未来への約束
「映介、そういう服装、あまり似合わないですね」
私は、笑いを堪えながら感想を伝える。
燕尾服——ではなく、スーツ姿の彼。
ポロシャツ姿に慣れていたせいもあるが、こんなにもしっくりこないのかと吹き出しそうになる。
「失礼だぞ、映記さん」
「すみません、我慢の限界です」
「あ! 笑うな!」
私は、耐えきれず大笑いしてしまう。
彼は、不貞腐れながらも少し照れ笑いしていた。
「それにしても、あんたは何でも似合うな」
「そうですか?」
私は、着ている服をつかみながら確かめる。
「だって、そのポロシャツ姿。俺より似合ってるのが悔しい」
「どんな服でも着こなすのが、案内人として一人前ですよ」
「それ、一番難しいから」
彼が、楽しそうに笑っている。
こういう時間が一番好きだ。
案内人は、彼に引き継いだ。
それは、力を使わなくても、お客様を送り出すことができると教えてくれたから。
「あ、それより、脚本はどう?」
彼は、ネクタイを触りながら進捗状況を確認する。
「もう少しですから、お楽しみに」
「記憶の映画をお楽しみにって、変な感じだな」
私は、元案内人として脚本を書いている。
映介は名を見ることはできても、記憶を映画へ映すことはまだできない。
だから、その役目だけは今も私が受け持っている。
書くためとはいえ、記憶を覗くたびに映介と出会う前の記憶は、やはり霞んでいく。
でも、それでいいと思えた。
記憶に干渉する力は、前のようには使えなくなった。
でも、不便だとは思わない。
むしろ、つきものが取れたように思う。
その代わり、モノクルは変わらず身に着けている。
これはまぁ、御守りとして。
「お! 二人とも、楽しそうだな~」
奥からやってきたのは、映写係の笠木さん。
なぜだろう。
この人は、名前で呼びたくない。
「映写さん、またどうしたのですか?」
「なぁ、ワシのことも名前で呼んでくれていいんだぞ!」
「お断りします」
「え~、寂しい~。映介だけずるい~」
映写さんの姿に、映介が大笑いする。
「いい年したおっさんが何やってんだよ」
彼のツッコミに、つられて私も笑ってしまう。
「お前さんたち、笑いすぎだ」
映写さんは、腰に手を当てながら苦笑い。
しかし、私たちの表情を見て、安心しているようだった。
「そういえば、気になっていたことがあるのですが」
私は、映写さんにある疑問を投げる。
「なんだ? なんでもお聞きなさい!」
「では、遠慮なく。この映画館は、あなたが作ったというのは本当ですか?」
「そのことか〜。それ、本当。あ、ゴーストシアターっていい名前をつけてくれて、ありがとな」
映写さんの回答に、映介の声が館内に響き渡る。
「え、マジで!?」
「そうなのよ~。ワシ、死神様だから」
「あ、これは冗談です。鵜呑みにしてはいけませんよ」
彼の教育に良くないと、思わず制止する。
すると、映写さんがニヤッと笑う。
「信じるか、信じないかは、お前さんたち次第です!」
「胡散臭い!」
思わず声が揃う。
その姿を見て、ガハハハッと笑いながら「じゃあ、また!」と言いながら去っていった。
なんだったんだろうか?
思わず首を傾げてしまう。
「なぁ、昔からあんな感じなのか?」
映介が苦笑いしている。
私は、否定しなかった。
「ずっとあんな感じですよ。たぶん。だから、好きになれません」
「ちょっと、分かった気がする」
彼も、映写さんのタヌキ親父に気づいたんだな。
これは、良い味方を手に入れた。
しかし、彼の姿を見ていると、不意にある思いがよぎる。
「あの、本当に良かったのですか?」
「ん? 何が?」
「いえ、案内人を継いでいただくこと。だって、それは……」
「あ~、それは前にも言ったろ? ここは俺の居場所だって」
「ですが、これから永遠に続くのですよ」
「でも、あんたがいるだろ」
「え?」
彼の予想外の言葉に、思わず聞き返す。
すると、満面の笑みで教えてくれる。
「だって、もしまた記憶が無くなったとしても、俺が覚えているし、何度だってまた見せてやる。それに、あんたが一緒なら、俺は一人じゃない。そうだろ?」
あぁ、あまりにも心強い。
これだから、甘えたくなるのだ。
私は、これだけは伝えようと思う。
「では、覚えていてください。私が失うかもしれない、あなたとの記憶も」
「あぁ。忘れさせねぇよ、絶対に!」
私は、小さく笑った。
それだけで十分だったから。
すると、扉がギシギシと開く音が、館内に響く。
彼は、ネクタイを締めなおす。
私は、彼の背中を軽く押す。
「いってらっしゃい」
すると、彼は元気よく応えてくれる。
「いってきます!」
映画館の入り口に、1人のお客様が立っている。
映介は、かつての私のように頭を下げた。
「ようこそ、ゴーストシアターへ」




