ間合いになってしまっているからな。一定の距離を取りさえすればお前らの攻撃は当たることはない。」
ガルドは相手の攻撃をいなしながらそう言った。
「く......だが、それはお前も同じこと。近づくことができなければお前の体力が消耗するだけだ。剣を振り続けろ。」
興行主は笑いながらそう言うと、6人の剣闘士はむやみに攻撃をし続けた。
「何もわかっちゃいないのは、あんたらの方だ。」
ガルドはそう言うと、一人の剣がピクリと動くのを確認すると、一気に距離を詰め、相手の頭に槍を突き刺した。
「6人もいると癖を見抜くのに時間がかかっちまったが、必ず攻撃する際に一瞬のスキが生まれる。さあ、残り5人だ。どうする?」
ガルドは槍を突き刺した頭から槍を抜くと残り5人と距離を取ると、むやみに剣をふるうことを止め、ガルドの動きに注視していた。
(そう。攻撃の瞬間はスキが生まれる。そしてそれは攻撃の時だけではない。)
ガルドは、全員の目を見ると、相手がどこを狙っているかを探り始めた。
右側にいた剣闘士は雄たけびを上げると、ガルドに向かって縦に切りかかるが、横一閃。ガルドは相手の腹を切るとそのまま倒れていった。
「目を見れば目に見えないものも分かる。そう、どこを攻撃してくるかだ。さあ、残り4人だ。」
ガルドはそう言うと、恐怖にひるんだ一人にターゲットを絞り、剣を持つ手を貫くとそのまま体を貫通させ、動くことはなかった。
「あ、そうだ。興行主さんよ。俺はもともとコロシアムに来る前のことを知っているか?四方八方から命を狙われながら暮らしていたからな。
あのコロシアムのルールは俺にとっても足かせでしかなかったんだよな。」
ガルドが血濡れた槍を肩に担ぎながら笑うと、驚きを隠せない様子の興行主は、徐々に顔を青ざめていくのが分かると残された3人の剣闘士たちは完全に心が折れていた。ガチャン、と誰かの剣が地面に落ちる音が響く。彼らの足はガクガクと震え、もはや戦意の欠片も残っていなかった。
「なあ、まだやるのか?もうやらないのであれば、俺は行くぜ。あの国王の親衛隊が追ってくるかもしれないからな。
まあ、なんだ。おそらくコロシアムの援助が無くなるくらいでお前の命が取られるわけではないんだろ。
国の援助がなくても剣闘士がいる限りはコロシアムも続ければいいさ。俺よりも賞金を持っていくやつもいなくなるしな。」
ガルドはそう言いながら、町の方に歩いて行こうとする刹那。風の音すら切り裂くような、異常な速度と軌道を描く一本の矢がガルドの眉間目掛けて飛んできた。ガルドが本能的に首を捻って意に介さず避けると、背後に立っていた剣闘士の一人の頭に深く突き刺さり、悲鳴を上げる間もなく倒れて行った。
「ふん......これが最後のあがきだったのか。おそらくかなり遠くから”秘密”を使って正確無比に俺を狙っていたようだな。だが、俺を相手に奇襲で一発で命を取るのは無理だぜ。」
興行主は、ガルドの圧倒的な力になすすべがないことを実感すると、立ち尽くすこともできず、地面にへたりと座り込んでしまった。
「く......ガルドめ。親衛隊を殺した以上、この国に居場所はないぞ。ずっと警戒しながらこの先を生きていくんだな。」
そう捨て台詞を吐くとそれ以上ガルドの行く先を止めることはなく、コロシアムに戻っていった。
(だが、あの正確な矢......あんな奴は剣闘士にいなかったはずだ。何者だ?もしくは、あいつらも想定していなかったやつなのか?)
ガルドは不思議に思いながらも、チットン共和国とカナレレ王国の国境に向かって歩いて行った。
「あの本......なぜこんなところに......」
一本の矢を放った男は、ガルドと一定の距離を保ちながら、後を追うように姿を消していった。
一方、親衛隊は、国境周辺を封鎖しつつ、ガルドの行方を追っていた。
「あいつを俺のものにすれば、この国は間違いなく強くなる。」
暗躍する国王の思惑。そして矢を放った謎の人物。ガルドの知らないところで物語は動き始めた。
続く
次回更新:8月21日(金)18:30




